第三話 ア○とキリ○リス 結

「な! なんだね君たちは!」

 カブトムシさんの声を遮るかのように、従業員達は先を争うように鬱憤を吐き出しました!


『いい加減にしろ! 頭の固い経営者め!』

『俺たちがどれだけ我慢して仕事してきたと思っているんだ!』

『キーボードも打てないヤツがサーバーを語るんじゃねぇ!』


 キリギリスさんもどさくさ紛れにボソッと呟きます。

「クロアゲハさんを俺に紹介しろ!」 


 カマキリさんやカナブンさんが立ち上がって、みんなを押さえつけます。

『おまえら~! ここで騒いだところでなんにもならないぞ!』

『み、みんな! 落ち着いて! 今は会議中だから!』

 もはや会議室内は罵声と怒号が飛び交い、収拾がつかなくなりました。が、


ーーーーーー!』


 突如! 会社全体に響き渡るお坊さんの声に、辺りは静寂の霧がただよいました。


「あれ? あの声は?」

「災刃……坊主様?」

 主任アリさんとキリギリスさんが順番に呟きます。


”カッ!””カッ!””カッ!””カッ!”


 廊下の向こうから聞こえる、ピンヒールの音。

 まるで海が割れるかのように、廊下から会議室内に道が出来ました。


『情報部部長スズメバチです。ただいま帰国いたしました』


「お、おかえり、スズメバチ君。嵐の為、帰国が遅れると聞いたが」

 クワガタさんがなぜか恐る恐るとスズメバチさんに話しかけます。


「業務提携の話が思いのほかスムーズに進みまして、便を早めて帰国いたしました。ちょうど社長以下経営陣も集まっていることですし……」

 スズメバチさんは装飾されたファイルをカブトムシさんの前に置きました。

「こちらが仮契約書です。後日、先方から本契約の日程調整の連絡が来ると思います」

「おお、ありがとう! さすがスズメバチ君だ。これで我が社も安泰だ!」

 ファイルを手にしたカブトムシさんから、笑顔がこぼれます。


「おい主任アリ君。アレはなんだい?」

「スズメバチ部長が進めていた、『外噺がいばなしの会社』との業務提携さ。もはや自分の会社だけで一から十まで仕事をする時代は終わって、今は各会社同士がいわばネットワークでつながって共同で作業を進めていかないと、時代に取り残されるからね」

「ほへ~。そんなこといつの間に」


「ところで、これは一体どうしたんですか? ん? 主任アリ君?」

 スズメバチさんの鋭い目が従業員達を見渡し、主任アリさんで止まります。

「なんでもない。ささ、君たち、業務に戻りたまえ」

 オニヤンマさんが皆に退室するようにうながしますが


「いえ、むしろそのままで結構、災刃坊主様、どうぞお入り下さい」

「や、やっぱり」

「あの声は」

 ドアから現れたのは、錫杖しゃくじょうを掲げた災刃坊主でした。


「スズメバチ君、こちらの方は?」

「カブトムシ社長、紹介します。今回の外噺の会社との業務提携に尽力して頂いた、災刃坊主様です」

「はじめまして、拙僧は災刃坊主と申します。以後お見知りおきを」

「おお、それはそれは、社長のカブトムシです。この度は誠にありがとうございます」 


「それに災刃坊主様は、我が社の第一から第三データベースサーバのバックアップの為に、一斗雲を提供して下さいました」


『ええぇ!』

 経営陣から主任アリさんまで驚きの声を上げます。


「ス、スズメバチ部長! 第一から第三のデータベースは一斗雲の5GBギガバイトでは収まりません! それぞれが数TBテラバイトあります!」

「あぁ、主任アリ君、それは個人用だろ。災刃坊主様は『法人用もキャンペーン中』だとおっしゃっていたのでな、とりあえず30TBほど契約しておいたよ。後ほど『使用者』アカウントのパスワードを渡そう」


『えええぇぇぇ!』

 今度は主任アリさんとキリギリスさんが同時に叫びました。


「主任アリ君、前から思っていたんだけど、なんでスズメバチ部長の前だと社長や専務って腰が低くなるんだ?」

 主任アリさんの後ろに隠れたキリギリスさんが、小声で尋ねます。


「噂だけど、この会社の株の51%をスズメバチ部長が持っているんだ」

「ええっ! それって実質社長なんじゃ!? だから体育会系のカマキリ部長も、この前の会議で歯切れが悪かったのか……」


「でも本人は現場や業務提携とかで”飛び回る”のが好きみたいで、経営とかのつまらない仕事はカブトムシ社長以下、役員を”指名”して押しつけたみたい」

「クソ! にもかかわらず社長はアゲハさん達が乱舞するキャバクラで豪遊かよ!」

「キリギリス君、声が大きいよ」


 スズメバチさんは語ります。

 外噺の会社との業務提携に辺り、スズメバチさんは災刃坊主をアドバイザーとして雇いました。

 会話の中で、以前から会社のデータベースサーバーの膨張に懸念を感じていたスズメバチさんに、災刃坊主は一斗雲を提案し、それをスズメバチさんは情報部部長権限で契約します。


 そして、スズメバチさんは外噺の会社との交渉を進めつつ、外噺からネットワークを通じて『管理者権限』で、第一から第三のデーターベースサーバーのバックアップを一斗雲へ向けて行っていました。


「それにしても、あと半日遅かったら危なかったわ。それに、私がいない所で勝手に古いノートパソコンを使ったバックアップなんかやらせているし。サポートが切れたOSのノートPCを、未だに資産に計上していますし」


 今度は、スズメバチさんの眼が経営陣へと向けられます。

「ま、まぁ、アレはいわば緊急事態で、と、とりあえずデータが無事なら業務が遂行できる! 業務提携も進んでいるし、ライバル会社の先を行くことが出来るぞ!」


 カブトムシさんは威勢のいい声をかかげますが、すぐさま、スズメバチさんの声が上に被さります。

「結構なことです。そのご様子では一斗雲にかかった経費もスムーズに決済がおりそうですね。先ほどは役員報酬の減額の話も出ていたそうですし」


「い、いや、あれは……」

 狼狽するカブトムシさんにスズメバチさんがとどめを刺します。


「ああ、そうそう、第一から第三のデータベースを調べていたところ、『業務外の写真』が”多数”出てきましたね。ちょうど皆さんおそろいですから、写真を拝見しながら”今後のこと”についてお話ししましょう」

 スズメバチさんは唇を歪めながら妖しく微笑むと、懐からメモリーカードを取り出しました。


「お、おい主任アリ君、”業務外の写真”って……」

「ああ、まさかここで使うとはな。さすがスズメバチ部長だ」


 こうしてIT(InsecT:昆虫)株式会社はさらなる発展を遂げました。


『これにて一件落着!』


      ―― 第三話 完 ――

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