第五話 笠○ぞう 罰(バツ)

 ――少し時をさかのぼった、竹取の夫婦とかぐやの家。

 風呂から上がったかぐやは、”外噺がいばなし用のネット商店”に注文が入っているのに気がつきました。


「翁よ。この暮れの最中さなか、どこからかお宝の注文が入っておるぞ。ふむふむ……なにぃ!


『今からそちらへ向かう』


じゃと!」 

「「ええっ!」」


”ドドドドドドススススススーーーーーーンンンンンン!”


 突然! 家の前にものすごい音を立てながら、何かが落ちてきました!


「ななんんじじゃゃぁぁここりりゃゃああ!」

「おおじじいいささああぁぁんん!」

「かかみみななりりささままかかぁぁ!」


 家の中でシェイクされる三人でしたが、揺れが収まると翁がなんとか這いずりながら玄関まで向かいます。

 そして戸を開けると、そこには、


『笠を被り、足には金色こんじきのわらじをいた、六体のお地蔵様』


が立っていました。


「こ、こんな夜更けにお地蔵様がわざわざいらっしゃるとは……」

 あっけにとられる翁とおうなでしたが

「ははあぁー!」

と、かぐやは突然、お地蔵様に向かってひれ伏しました。

「か、かぐやや、どうしたんじゃ? いつもはお地蔵様を見ても、そんな、ひれ伏すなんて……」


 媼の問いかけにかぐやは

「この御方は”本物”の地蔵菩薩じぞうぼさつ様の化身じゃ! 天帝帝釈天様より偉い御方じゃ!」

「「ええっ!」」

「「ははあぁぁー!」」  

 かぐやにならって、翁も媼もお地蔵様に向かってひれ伏しました。


「……」

「は、はい! ただいま!」

 お地蔵様の声を聞いたかぐやは、すぐさまお宝をかき集めてお地蔵様に献上します。

「こ、これでよろしいかのぅ?」


「……」

「は、はい! 翁よ。なにかその、『荷車みたいな物はないか?』と地蔵菩薩様はおっしゃっておるぞよ」

「とはいっても、大八車は今修理中だし……」

「おじいさん、雪の日に竹を運ぶソリがあるじゃない」

「しかし、あれはかなり昔の物だし……」

「『それでよい』とおっしゃておる」


 翁はすぐさま物置へと走り、カビやホコリまみれのソリを差し出します。

「こんな物しか用意できなくて、大変心苦しいのですが……」

 するとお地蔵様は手に持つ如意宝珠にょいほうじゅから、神々こうごうしい甲冑かちゅうに身を包んだ七福神の一人、毘沙門天びしゃもんてんを呼び出しました。

「「な、なんとぉ!」」


 翁、媼の眼前で、毘沙門天は宝棒ほうぼうを一振りすると、ボロボロのソリが光り輝く宝船へと変化へんげしました!

「「!!」」

 目の前に起こった奇跡に、二人は玄関に額をこすりつけるようにひれ伏し、かぐやはせっせとお宝を宝船へと積み込んでいます。


 お宝が積み終わると、どこからともなく、お金が詰まった袋が三人の前に現れました!

「『世話になった』とおっしゃっておる」

 きびすを返すお地蔵様に向かって、翁が慌てて声をかけます!


「お、お地蔵様! その、頭に被っている笠は、編み目を見るに、ひょっとしてこの村の笠売りの……」

「……」

「さ、さしでがましですが、そ、そのお宝はもしや、笠売りのじいさんの所へ……」

 しかし、お地蔵様は無言です。


「口出しする無礼をおゆるし下さい! 笠売りのじいさんは幼少の頃より竹馬ちくばの友として共に過ごした仲でございます。あやつが何をしでかしたのか存じ上げませんが、決して世をかどわかすことはしないとワシは信じております」

「……」

「ですがこのご時世、お宝だけ持っていてもなかなかお金には換えられませぬ。現に我々がそうでした。せめて少しだけでかまいませんから、お宝とこのお金を交換して下さい」


 かぐやの口から言葉が発せられました。

「『互いに、よき友人を持ったな』とおっしゃっておる」

「「ははあぁー!」」

 翁は宝船に乗ったお宝を一つ懐へ入れると、多めのお金を袋に詰め、宝船に置きました

「『そう案ずるでない。”他の物”もすでに別口で”発注はっちゅう”しておる』とおっしゃっている」

「「発注?」」 


”ひゅ~ひゅ~ひゅ~ひゅ~ひゅ~ひゅう~”


 再び、空から何かが落ちてくる音が聞こえます。

「こ、今度はなにが落ちてくるんじゃ?」

 かぐやと翁、媼は、雪が舞う冬の夜空を見上げると


”ドーン!””ドーン!””ドーン!””ドーン!””ドーン!””ドーン!”


