第4話
ミカは、日付が変わる前から西の外れの森にいた。
今日は丸一日、いるつもりだった。『声』からは具体的な情報、つまり正確な時間や場所、何が起こるのかといったことは知らされていなかったので、当てもなく飛んで移動していた。
ふと、一軒の粗末な小屋が目に入る。
この辺りには木のほかに何もなく、なんとなしに眺めていた。
太陽が登りしばらくたった頃、一人の女の子が家から出てくる。
めずらしい容姿だな、と思った。
ゆるくウェーブのかかったツヤツヤの銀髪、陶器のようになめらかで真っ白な肌、苺のように赤く小さな唇、そして大きな宝石のようなアメジストの瞳。
遠くの木の上からではあったが、ミカにははっきり見えた。
長く生きてきたが、銀髪も紫色の眼も見たことがない。
そのまま女の子の動向を伺う。どうやら水を汲みに行くようだ。
井戸で女の子が水を飲む。
「うーん、美味しい!」
幸せそうに水を飲んでいた。
なんて耳障りの良い声だろう。
女の子の笑顔から目が放せなくなっていたことに、ミカは気付かなかった。
女の子が転んだ時、何かを考える前にその子の前に立っていた。
『…いい匂い…』
嗅いだことのない、香しい血の匂いに誘われ気が付くと口付けていた。
『!』
ミカは衝撃を受けた。
これまで口にしたどんな血肉よりも美味しく、『満たされた』と思った。
この時、自分が渇いていたことに初めて気が付いた。
女の子は傷の治療をしてくれたと思ったようで、笑顔で感謝される。
フードを被っていても、ミカには前がはっきり見えていた。
そして他意のない感謝に、自分に向けられた笑顔に圧倒されて、少しの間、動けなかった。
ミカは、自分の名前を知られることをあまり好まなかった。しかし女の子に名前を聞かれた時、不思議と不快な気持ちにならなかった。
愛称で呼ばれたことは初めてで、自分でも驚くくらい嬉しかった。
心臓が、ドキンと跳ねた。
初めて『嬉しい』と思った。
──食べたい、たべたい、欲しい、欲しい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい
女の子はリイラと名乗った。
リイラと何気ない会話をしながら、ミカの頭のなかは『欲しい』という感情で一杯だった。
今まで数百年、なににも何の感情も湧かなかったからこその、激しい渇望だった。
果たして、リイラは『餌』だった。それも何千何万年に一度の逸品、これまで平和に生きてこられたのが不思議なくらいである。
リイラが無事であったこと、これも偶然ではないのだが、それはまた別のお話。
とにかくリイラは無事に誕生日を迎え、成人とされる16歳になったのだが、それはリイラには分からないことであった。
リイラの許可を得、ミカには小屋にしか見えない家へ招待された。
吸血鬼は家主の招待がないと家に入れない。
この時リイラがミカを拒否していたら、少しは違った未来になったのかもしれなかった。
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