第三話 ア○とキリ○リス 転

 SE室の前では出勤した従業員が押しくらまんじゅうのように詰めかけていました!


「業務用PCが立ち上がらない!」

「立ち上がっても挙動がおかしい!」

「ハードディスク内のデータが破壊されている」

「これでは仕事にならない!」


 マシンガンのようにSE室のアリさん達へ文句を浴びせる従業員達。

 主任アリさんも押しくらまんじゅうの中へ飛び込み、何とか対応しますが、寝不足と軽油リレーの疲れで堪忍袋の緒が切れそうになります。

「う……う! うるさ」


『静かにしたまえ!』


 突如! 押しくらまんじゅうを貫くような鋭い声!

 声の主は営業部のカマキリ部長でした。


 経理部のカナブン部長も後に続きます。

「昨夜の嵐は我が社に未曾有の大惨事をもたらした。よって! 我が社に非常事態宣言が発動されました! 各自すみやかに持ち場に戻り、しばらくは稼働するPCで職務にあたりたまえ!」


 庶務課のテントウムシ課長は優しく皆に指示します。

「さあさあ、PCが使えない従業員は会社周りのお掃除だね。軍手とゴミ袋を持って僕についておいで」


 皆がいなくなると主任アリさんは頭を下げます。

「あ、ありがとうございます。カマキリ部長」

「気にするな。俺たちは力仕事と怒鳴ることしかできねぇからよ。それにさっき、他社の『シバさん』や『ミケ』にそれとなく探りを入れたんだが、どこの会社も昨夜の嵐で会社内が天手古舞てんてこまいらしい。今は復旧に全力を注ぎたまえ」

「は、はい!」


 主任アリさん以下アリさん達は手分けして各部、各課のPCのチェック作業に入ります。

 営業部へはキリギリスが赴き、PCの復旧を手伝います。

「マツムシ先輩、どうしたんですか?」

「おいおい、なんでキリギリスがくるんだよ」

「こう見えても主任アリ君仕込みで、PCに関してはちょっとしたモンですよ」


「まぁいいや、このおんぼろノートPCへバックアップした見積もりデータを参照しようとしたんだが、昨夜の嵐で案の定立ち上がらなくてな」

「タブレット内のデータは?」

「あれは去年作ったヤツだから、こっちのノートパソコンに移したんだよ。じゃないとすぐタブレットがパンクしちまう!」


 そしてマツムシ先輩は、ここぞとばかりに愚痴を吐き出しました。

「ウチの会社、ただでさえケチなうえに容量の少ない、しかも外部メモリーが使えないタブレットを買いやがって! 今までは会社のデータサーバーにWi-Fiで送っていたんだが、この前の告知でこの有様よ!」


「そうですか、それじゃ、そのタブレットの音声認識で『一斗雲いっとうーん』と叫んで下さい」

「一斗雲って、この前おまえがインストールしろって言ったあのアプリか……わかった。一斗雲~」

「もっと大きな声で」


「わ、わかったよ。す~は~『一斗雲!』」

『一斗雲ヲ立チ上ゲマス』


「立ち上がったな。それで、この後はどうす……な、なんだぁ! 今までの見積書のファイル! いや、俺がつくった報告書のファイルまで全部あるぞ!」

”ええっ!”

と、他の従業員もマツムシ先輩の周りに集まってきます。


「この前の告知の時にみんなに『一斗雲』をスマホやタブレットにインストールしてもらいましたよね。あれがサーバーの中にある個人データからタブレットのデータまでバックアップしてくれたんですよ」

「いやちょっと待てキリギリス。バックアップって、一体どこのサーバーに?」

 キリギリスさんは窓から空を指さします。


「空? 雲?」

「『クラウド』って言って、『ミニミニウェア』が行っているサービスです。今なら5GBギガバイトまで無料でデータをバックアップできるんですよ」


 それを聞いた他の従業員もスマホやタブレットに向かって『一斗雲~』と叫びます。

「おお! 案件の仕様書が残っている!」

「名刺のデータベースも!」

「やったぁ! 助かったぁ!」

 よどんでいた社内の空気が徐々に明るくなりますが……。


「キリギリス君、ちょっと……」

 営業のクツワムシ係長がキリギリスさんを手招きして、自販機の前へと連れて行きます。

「昨日はご苦労だったね。実は……」

「ええっ! 主任アリ君達が!」


 第一会議室では緊急の役員会議が開かれており、主任アリさんもオブザーバーとして末席に着いています。


「現状、我が社のサーバーはどうなっている?」

 社長のカブトムシさんから主任アリさんへ発言を促します。


「昨晩の嵐による度重なる落雷、そして停電により、第一から第三データベースサーバーに不具合が発生し、我が社の核とも言えるソフトウェアやプラグイン、ライブラリが壊滅的打撃を受けております」


「復旧できるのかね?」

 専務のクワガタさんが尋ねますが、主任アリさんの口は重いままです。 


「現状、これまで構築したソフトウェアからプラグインやライブラリを抜き出して復旧しておりますが、それぞれのサーバー内のミラーリング(複製)ディスクも不具合が生じており、三割近くは復旧のめどが立っておりません」


「つまり、我が社は立ちゆかなくなったというわけか……責任問題は免れないな」

 総務部長のオニヤンマさんはため息混じりに呟きますが、営業部長のカマキリさんがさえぎります。


「ちょっと待って下さい! 第一の『イハサク』、第二の『ネサク』、第三の『イワツツノヲ』の『サクジシステム』は我が社の創業から稼働している骨董品こっとうひんです! 先日の会議でも主任アリ君はデータサーバーの増設を訴えていたではありませんか!」


 経理部長のカナブンさんもカマキリさんを後押しします。

「主任アリ君から話を聞いてみると、今回の個人データの移動で空いた容量に、第一から第三のデータベースを移動させて再構築しようとした矢先の出来事です。ライバル会社の『DOG情報サービス』や『CATファクトリー』はもっと被害が出ており、作成中の顧客の案件が無事だったのが、むしろ僥倖ぎょうこうとみるべきでは?」


 しかし、カブトムシさんの言葉は冷たかった。

「社内で復旧出来なければ外部の復旧業者へ依頼しなくてはならない。当然安くない経費がかかる。費用捻出の為、役員報酬のカットから管理職の減給、そして……」

 カブトムシさんの鋭い目が主任アリさんを見据えた時!


”ドンッ!””ドンッ!””ドンッ!”

 突如! 会議室のドアが叩かれると


”ドッカァ~~~ン!”


 ドアを蹴破って、キリギリスさんを先頭に、大勢の従業員がなだれ込んできました!

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