と、空から落ちてきた六つの米俵が、宝船の上にピラミッド上に積み上がりました。

「こ、これは!」


 さらに

”ひゅ~~~~!”

”べちゃ!”

 雪の上に大の字になって落ちてきたのは、作務衣も体もボロぞうきんのようになった一人の青年でした。


「お、お主は!

『冴えない』、

『目立たない』、

『取り柄がない』、

『甲斐性がない』、

『どうしようもない』、

 そして、

『女に節操せっそうがない』の

『六ない男』の……なんとかじゃったな?」


「これかぐや、ウラシマさんじゃぞ。しかし、なぜにこうもボロボロの姿で落ちてきたんじゃ?」


”バッサ! バッサ! バッサ!”


 今度は何かが舞い降りる音が聞こえます。

「この音は、と、鳥か?」


”ドスウゥーン!”

「ぐわあぁぁ!」


 冷たい雪を踏まないよう、ウラシマの上に落ちてきたのは、巨大な雀でした。

「す、雀の王!」

 雀の王はかぐやを見ると”コクッ!”っと首を前に倒します。

 そして、その背中から被衣かづきまとった妙齢の女性が、同じように雪を踏まぬよう、ウラシマの体の上に降り立ちました。


「龍神の娘のオトヒメと申します。ご注文の品をお届けに参りました。父である龍神が

”床に伏せっております”

ゆえ、龍神の婿と娘であるわたくしが参上した無礼をおゆるし下さい」

 オトヒメはお地蔵様の前に膝を下ろすと、鯛のしっぽや伊勢エビのひげがはみ出した玉手箱をいくつも差し出しました。

「”この噺”の海より我が夫が”夜通し”釣り上げた海の幸の詰め合わせでございます。どうぞお納めを……」


「あんれまぁ、きれいな娘様だぁ~」

 媼の声にオトヒメは振り向くと、真珠のように輝く笑顔を見せますが、その目がかぐやに向けられると、仁王におうのような憤怒ふんぬの表情に変わります!

「こ、こんな小娘を見る為に……」

 オトヒメはなにやら呪いのような声を、かぐやに向かって吐き捨てました。


「はて、わらわがなにかしたかや? 赤子の頃に翁に背負われて会ったきりのはずじゃが?」

 そこへ、雀の王に潰されたウラシマが、かぐやに向かって声を絞り出しながら挨拶します。

「ち、ちくりんちゃぁ~ん。おひさぁ~……ぶべっ!」

 そんなウラシマの後頭部を、まるでゴキブリのようにオトヒメが踏みつぶしました。


「あ~ひょっとしてお主! この前の歌姫が集う天下一演芸会を、嫁の目を盗んで見に来おったな!?」

”ようやく理解したのね”とオトヒメは鼻を”フンッ!”と鳴らし、今度は雪雲でおおわれた夜空を見上げます。


「月が雲に隠れて命拾いしたわねぇ~兎姫うさぎひめとやら! ”今度”会った時は『満月斬りムーンスラッシャー』で、その体を月ごと真っ二つにしてあげるわよ。ア~ハッハッハッハ!」

 雲を突き抜け月を貫くかのように、オトヒメの高笑いが冬の夜空に轟きました。


「では我らはこれにて失礼いたします。御免下さいませ」

 オトヒメはお地蔵様に向かって一礼すると、ボロぞうきんのウラシマを雀の王の背中に放り投げ、自身もその上に乗ると、雀の王は翼を広げ、雪の夜空の彼方へと飛び去ってゆきました。


「次に会うまでに、あの『六ない男』の名前を覚えておかないとな。でなければわらわはどうなるか……」

 湯冷め寸前のかぐやの体の上を、一筋の冷や汗が流れ落ちました。 

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