第2話
この世界では、色々な魔力を持った魔物が生きている。魔物は気性が激しく、戦いを好んだ。
その中で誰よりも多くの戦いに勝ち、誰よりも多くの魔力を持った者が魔王陛下だった。
魔物は、それぞれの権力誇示の為に色の濃い衣類を身に付ける。一般に、色が濃ければ濃いほど強く、身分の高い魔物であった。
黒は最も高貴な色だった。そして、黒を身に付けることができたのは魔王陛下ただ一人である。
リイラは知らなかった。それは王都から離れていたということもあるし、人との関わりが少なかったこともある。
リイラには魔力があまりなく、麻で作られた色の薄い簡素なワンピースを着ていた。
村人も大体同じような色の服装だったので、違和感はなかった。
「お兄さんのお名前は?」
「…名前?」
井戸への道すがら黒い人、つまり魔王に対しても全く人見知りせず、ニコニコと村人へ接するのと全く同じように話しかけていた。
魔王は意図的にオーラを消していたし、フードを深々と被りいかにも不審な風貌だったが、悪い人、悪い魔物に出会ったことがないリイラは、相手に対して危機感を抱くということがなかった。
「あ、名前を聞くときは自分から名乗らないとですね。ごめんなさい。私はリイラっていいます。」
「…リイラ…」
「はい!」
久しぶりに自分の名前を呼ばれたので、笑顔で応える。
魔王は中々名乗らなかった。リイラが質問が悪かったのかと懸念し始めた頃、ようやく口を開く。
「…ミカエルリュツィフェールハイドランジアレオンハルト」
「…ミカ、さん…?」
聞いたことのない長い名前に面食らい、最初しか覚えられなかったために愛称をつけた形になった。
500年以上生きていて一度も愛称で呼ばれたことがなかった魔王は魔王で、面食らった。
「…」
「あのっ!いきなり愛称で呼んでしまってごめんなさい!」
「…いい。」
「え?」
「ミカ、でいい。」
「あ、はい。ありがとうございます、ミカさん。」
怒られると思ったが、思いがけず許されたのでホッとして気が抜けた。
「ミカさんは、この辺には住んでいないのですか?」
「…ああ、王都の方だ。」
「やっぱり!これから行く井戸は、この辺では水が美味しいことで評判なんですよ。知らないみたいだったので、遠くから来た方なのかなって思いました。王都の方だと都会ですね、すごいですね。」
「長く住んでいるところが都になっただけだ。」
「なるほどー」
他愛のない会話をしている内に、井戸が見えてきた。
「ここです!…あー美味しい。ミカさんもどうぞ」
「…ああ、美味しいな。」
「お口に合ったようでよかったです。それでは私はこれで失礼します。」
バケツを持とうとすると、すでに魔王がバケツを持っている。
「また転ぶと危ないから、持っていく。」
「もう転びません。それに私、意外と力あるんですよ。」
リイラが何を言っても魔王は一歩も引かなかったので、家まで運んでもらうことにした。申し訳ないが、正直助かる。
家までの道のりも、なんてことない話をしながら一緒に歩く。
そして家に着いた。
「ありがとうございました。」
「…少し、休ませてもらっても?」
「バケツ重かったですよね。本当にありがとうございます。どうぞ上がって下さい。今、お茶入れますね。」
そうしてリイラは魔王を家に招いた。
幸か不幸か、ここでリイラの運命は大きく動き出した。
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