第四話 か○や姫 終節

 突如! 会場内を貫く声に皆は固まります。

 やがて、柱の影から、被衣かづきかぶった人がゆっくりと姿を現しました。


『司会者殿、まだ”我ら”が決めておらぬ。判定はまだ早いのではないか?』

 声の主はかぐやの舞台の前で足を止めると、もったいぶるかのように被衣をめくり挙げました。

 そこには浅黒く日に焼けた青年が、勝ち誇ったように白い歯をのぞかせながらニヤけていました。


「お! おぬしは!」

 驚くかぐやに、青年は親指を立てながらウインクします。

「た、たしか~


『冴えない』、

『目立たない』、

『取り柄がない』。

さらに、

甲斐性かいしょうがない』


の『四ない男』の……なんとかっていうお客じゃったな?」


 舞台の袖からおきなが声を飛ばします。

「こ、これかぐや、あの方は確か”ウラシマ”という名じゃったぞ」

 かぐやの言葉を浴び、ウラシマはずっこけます。

「て、手厳しいな。成長してからより毒舌に磨きがかかったか……」


 そんな二人のやりとりに兎姫が口を挟みます。


「『冴えない』、

『目立たない』、

『取り柄がない』。

『甲斐性がない』 

さらに、

『どうしようもない』


の『五ない男』の貴方一人、そちらの舞台に行ったところで、私の勝利には変わりはないわよ。さぁ、早く優勝者を決めて終わらせましょう」

 しかし、兎姫の心中は穏やかではありませんでした。

(……こいつ、私の術が効かない?)


 そんな兎姫からの辛辣しんらつな言葉を浴びたウラシマは、若干興奮しながら兎姫に向き直り、まるで目の保養とばかり兎姫の体をガン見しながら唇をゆがめました。

「慌てるでない兎姫さM……いや、とやら。まだ観客はおるぞよ! さぁ! 降りて参れ!」


 ウラシマが人差し指を演芸場の天井へ掲げると、屋根裏の小屋組から巨大な物体がウラシマめがけて落ちてきました!

「ちょ! せめて飛べ……」


”どっすぅぅ~ん!””グシャ!”


 ぺちゃんこになったウラシマの上にそびえ立つのは

「お、お主はあの時のお客の! す、すずめ!」

 驚くかぐやに、巨大雀はその首を”コクコク”と上下に振りました。

 

 これにはあっけにとられる兎姫。しかし、それでも勝ち誇ったように声を高めます。

「そ、それがどうしたの? その”雀を入れても”たかだか二人! 私の勝ちは揺るぎないわ!」

 それでも潰れたウラシマは、より勝ち誇ったように、何とか声を絞り出しました。

「ほ、ほう、誰が……雀は”一人だけ”と……言ったかな?」

「なんですって?」

 浦島の声に呼応するかのように、巨大雀は片方の翼を天井に向けて掲げると!


”バサバサバサバサバサババサババサバサ!”

”チュンチュンチュンチュンチュンチュン!”


 何百もの雀が天井裏から一斉に舞い降りました!


「こ、これは!」

「も、もしや、あの御方は!」

 ガチョウたちは巨大雀を畏敬いけいの目で眺めます。

 かぐやの舞台前は、巨大雀とぺちゃんこになったウラシマ。そして数百もの雀で埋め尽くされました。

「ど、どうじゃ兎姫。そして審査員殿。果たしてどちらの”観客”が多いかな……てか、いいかげん、どいてくれないかな……」

 事切れる寸前のウラシマでしたが、巨大雀はかぐやを見つめながら微動だにしません。


 兎姫の眉間みけんにはしわが寄り、こめかみには青筋が浮かび上がりました。

「お、おのれぇ~! こうなったら都中の人間をあたしの術でぇ~!」


『兎姫よ! その辺にしておけ!』


 突如! 災刃坊主の口から放たれる、災刃坊主”ではない”声!


