第五話 笠○ぞう 弐号

 まさに黄金こがね色! みのった稲穂の色や、ちくりんちゃんを応援する時に振る”ちくりうむ”の黄色い輝きの比ではありません!


「お、おまえさん、こ、これはいったい!」

『これを、はけば、まんいち、”おにウイルスをふんでも”、まず、ダイジョブ!』

 男は初めて笑顔を浮かべて、おじいさんに話します。


「お、鬼? 踏む? じゃと?」

『そう、ゆきと、いしょに、おにが、やてくる』

 そして男は、おじいさんがあげた傘を指さします。

『これ、いいね。ふってくるおに、ふせげる。『ぼうかかべファイヤーウォール』じゃなく『ぼうせつかさスノー・ハット』ね。HAHAHA!』

「はは……」

 おじいさんは訳がわからず、力なく笑いました。


 そして男はさっきまで無口だったのが嘘のように、次から次へとその口から言葉をつむぎ出しました。

『この、『たいおにわらじアンチウイルスは、いつもは、いちねん、かがやくけど、あなた、とくべつ、さんねん、かがやく、ほしょうします!』

「三年も……光るのか?」


『ザッツライト《That's right.》!』


「ざつ……らい?」 

 突然聞き慣れない言葉に、おじいさんは戸惑います。


『ただし! ときどき、たいよう、ほしてクダサイ』

「お日様にあてればいいのか? ああ、わかった。濡れたままだとすぐいたむし、カビが生えるからな」

『イエス! そうすれば、”あっぷでいと”サレマース』

「あっぷ? ……まあいいや、とりあえず干せばいいんじゃな」


『そして、あなた、”このはなし”の、『ひーろー』に、なてクダサイ!」

「ひいろお……?」

『そう! あなた! やさしい! あなた! せいぎ! あなた! つよい!」

「つ、強いじゃと? ワシは柴狩りや竹取のじいさんのように”ぐりずりい”とは戦えぬぞ?」


『わたし、かくしん! あなた、ひーろー! ダイジョブ!』

「……何が何だかわからぬが、とりあえず日も暮れてきたし、わらじは持ち帰るぞ」

『オッケー!』

 男は親指を立てながらウィンクしました。


 おじいさんは黄金色のわらじの山を風呂敷で包み、”よっこいしょ!”っと背負うと、

「ああ、そういえば、あんたの名前は……」

 おじいさんが振り向くと、男はいなくなっていました。

「んん? これはいったい?」


 辺りを見渡しても、人影まばらな露天場所にはあの男らしき人は歩いておらず、男が露天を出していた地面を見ても、足跡どころか、まるで朝から誰もいなかったように雪が積もっており、人がいた形跡すら感じられませんでした。


