第五話 笠○ぞう 壱号

 年の瀬も押し迫った雪の日。ある貧しい家から一人のおじいさんが出てきました。


「いってらっしゃいおじいさん。お気をつけて」

「ああ、行ってくるよ。……こりゃ、積もりそうかな」

 しんしんと降る雪に、おじいさんは愛用のかさかぶり、売り物であるたくさんの笠を背負い、都の露天場所へと足を向けました。

「……少しでも売れればよいが。このままでは正月の餅すら用意できないのぅ」

 餅を買ってきて喜ぶおばあさんの顔を想像し、おじいさんは足を速めました。


 近道をしようとある小路こじへと入ると、道の脇に六体のお地蔵様が鎮座していました。

「はて? こんな所にお地蔵様がいらっしゃるとは、いつの間に?」

 せっかくだからと、おじいさんはお地蔵様の前でしゃがみ込み、

「どうか笠が売れますように……」

と、お祈りをしました。

「そうじゃ、お供え物を忘れておった」

 とはいうものの、六体のお地蔵さんに対して、懐にはおばあさんが作ってくれた麦飯のおにぎりが一つしかなく、途方に暮れていると、


「こんな雪の日に頭が丸裸ではお地蔵様が風邪をひいてしまう。ワシが作った笠でよければ」

 おじいさんは売り物の笠を六つ、お地蔵様の頭の上へと被せ、風でとばされないよう、のど元をひもで縛りました。

「これでよし! っと」


 立ち去ろうとするおじいさんですが、不意に振り向いてお地蔵さんに声をかけます。

「ああ、大丈夫ですじゃ。知り合いの竹取のじいさんからいつも竹をもらっておりますので、残りの笠を売りながら笠を編みますじゃ」

 都へと急ぐおじいさんですが

「……はて、今ワシは誰に話しかけたんじゃ?」


 都の露天場所についたおじいさんはすぐにござをひき、笠を売り始めました。

 最初は人が少なかった露天場所ですが、正月用品を買おうと都の人のみならず、近隣の町や村から人が押し寄せ、あっという間に人の波がうねっている状態でした。


「おおう、早いな」

「こんにちわ」

「笠売りのおじいさんこんにちわ~!」

 竹取の夫婦と孫娘がおじいさんに声をかけます。そして孫娘が背中に背負った竹の束をおじいさんに渡しました。


「ありがとうかぐやちゃん。いつもすまないね」

 礼を言うおじいさんに竹取のおきなは笑顔を返します。

「なぁに、いつもかぐやを応援してくれた礼じゃ。ばあさんによろしくな」

「笠売りのおじいちゃん。あとで温かいお茶を持ってくるね」

「ありがとう。かぐやちゃんはやさしいね」

 露天場所へ行く三人の後ろ姿を見送るおじいさんですが、”今日も”心に冷たい風が吹きます。


”なぜ、竹取の夫婦にはかぐやちゃんがいて、自分たち夫婦にはいないのか?”……と。


 ですがこうも考えます。


”たとえかぐやちゃんのような子を拾っても、はたして、貧しい自分たちに育てることが出来るのか?”……と。


『ちくりんちゃんでぇ~す! 今日もみんなをポッカポカにしてあげま~す!』


 そんな冷たい想いも、やがて聞こえてくるかぐやの暖かい歌声が吹き飛ばしてくれました。

 そしておじいさんは、柴狩りのじいさんが言った言葉を思い出します。


”かぐやちゃんは、ワシらみんなの娘だ!”……と。

 

 雪が降ったせいなのか、おじいさんの笠は一つ、二つと売れ、かぐやからもらった竹をなたで細く切り落とし、次々と笠を編みます。

 やがて一段落つくと、自分の横に露店を開いている男がいるのに気がつきました。


(はて、いつのまに……)


 おじいさんは笠の影から隣の人を観察します。

 隣の人は降ってくる雪の中、ござもひかず手ぬぐいを頭に巻き、ハァ~ハァ~と手に息を吹きかけながらわらじを編み、それを売っているようでした。

 そしておじいさんから見ても身なりはみすぼらしく、それもあってか、誰もわらじには見向きもしませんでした。


(世の中にはワシらより貧しい人がおるのか……)


 ふと、笠を被せたお地蔵さんのことを思い出したおじいさんは、一つ笠を手に取ると隣の男に差し出しました。

「もし、そこの御方。こんな雪の中では風邪をひいてしまう。ささ、この笠でよければどうか被られよ」


「?」

 手ぬぐいに包まれているゆえ、顔全体はわかりませんが、その男は少し驚いたふうに見えました。


「(もしかして、話せないのか?)なあに、ちょっと編み目を間違えての、形が悪いから売り物にならぬのじゃ。気にする必要はないぞ」

 おじいさんは腕と体を伸ばし笠を差し出すと、


『ありがとう……とても……いぱい』


 片言のお礼を言うと、男は細い腕を伸ばし受け取りました。


 お昼も過ぎたころ、かぐやからお茶をもらったおじいさんは、懐から麦飯のおにぎりを取り出しかぶりつきます。

 隣の男もかぐやからもらったお茶をすすっていました。

(ひょっとして飯もないのか?)

 おじいさんは半分になったおにぎりを隣の男に差し出しました。


『?』

「ワシはもう腹がいっぱいでの。よかったら食べてくれんか?」

 男は手を伸ばして受け取ると、少し口に含みました。

『むぎ……がため? ……おいしい』

「そうかそうか! お口にあって何よりじゃ」


 やがて日が傾き、人も露天も一人、、また一人といなくなります。

「ワシらは先に帰るでの、笠売りのじいさんはどうするのじゃ?」

 竹取や柴狩りのじいさんが話しかけますが、

「ワシはもう少しがんばってみるわい」

 隣の男もまだ座ってわらじを編んでいますが、売れた形跡はありません。


 そして日も暮れ始め、おじいさんも腰を上げ帰る準備をすると、隣の男が話しかけてきました。


『もし……よろしかったら……わらじ……かってください』


 初めての話しかけにおじいさんは若干びっくりしますが、

「ああ、あいにくじゃが、わらじは間に合って……」


 しかし、おじいさんは男の身なりや体つき、そして昼飯もなく売っていたことを思い出します。

 そして男の髪の毛が、自分より若そうなのにほとんど白髪なのが見えました。


「そうか……わかった! せっかくじゃ、全部買おうではないか!」

 おじいさんはお金の入った袋を男に差し出しました!

『!!』

 男はまるで”眼鏡をかけている”かのように、目を大きく見開きます! 

 そして男はあわてて、自分が座っていたところに出来た雪の山を手で払うと、


黄金こがね色に輝くわらじの山が現れました!


『な! なんとぉ!』

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