「そ、そのお声は!」

「て、天帝様!」

「「ははぁ~!」」


 兎姫とかぐや、そして白ウサギやガチョウたちも災刃坊主に向かってひれ伏しました。


「じ、じいさん。て、天帝様って!?」

「ああ、かぐやの王様じゃ」

「な、なんじゃ? 何が起こっておるのじゃ?」

 驚く媼と翁、そして、あっけにとられるウラシマに災刃坊主の体を借りた天帝は耳ではなく心に語りかけます。


『我は天をべる天帝なり。その姿、天そのものゆえ、この御坊ごぼうの体を借りて皆に語りかけるものなり』  

「「「「ははぁ~!」」」」


『兎姫よ。此度こたびの勝負。うぬの負けじゃ! おとなしく認めるがよい』

「し、しかし天帝様! お言葉を返すようですが!」


『たわけ! 目先の勝利にとらわれて本質を見失いおって! これを見て眼を覚ませ! 破ァ!』

 災刃坊主の体から放たれた光は、兎姫の術にかかった人の心を解放しました。


「わ、わたし、どうしちゃったの?」

「あ、あれ? 確か好きな方の舞台の前に行くんだよな? なんで俺、こっちにいるんだ?」

「お、おい、おまえ、ちくりんちゃんを応援するって言っただろ。なんで兎姫の方にいるんだよ!」

「そ、そういうおまえこそ!」


 混乱する観客達は、やがて二つにばらけます。

 そしてその数は、ウラシマや雀たちを差し引いても、1/3が兎姫、そして2/3がちくりんちゃんの舞台の前に集まりました。


「おお! これは!」

「おじいさん! かぐやの勝ちですよ!」

 ライブストリーミングで見ていた村の者達も歓声を上げます。


「そ、そんな、私の歌や踊りは完璧よ……なんで?」

 崩れ落ちる兎姫に天帝は優しく語りかけます。

『兎姫よ。我がなぜ月の女王を決めるのに、歌や踊りで決めるのかわからぬようじゃな』

「……」

『民を喜ばそうと歌や踊りを披露してこそ、民はその姫を支持するもの。逆に、邪心ある者はいくら披露しても、民からの支持は決して得られぬ。これは女王として民を統べる時も同じこと。お主の目の前にある風景こそがその証拠じゃ』


「……そうね、公家の家で惰眠だみんをむさぼっていた……私の負けね」

 憔悴しょうすいする兎姫の口から、絞り出されるように声がこぼれ落ちました。


『うむ、ではこの勝負、ちくりん……』


「いや、わらわの負けじゃ。わらわは幾日もかけて支持する民を得たが、対する兎姫は今日たった一日、皆の前で歌と踊りを披露しただけでこれほどの支持を得た。勝敗は明白じゃ」

「あ、貴女……」

 見開いた目でかぐやを見る兎姫。かぐやの言葉は続きます。


「そして天帝様、もう一度、月の女王の”とーなめんと”を開催して下され」

 突然放たれたかぐやの言葉に、観客達はポカンとしますが、事情を知っている者は息をのむほど驚きます。

『……それでよいのか? ガチョウの姫よ』

「はい。そして、わらわはとーなめんとに参加せず、この星にとどまろうと思います」

『なぜじゃ?』


「民の声を聞く方法は、何も歌や踊りだけではございません。わらわはあきないを通じて多くの民の声を聞くことが出来ました。願わくば、より多くの民の声を聞きとうございます」

『うむ、なにはともあれ、勝負に勝ったのはお主じゃ。我は何も言わぬ、好きにせい』

「ありがとうございます」


 そして災刃坊主の顔は、ゆっくりと横を向きます。

『竹取の翁と媼とやら』

「「は、ははぁ~!」」

 突然の天帝からの呼ばれに、二人はあわててひれ伏します。


『よき姫に育て上げた。お主らの行いに、我は最大の賛辞を送ろうぞ』

「「ははぁ~!」」


 そして災刃坊主の顔は、再び正面に向き直ります。

『”遠き噺”の雀の王よ。そして、龍神の婿むこよ。此度はわれがふがいないせいで、そち達にご足労を頂くことと相成った。誠に感謝する』

 雀の王は”コク!”とうなずき、

「ま、まぁ、ワシは……目の保養も……かねておるから……き、気にするでないぞ』

 未だ潰れているウラシマは、口は天帝に向けていても、その目は兎姫の体に向いていました。


 こうして、天下一演芸会は勝者なしで終了しました。


 ――数日後。かぐやの家

「災刃坊主殿、本当に何も覚えておらぬのか」

 竹林点店のメンテナンスに訪れた災刃坊主に向かって、かぐやは何度も尋ねました。


「そもそも拙僧が、その天下一演芸会の”あどばいざあ”になった覚えもなく、気がついたら演芸場の控え室で目が覚めた次第。あとかぐや殿、このガチョウ殿は?」

「こいつらのことを知らないってことは、やはり天帝様が天下一演芸会を主催し、お主は天帝様に操られていたのか……」


「あとかぐや殿、さらにお宝が増えているように思えるのだが?」

「このお宝は先ほど申した天下一演芸会の賞品での。天帝様が持って行けとおっしゃったんじゃ。この星で暮らすとなると何かと物入りじゃからのぅ」


「では、このお宝も”外噺がいばなし用の”ネット商店に追加と言うことでよろしいか?」

「それなんじゃが、何か別の使い道はないかと考え中じゃ……その時になったらまた相談するやもしれん」


「かしこまった。……では、これにて”めんてなんす”が終了した次第」

「ああ、そうじゃ! いろいろと調べておったら他にもネット商店があるみたいじゃな? 異国の言葉ゆえ、なんとしるしてあるかわからぬが……」


 かぐやはあるネット商店のページを災刃坊主に見せました。

「ふむ……これはエゲレス、メリケンの言葉」

「なんて名前じゃ?」


「日の本の言葉に直すと……『密林みつりん点店』と記してある」


「密林、竹林……そうか、次のわらわの”敵”はこやつじゃな! 翁! 媼! がちょう共! われらの目標は、竹林点店をこの星の商いの”女王”にすることじゃ! そうじゃ、がちょうども! これからお主らはお客からの注文の品を飛んで運んで参れ! 手が足りなければ”猫”や”熊”を雇うのじゃ!」


 興奮するかぐやの声を背中に聞きながら、災刃坊主は家をあとにします。

 そこへ、何者かが災刃坊主の心に語りかけます。


『災刃坊主殿。此度の我の無理な依頼、無事完遂して下さり、感謝に堪えぬ。これからも姫のことをよろしくお頼み申し上げる……』


 自分への語りかけが終わった災刃坊主は、りんとした声で宣言しました!


『これにて一件落着!』

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