第五話 笠○ぞう V参+R

 さすがに疲れたのか、おじいさんの足取りも重くなります。


『Pa pa pa pa』

『Pa pa pa』


 ですが、やっぱり、またまた、五たび、おじいさんの耳元に声が届けられます。

「あ~はいはい。そっちじゃな。ちょっとまっとれ」

 半分投げやりな声で、おじいさんは鳴き声”のする方へと足を向けると、そこには


『頭に大きなオウムのくちばし、体中には色とりどりの羽根をつけて、背中に鳥かごを背負った男女』


が、脚を漆黒の障気に包まれながら、鳴き叫んでいました。


「……なんかもう、まだ文字で表した方がましな、何とも奇妙奇天烈きてれつな格好じゃわい。それにしてもその”歌劇Opera


『音符が多すぎやせんか?』」


 おじいさんのつぶやきを聞いた二人は


『papapapapapapapa!』

『papapapapapapapa!』


と、鳴き叫びながら腕を広げ、頭のくちばしでおじいさんをつつこうと突進してきました!


「うわっとっと! なに? 歌劇が違うからその評価は見当違いじゃっと? わかっとる、言ってみたかっただけじゃ。ほれ、このわらじを履くがよい」


 下手に近づくと頭を突かれる為、おじいさんは二人の足下へ向けて金色のわらじを投げ捨てました。


『papapapapa Papagena!』  

『papapapapa Papageno!』


 二人はわらじを履くと、互いの名を呼び合いながら抱き合い、やがて金色に輝くとゆっくりと消えていきました。


 ”ハァハァ”と息を荒くしながら、おじいさんは何とか足を前に出し、家に向かいます。

 風呂敷一杯にあった金色のわらじも、今ではおじいさんの片手で持てるほどしか風呂敷の中には入っていません。


 ふと、おじいさんの行く手を阻むように、おじいさんの身長の倍以上ある、何やら黒っぽい物体が、雪道に盛り上がっていました。

 それはおじいさんも見覚えがある”物”でした。


「アレは、どこかで見たな……乾物かんぶつ屋か? ひょっとしてこれは、『あおさ』か?」


 おじいさんの問いかけに反応するかのように、あおさの山は”もぞもぞ”とうごめいていました。

 そして例に漏れず、あおさの山の下は、漆黒の障気が沸き上がっていました。


「なぜにあおさが鬼を踏むんかのう。いくら”みねらるChrome”豊富だからといって、いくら何でもこりゃ無理があるぞ」

 おじいさんはまるで”この世界を見ている誰か”に向かってつぶやくかのように、重い愚痴を吐き出しました。


「とはいうものの、これで最後じゃ。では腰を入れて張り切るかのう! あ~そうれ。よいとな。どっこいしょっと」

 おじいさんはあおさの山を祭りのやぐらに見立てて、踊りながら金色のわらじを一つずつあおさの山へ”ブスッ!””ブスッ!”っと突き刺していました。 

 そしてあおさの山が金色に包まれると、”ボンッ!”と破裂し、雪と一緒にあおさの破片が、おじいさんの頭の上に降ってきました。


「……と、いうわけなんじゃ」

 家に着いたおじいさんは自分が履いていた金色のわらじを床に置くと、おばあさんにこれまでのいきさつを話しました。

 おじいさんの話を聞いたおばあさんは時には笑い、時には心配そうな顔になり、そしてにこやかな顔になりました。


「こんな突拍子もない噺を信じろという方が無理だし、ワシ自身、まだ狐や狸に化かされた方がましだと思える出来事じゃ。幸いにもワシが履いていたこの金のわらじがあるから、これを明日売りに行けばいくばくかの金にはなろう」


 ですが、おばあさんはやさしく答えました。

「信じますよおじいさん。だって、ここに山のようなあおさがあるんですもの」

 おじいさんは破裂したあおさを拾い集めて風呂敷に押し込み、家に着くと”そおっと”結び目を緩めたのでした。


 そしておばあさんは優しく微笑みます。

「それにしても、雪が積もってかわいそうだからと、お地蔵様に笠を被せてあげるなんて、そんなおじいさんと一緒になれて私は幸せ者です」


 おばあさんが作ったあおさ入りの汁物を食べ、二人は床につきます。


『エイヤ……』

”ドスーン!”

『エイヤー』

”ドドススーーンン!”


 遠くから聞こえるかけ声と、何かが落ちる音と共に地面が揺れています。

 おじいさんとおばあさんは慌てて飛び起きると、布団の上で抱き合いました。

「お、おじいさん!」

「も、もしや! ”鬼”がやってきたのか!」


『エイヤー!!』

”ドドドスススーーーンンン!”

『エイヤァーー!!』

”ドドドドススススーーーーンンンン!”


 だんだんと近づいてくるかけ声。

 そして何かが落ちる音と共にわき起こる地面の揺れは、家と抱き合った二人の体を跳ね上げるほどでした。

 やがてそれらは、家の前で”ぴたっ!”と止まります。

「お、音がんだぞ」

 二人が安堵の息を漏らそうとしたところ


『エイヤァーー!!』

”ドドドドススススーーーーンンンン!”

『エイヤー!!』

”ドドドスススーーーンンン!” 

『エイヤー』

”ドドススーーンン!”

『エイヤ……』

”ドスーン!”


 再び音と震動がわき起こりましたが、だんだんと遠ざかっていきました。


「どうやら行ってしまったようじゃな」

 おじいさんはおそるおそる玄関の戸から外の様子をうかがいますと

「な! なんとぉ!」

 慌てて戸を全開にしたおじいさんとおばあさんの目に映った物は


 大きな宝船に積まれた金銀財宝、

 六つの米俵に鏡餅やし餅、

 そして、お正月用の尾頭おかしら付きの鯛から伊勢エビ、数の子、

 さらに黒豆や昆布、田作りやかまぼこなどが山のように積まれておりました!


「こ、こんなものを、一体誰が!?」

「お、おじいさん、あそこを!」

 おばあさんが指さす彼方には、笠を被った六体のお地蔵様が、消えるように遠ざかっていきました。


 そしてジャンプしたときにちらりと見える金色のわらじが、おじいさんの目に入ります。

「も、もしや、あの猫や男や狐、鉄の馬車に鳥の格好をした変な輩、あおさまでもが、お地蔵様だったのか……?」

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