第三話 ア○とキリ○リス 承
「あ、どうも」
「頂きます」
キリギリスさんと主任アリさんはグラスを
「フロッピーディスクという懐かしい言葉を聞いたのでな、つい一杯
やがて席を移動し、三人は自己紹介をします。
「へぇ~
口べたな主任アリさんに代わり、キリギリスさんが営業トークで災刃坊主との会話をやりとりします。
そこへ主任アリさんがボソッと呟きます。
「……どうせなら、無能なウチの上層部もまとめて退治して欲しい」
「ちょ! 主任アリ君! めったなことを! ハッハッハ! すいません。こいつちょっと疲れていまして……」
「ふむ、先ほどのフロッピーといい、なにやら訳がありそうじゃな。もしよろしければ拙僧に話しては下さらぬか」
アリさんとキリギリスさんは会社の現状を災刃坊主に話しました。
「……なるほどのう。拙僧も鬼や厄を退治すれば
目を閉じなにやら考えた災刃坊主は”カッ!”っと目を見開きます!
「”アレ”を使う時が来たか! 主任アリ殿、お主の悩み、いや、貴殿の会社を救えるやもしれぬ!」
「ほ、本当ですか?」
「拙僧は嘘は申さぬ。しかし、SEであらせられる主任アリ殿の協力も必要だ。手を貸してはくれぬか?」
三人は
「そ、そんなこと! 会社のシステムやデータを勝手に!」
主任アリさんの顔が青ざめます。
「ネックは会社のではなく、個人のデータではないのか? それがなくなるだけでもデータベースに余裕ができるのであろう?」
「し、しかし、そのシステムを構築するに辺り、まず第一に予算が……」
「その辺は心配ご無用。先日”やんごとなき御方”からの寄進で
「大丈夫だって主任アリ君。他の部署には営業部から根回ししておくからさ」
「わ、わかりました。災刃坊主様。よろしくお願いします」
「うむ、心得た。もっとも、天のことは天しかわからぬ。これを使う状況にならないのが一番いいのだが、そうも言っておれぬでのう……」
災刃坊主はゆっくりとバーの天井を見上げました。
そして告知通り、個人のデータはノートパソコンのハードディスクに移すという、その時がやってきました。
従業員の机の上には一台ずつ、バックアップ用の旧式ノートパソコンが置いてあり、メモリーカードリーダーや各スマホやタブレット用のケーブルが刺さっていました。
「なんか、ウチの会社だけ十年前に逆戻りだな」
そんなのんきな会話も一瞬だけ、あっという間に営業部はもとより、最初から業務用のパソコンが置いてある経理や総務、人事までにも阿鼻叫喚の嵐が吹き荒れました。
「ただでさえ邪魔なのに、データをバックアップする時だけしかノートパソコンを立ち上げちゃダメなの!?」
「光熱費の節約だってさ。スリープにすればいいのに、上の考えることはよくわからん」
「『NAS(ネットワークアタッチトストレージ :ネットワークハードディスク)じゃだめなのかよ!」
「それすら買う金もないんじゃねぇの? でも本体だけ買って、中身のハードディスクをこのおんぼろノートパソコンのを流用しないだけ、まだましかもな」
「んじゃ、外部メモリーは!?」
「なくしたら、あんた責任とれる?」
「ぐわぁ~! おんぼろノートPCめ! スリープから起こしたら固まりやがった!」
「このノートパソコンと『尺八OS』って、相性が悪かったのよね」
「使わないのをさ、わざわざ倉庫に保管してあったのが逆に偉いよ」
「情報漏洩するからって、リースじゃなく経費で買ったからな。おんぼろでも会社の資産に計上するんだろ! 粉飾決算のセオリーさ!」
「大丈夫かよウチの会社! こんなことするなんてよ!」
アリさんがいるSE室には各部、各課から八つ当たりともいえる内線電話がひっきりなしにかかってきて、顧客の案件をこなしながら内線の対応に追われました。
そして次の週、まるで災刃坊主の予感が的中したかのように、大嵐がやってきました。
暴風雨、落雷、ヒョウやアラレも降るという、まさに天の怒りを具現化したような災害。
IT株式会社でも帰宅できない従業員が社員食堂や休憩室で待機し、主任アリさん以下アリさん達も、もしもの時の為にSE室に詰めてました。
ギリギリスさん達営業部の人達も、会社に避難するかのように飛び込んできました。
キリギリスさんはSE室に顔を出します。
「主任アリ君、何か手伝うことはあるかい?」
「ありがとう。出来る限りの手はうった。しかし、電算室で一番怖いのは停電だ」
「でも、バッテリーや屋上には自家発電機もあるんじゃ?」
「そんなモノは気休めさ。幸いにも会社内での業務は終わって、サーバーに負荷をかけることはなくなったけど、もって数時間だ」
「それが過ぎたら?」
「自家発電機が止まる前に、駐車場の
「ええぇ~!」
「自家発電機はSE室の管轄みたいなものだから、その時の為に僕たちは今から仮眠を取る。すまないがもしもの時には……」
「わ、わかった! 俺も腹をくくるぜ! 男連中にも声をかけてやるからよ!」
「ありがとう。恩に着るよ」
「なぁに! 入社したばかりの俺にパソコンの使い方を教えてくれたじゃねぇか。こっちこそ、恩返しをしてやるぜ!」
しかし、天は残酷なモノ。数多くの落雷によって相次いで停電が起きてしまいます。それはIT株式会社がある地域も例外ではありません。
もはや雨風をしのぐ役目を放棄した雨合羽を着ながら、駐車場隅の大型タンクから軽油ポリタンクへ注いでいるのはキリギリスさん。
「わっせ! わっせ!」
そして真っ暗な会社の中、非常灯とスマホの懐中電灯を頼りに、軽油用ポリタンクを地上から屋上までリレー運搬しているのは部下のアリさん達や営業部や他の部署の男性従業員。
そして、女性従業員も空になった軽油タンクを地上へとリレーで運びました。
「わっせ! わっせ!」
雨合羽の中がびしょ濡れになりながら、台車に乗せたポリタンクを自家発電所のタンクまで運び、軽油を注いでいるのは主任アリさんでした。
キリギリスさんが大型タンクからポリタンクへと軽油を注いでいる中、駐車場に止まる何台かの車。
「カ、カマキリ部長!」
車から出てきたのは営業部長のカマキリさん、経理のカナブン部長さん、庶務のテントウムシ課長さんでした。
「話は後だ! キリギリス! ここは俺にまかせておまえは自家発電機の方を手伝え!」
「え!? で、でも」
「俺達を甘く見るな! この会社が掘っ立て小屋の時からこういうことには慣れているからよ!」
「は! はい!」
ひたすらタンクを運ぶ従業員達。
女性従業員を始め、一人、また一人と脱落していきます。
やがて動いているのはカマキリ部長達や古参の営業であるトノサマバッタさんやショウリョウバッタさん、そしてキリギリスさんと主任アリさんでした。
嵐もやみ、東の空が薄明るくなります。
夜通し行われたタンクリレーの甲斐があり、自家発電機が止まる前に電気が普及しました。
駐車場ではカマキリ部長さん達、そして会社のあちこちでは疲労した従業員が死屍累々とした姿で眠っていました。
そして自家発電機を背に主任アリさんと部下のアリさん達が、そして、キリギリスさんもポリタンクを抱きしめながら眠っていました。
そこへ、息を切らせながら屋上への階段を上るSE室のアリさん。
「しゅ! 主任! 大変です!」
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