第五話 笠○ぞう 密林
笠売りのじいさんの家に朝日が差し込み、伸びをしながらおじいさんは眼を覚まします。
昨日いろいろなことがあった体は未だ疲れが残っていますが、逆にそれが心地よさを感じるようでした。
(やっぱり、あの金のわらじは本当だったんだな)
窓辺に干してある金のわらじに目をやると、おばあさんの声が耳に届けられます。
「おはようございますおじいさん。朝ご飯にしましょう」
汁物の香りでお腹の目が覚めると、おじいさんはゆっくりと起き上がりました。
「「いただきます」」
あおさのつまった汁物をおじいさんは口に含みます。ですが、昨夜とはちょっと味が違うようでした。
「ばあさんや、ひょっとして
思わず声に出したおじいさんは、すぐさま苦笑いしながら口を閉じます。我が家には、昆布やいりこを買うほどの余裕はないと……。
「あら、気がつきました。昆布があったので、ちょっと使ってみたんですよ」
「!」
おじいさんがお
「お、おじいさん?」
おじいさんは慌てて押し入れを開けると、そこにはお宝や米俵、お餅がぎっしりとつまっていました!
「や、やっぱり、夢じゃなかったんじゃな」
「はい」
おばあさんは優しく微笑みました。
「かぐやちゃんの歌を聴くなんて久しぶりですね。確か、柴狩りのおじいさんの家のぱそこんで、”すとなんとか”で聴いたっきりですから」
宝船の中にお金が入った袋があった為、足りない正月用品を買おうと、二人は笠を被り都へと足を運びます。
念のため、おじいさんは懐に金色のわらじを忍ばせてました。
「確かこの
「いいじゃないですかおじいさん。現にお地蔵様は我が家におみえになりましたし」
二人はお地蔵様があった辺りでお祈りすると、都へと足を向けました。
昨日、おじいさんが笠を売っていた場所は、すでに誰かが露店を開いており、辺りを探しても、金色のわらじを売っていた異国の男の姿は見当たりません。
「なんじゃ、今日は二人仲良く買い物か? 昨日はよほど笠が売れたんじゃな?」
「あら奥さん、こんにちわ」
「笠売りのおじいさん! おばあさん! こんにちわ~!」
竹取の夫婦とかぐやは二人を見つけると、元気よく挨拶をします。
「ま、まあな、おかげさまでな」
いくらなんでも、お地蔵様がお宝や正月用品を運んできたことなぞ信じてはくれないと、おじいさんはちょっと苦笑いをしながら挨拶を返します。
もちろん竹取の三人はその当事者でしたが、そのことには触れず、いつも通り接します。
なぜなら会うたびに成長するかぐやのことも、あくまで普通の孫娘として接してくれるのだから……。
『ちくりんちゃんで~す! 今年最後の演芸会! はっじまるよ~!』
かぐやのライブを間近で眺める二人。心なしか、おばあさんの足下が踊っているようでした。
「それじゃよいお年を」
お茶をもらい三人と別れると、露天を巡りいろいろと物色します。
「やれやれ、あれもこれもと買うときりがないな。ばあさんや、ちょっと休もうか?」
風呂敷包みを背負ったおじいさんは声をかけますが、いつの間にかおばあさんの姿が見えません。
「やれやれ、この年で迷子か。まぁワシの笠を被っておるし、すぐ見つかるじゃろ……」
「あらやだ! 露天に目移りして、おじいさんとはぐれちゃったわ!」
おばあさんは辺りを見渡しますが、人混みの為すぐには見つかりません。
『ソコの奥様! わらじはいかがデスカ!』
たどたどしい言葉で声をかけられたおばあさんが振り向くと、
(わらじ? もしかして金のわらじを売っていた人かも? 紅い服を着ているけど金の模様だし、言葉遣いから異国の人っぽいし……)
満面の笑みを浮かべている男に近づき、ゴザの上のわらじを眺めます。
『
ゴザの上には男が着ている服と同じ、紅色のわらじが並べられていますが、あいにく金色のわらじはありません。
「あの~。金色のわらじはありませんか?」
なにげないおばあさんの言葉に、それまで満面の笑みを浮かべていた男の顔が固まります。
『ナゼ? 金色のわらじを?』
おばあさんは、昨日おじいさんから聞かされた話を屋台の男に聞かせます。
おじいさんが、ここで異国の人から金色のわらじを買ったこと。
鬼に取り憑かれた六人(?)に金のわらじを
しかし、さすがにお地蔵様からお宝を頂戴したことは話しませんでした。
(”鬼”の匂いをたどって”この噺”に来てみたが、すでにここまでとは……)
「ご、ごめんなさい。わたし、へんなこと言っちゃったかしら?」
男の険しい顔を見たおばあさんは、気分を害してしまったとすぐさま謝りますが、
『いえいえ、とてもおもしろいお話デス! こんないいお話を聞かせて下さったお礼に、この紅いわらじ、一つ差し上げマス!』
「えぇ! そんな!」
『
「あ、ありがとうございます」
「お~い、ばあさんや!」
おばあさんの耳に届くおじいさんの声。慌てて声のする方へ手を振ります。
「おじいさぁ~ん! こっちで~す!」
おじいさんは慌てて駆け寄ってきます。
「ハァハァ! 全く、探したぞ」
「ごめんなさいおじいさん。今ここの露天でわらじをもらっちゃって……」
「ここでじゃと? 誰もいないぞ」
「ええっ!」
おばあさんは慌てて振り向くと、地面にはござをひいた形跡どころか、足跡すらありませんでした。
買い物を済ませ、家路に向かう二人。
「それが、その男からもらった紅いわらじか?」
「ええ、おじいさんのわらじはお日様に当てますけど、このわらじには一味唐辛子を振りかけてくれって言われました」
「ふむ、なんかよくわからぬが、お日様の光も、一味唐辛子も、鬼に効果があるかもな」
大晦日の夜、おじいさんとおばあさんは除夜の鐘を聞き、初詣をすませ、元旦にはおせち料理やお雑煮に
新年の挨拶をすませ、今までにないお正月を二人は満喫しました。
元日の夜、おじいさんは初夢を見ます。
『あなた、”この
『あなた! やさしい! あなた! せいぎ! あなた! つよい!』
『わたし、かくしん! あなた、ひーろー! だいじょぶ!』
それは、金のわらじを売っていた、異国の男の言葉でした。
やがて
「あら、おじいさん? どうしたんですか?」
家には笠を売らなくとも楽に暮らせるほどのお宝がありますが、
「なんか手がさびしくてな。それに、このままゴロゴロしていちゃ、お地蔵様に申し訳ない」
「よいことですね。実は私もわらじを
「そうか、なら都へ笠を売りに行ったとき、わらを買ってこようか。ふ~む、ならワシも笠だけでなく、久しぶりにザルやカゴも編んでみようかの」
一年の計とばかりに、二人は新しい年の目標を話しました。
松の内が終わり、おじいさんは笠を背負い都へと向かいます。
あの時以来、おじいさんは常に金のわらじを懐に忍ばせていました
露天場所には初売りとばかりに、多くの人で賑わっています。
「はて? 竹取や柴狩りのじいさんの姿が見えぬが……。ネット商店の注文の整理でもしておるのかの?」
日が暮れる頃、おばあさんのために買ったわらを背負って家路につくおじいさんですが、途中の村から叫び声が聞こえました。
『お、鬼が出たぞ~!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます