第五話 笠○ぞう 宙(そら)

「『破禍軍団はっかーぐんだん』じゃと? なんじゃそりゃ? 墓荒はかあらしの盗賊団のことか?」

 メンテナンスに訪れた災刃坊主の言葉に、かぐやは本気とも冗談ともつかない言葉を返します。


「ここ最近、方々ほうぼうウイルスを放ち、世を騒がしておる輩だ。実は十年以上前に一度滅んだと思われていたのだが、ここ最近、なにやら活動を再開しておる次第」

「そうなのか? ネットでもそんな奴らのことは聞いたことないが?」


「鬼を放つ奴らは決して己の素性を明らかにせぬ。かつて奴らは世に忍び、人知れず鬼を放ち、民衆のパソコンのみならず、国府こう守護所しょごしょ、やがては幕府のサーバーまでも手中に収め、日の本を乗っ取ろうとしておったのだ!」


「なんじゃと! そんなことが起これば国を真っ二つにする大乱じゃ! 翁よ、媼よ、聞いたことあるか?」

 しかし、翁も媼もまるで初めて聞いたかのように、首を横に振ります。


「ひょっとして、秘密裏に幕府の軍勢が戦って滅ぼしたのか? それにそんなに詳しいってことは、災刃坊主殿もその戦いに参加したと?」

 かぐやはなにやら目を輝かせながら、災刃坊主に問いかけます。


「いや、その頃の拙僧はまだ修行中の小坊主であった。破禍軍団に対して勇敢に戦われたのは、四万の技で鬼を倒し人々を救うと噂された、

対鬼戦士アンチウイルスファイター四万手救しまんてく』様だ」

「ひ、一人で戦ったのか!? その軍団とやらに対して!?」

「左様。拙僧がもっとも尊敬する御方である」


「災刃坊主殿はその四万手救殿と会ったのことがあるのか?」

「残念ながら、当時の拙僧からはまさに雲の上の御方でな。だが、その勇名は常々耳にしており、拙僧のみならず、同じく修行中の小坊主達も四万手救様の活躍を聞き、修行に弾みがついたものだ」

 災刃坊主は遠い目をし、小坊主の頃に耳にした四万手救の勇名を、懐かしそうに回想していた。


「ほほう。それはぜひ会ってみたいものじゃな。今もその御方は破禍軍団と戦っておられるのか?」

「いや、破禍軍団の消息が途絶えた後、そのお姿を見た者はいない次第……。噂では破禍軍団と共に相打ちになられたとか……」

「なんと……。それは壮絶じゃな」

 わずかに顔を曇らせる災刃坊主。かぐやも四万手救の最期に思わず息をのみました。


「……ではこれにてメンテナンスが終了した次第」

「ひ、姫様! 大変でございます!」

 配達係のガチョウが、矢のように家の中へ飛び込んできました。


「ええい騒がしい! 災刃坊主殿がおみえになっておるのじゃぞ!」

「災刃坊主様!? そ、それはまさに渡りに船! じ、実は都近くの村に鬼が出没しまして、村人達が逃げ回っているのです!」

「なんと! それは一大事!」

 ガチョウの話を聞いた災刃坊主は、まさに疾風のように家を飛び出し、その村へと駆けてゆきました!


     ※

 災刃坊主よりも二回りも三回りも大きい、漆黒の障気しょうきによって黒い鎧武者姿に形作られた破禍将軍は、地面に倒れている災刃坊主を見下ろしながらその頭上へ言葉を落とします。


『最近、災刃坊主という鬼を退治する坊主がいると聞き、わざわざ姿を現してみたが、我の『漆黒の雷ポートスキャン』一つで動けなくなるとは、とんだふぬけだったわ!』

「くっ! せ、拙僧の『侵入検知システムIDS』をすり抜けるとは……」


『まぁよい、邪魔な芽は早い内にんでおくにかぎる』

 破禍将軍は瘴気を沸き上がらせている小手を、災刃坊主の頭へと向けますが


炎の結界ファイヤーウォール!』


 呪文を唱えた災刃坊主の体は”ボンッ!”と爆発音の後、炎の円柱が包み込みます!


『ふんっ! ぬるい法力セキュリティじゃ!』


漆黒の洪水フラッドアタック!』


”ドッバアァァァ!”

 破禍将軍の小手から、漆黒の水が鉄砲水のように吹き出すと、

”ジュウウゥゥゥ……”

 災刃坊主の炎の結界はあっという間に鎮火されました!


「……な!」

『おまえ程度の法力セキュリティなぞ、わしの準備運動にもならぬわ!』

「こ、これほどの力とは……無念」 

 歯を食いしばり、己の最期を確信した災刃坊主に向かって、破禍将軍の小手から漆黒の炎が放たれた瞬間!


三重の城壁トリプル・ディフェンシブウォール!』


 どこからともなく響き渡る声と共に、三重さんじゅうの城壁が破禍将軍の前に立ちふさがりました!


『なぬ!』

 破禍将軍の小手から放たれた漆黒の炎は、三重の城壁によって阻まれました。

『ええい! こざかしいわぁ!』

 すぐさま破禍将軍は、城壁に向かって固く握りしめた漆黒のこぶしを叩きつけます!


”ドグワアァァーン!”

”ドグワアァァーン!”  

”ドグワアァァーン!”


 あっというまに三重の城壁を破壊する破禍将軍ですが、その向こうには災刃坊主の姿はありませんでした。

『ぬぅ! 一体、何奴なにやつ……』


「!」

 目が覚めた災刃坊主はすぐさま辺りを見渡します。

「体が……いやされておる! こ、ここは?」

 そこは見渡す限りの草原ですが、


『巨大な”笠”のように枝葉を広げた


が、まるで災刃坊主を護るかのように横にそびえ立っていました。


『……気がつかれたか。鬼と戦い、傷つかれた者よ』

 何者かが災刃坊主の心に語りかけてきます。

「こ、ここは何処いずこですか?」


われが生まれし場所。我の住みし場所、そして、我が死せる場所なり』

「もしや、貴方様は……”この樹”!?」

 立ち上がった災刃坊主は、巨大な樹の幹に手をえます。


『左様。生まれし時より、この地に根付くモノなり』

「拙僧の体を癒して下さったのも……貴方様なのですか?」

『造作もない』

「誠に感謝いたします」

 災刃坊主は手を合わせてお祈りします。


『我が出来るのはここまで。元の世界に戻るがよい』

「で、ですが、拙僧はまだ未熟ゆえ、破禍将軍に太刀打ちできませぬ! ぜひご助力をお頼み申す!」


『我はこの地でしか生きられぬモノ。じゃが、これを授けよう』

 災刃坊主の頭上の枝葉の中から、光に包まれし三つのモノがゆっくりと舞い降りてきました。

「これは? なえと花と……?」


『これは

『名も知らぬ苗』

『見たこともなき花』

 そして

『皆がつどうう実』

だ。どのように使うのかはそなた次第だ』


「お、お待ち下さい! これをどう使えば!」

 禅問答のようなモノを渡された災刃坊主は、樹に向かってたずねようとしましたが


『ではさらばだ』

「!」

 災刃坊主の目の前は真っ暗になり、体が深淵の底へ落とされたかのように感じると、破禍将軍によって倒された道の上に立っていました。

「こ、これは、夢……」

 辺りには破禍将軍どころか鬼の気配もありません。ですが、懐には光に包まれた苗と花と実がおさめられていました。

「せ、拙僧に、これをどう使えと……」

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