「ひょっとして、きつねたぬきかされたか?」

 背中の風呂敷包みを覗くと、まるで金塊のようなわらじが詰まっていました。

「や! やっぱり! 本物じゃ!」


 山のようなわらじを背負いながらも、家路につく足取りがいつもより軽いおじいさんでした。

「今日はもう無理じゃが、明日一番でこれを売れば、かなりのもうけができるぞ!」

 そしてある小路の前にたどり着きます。

「おお、そうじゃ! お地蔵様へお礼を言わないとな!」


 行きに傘を被せたお地蔵様の前にたどり着くと、おじいさんは早速、ひざをついてお祈りをします。

 ふと顔を上げると、お地蔵様の上半身は傘のおかげで雪は積もっていませんが、足下には雪が積もっておりました。

「そういえばお地蔵様はいつも裸足はだしじゃ。これじゃ脚がしもやけになってしまう……そうじゃ! このわらじを!」


 おじいさんは風呂敷を下ろし、黄金色のわらじを取り出します。

「これだけあるんじゃ。お地蔵様へお裾分すそわけをしないとな」

 そしておじいさんはお地蔵様を持ち上げてわらじを履かせようとしますが、案の定、びくともしません。

「ハァ……ハァ……。すまんのうお地蔵様。じじいの力じゃわらじを履かせるのは無理じゃ。せめて雪を払っておきますじゃ」

 おじいさんはお地蔵様の足下に積もった雪を払いました。


「では失礼しますじゃ」

 風呂敷を背負ってお辞儀をしたおじいさんですが、数歩歩いたところで振り向いて、お地蔵さんに話しかけます。


『ええ、お地蔵様の代わりに、困っている人にこのわらじを履かせますじゃ』


 そして再び足を踏み出すおじいさんでしたが、

「はて、今、ワシは誰と話したのかの? ひょっとしてお地蔵様?」


 せっかくだからと、おじいさんは黄金色のわらじを履いてみることにしました。

「おほ! これは! まるで宙を舞うように体が軽いぞ。それに雪を踏んでも冷たくない、いや、むしろ暖かいぞ!」

 まるで積もった雪が雲の上のように、おじいさんの足取りは”バッタのように”跳ね

回っていました。


『……けて。……助けて』


 ふと耳に入る、霞のような消えゆく声。おじいさんは立ち止まって辺りを見渡します。

「はて? どこからか声が? もし! 誰かおるのか!」


『た、たすけて……くださいにゃ~』


「おお、そっちか!? 待っとれ! 今ゆくぞ!」

 おじいさんは雪をかき分けながら、声のする方へ歩いて行くと、一匹の青いイエIEネコが倒れていました。

「お、おまえさん、いったいどうしたのじゃ?」

 イエネコの四つの脚は黒い瘴気に包まれており、やがてそれは体全体をおおうほどでした。


「ゆ、雪にまぎれた”ウイルス”を、うっかり”踏んで”しまいましたにゃ~。そ、それで、このありさまですにゃ~」

「お、鬼? そういえば、さっきの男も鬼がどうとか言っていたような?」

 おじいさんはわらじを作った男の話を思い出します。


「……そ、それで、ワシはどうしたらいいんじゃ? 神社から神主様を呼んでおはらいしてもらえばいいのか?」

「た、『対鬼駆逐装身具アンチウイルスアクセサリー』があ、あればにゃ~……」

「お、鬼をやっつけるものか? そんな物どこに……ん? もしやこの金のわらじか?」

 しかし、イエネコは息も絶え絶えで、今にも事切れそうです。


「こりゃいかん! まちょれよ! このわらじをおまえさんに……」

 おじいさんは慌てて風呂敷包みを下ろすと、二足のわらじをイエネコの前足、後ろ足へと履かせました。すると……


”ニャアアァァー!”


 突然! イエネコを包み込む黒い瘴気しょうきが叫び出しました!

「こ、これは! まるで化け猫のような!」

 魂を凍らせるような恐ろしい叫び声におじいさんは逃げようとしましたが、腰をぬかしてしまって一歩も動くことが出来ません。


”お、おのれぇ~! おぼえておれよ~!”


 イエネコを包み込んでいた黒い瘴気はゆっくりと空へと蒸発し、やがて消えてしまいました。


 あっけにとられるおじいさんでしたが、すぐさま青いイエネコに声をかけます。

「お、おい! だいじょうぶか! 鬼とやらは消え去ったぞ」

 やがてイエネコはゆっくりと眼を覚まします。

「あぁ、だいじょうぶですにゃ~。今、”修復中”だにゃ~。なんとお礼を言ったらいいのかにゃ~」

「ああ、礼なぞいらぬ。お地蔵様より困っている人がいたら助けるようにと言われたからな」

「そ、そうですか。お地蔵様に……」

 やがて青いイエネコの姿は雪に溶け込むように消えてゆきました。


「お、おい! ……消えてしまった。これでよかったんじゃろか?」

 なにやらに落ちないまま、おじいさんは風呂敷包みを背負い、家路に就きました。


『……こ、この私が……無念。だ、誰かおらぬかぁ!』


 再びおじいさんの耳に届けられる助けを請う声。それは動物ではなく、力強い男性の声でした。

「ま、またじゃ! お~い! だいじょうぶかぁ~!」


『おお! これは僥倖ぎょうこう! 我はここぞ!』


 これのする方角へ走っていくおじいさんでしたが、そこで見た”者”は、未だ出てこない災刃坊主ではなく、


 トサカがついたかぶとかぶり、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうのたくましい肉体を鉄のよろいで包み込んだ


 一人のスパルタEdge兵でした!


「……はぁ?」

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