第二話 ウ○シマ太郎 肆
さすがに疲れたウラシマは
「わ、わかった。お、押すだけじゃぞ!」
(フン! チョロいヤツ!)
「何か言ったか?」
「いえいえいえいえ! ささ、早く……」
と、そこへ一人のお坊様が通りがかりました。
『あいや、待たれい! そこの青年とウミガメよ!』
「「だ、だれ?」」
「ワシは
(ドキッ!)
ウミガメの顔は再び青くなりますが、ウラシマをかばうように立ちふさがります。
「ちょ、ちょっと困りますね。この方は私のお客さんなんですよ。後から来て横取りするのは業界のルールに反しますね!」
しかし、災刃坊主も負けてはいられません。
「そうはいかぬ。名を明かせられぬが、こちらもやんごとなき御方からの頼まれ事。すでに寄進も頂いておるゆえ、依頼を果たすのが責務」
ウラシマは災刃坊主に尋ねます。
「やんごとなき……もしや”オ”のつくお人か?」
「おお! ご存じか!? なら話は早い! 実は
『オットー・フォン・ビスマルク宰相の使いの人かぁ!』
「ちょっと! あんたさっきリリエンタールで私にツッコんだでしょ! なんで勝手にビスマルクは信じるわけぇ~? やっぱ鉄血宰相だからぁ~? 後の世に戦艦の名前になったからぁ~! やっぱ漁師だから
ウミガメの口からはMP40のようにツッコミの弾丸がウラシマに向かってばらまかれ、さらに絶妙のタイミングで、ヒレを振り回して何回もウラシマの体にツッコミを入れました。
「うおっほん! 気のせいか、拙僧が依頼を受けるお人は一癖も二癖もありそうじゃな。なら力尽くで改めさせてもらうぞ!
災刃坊主が
「これは! ワシの首飾りが!」
ウラシマの首飾りが宙を舞い、災刃坊主の手の内へと飛んでいきました。
そして、災刃坊主は貝殻の口に向かって呟きました。
「や~いや~い! 『
『な! なんじゃとぉ~! だ、誰があんなキモイ動きをする奴なんかにぃ~! おまえみたいな”生臭坊主”に言われる筋合いはな~い!』
なんと、貝殻からドスのきいた声が浜に響き渡りました。
「こ、これは! 貝殻から声が!」
「あっちゃぁ~!」
ウラシマは目を丸くし、ウミガメは両のヒレで顔を隠します。
「これでおわかりと思うが、ウラシマ殿の話す言葉から目に見える景色まで、この貝殻を通して筒抜けだったという訳じゃ」
「つ! 筒抜け!」
「うむ、拙僧はただ貝殻に向けて話しただけじゃが、貝殻の声の主は”ワシが生臭坊主であると知っていた”からな」
「そ、そんな……ことが」
「おそらくこの貝殻がリアルタイムで《データロガー》、《データレコーダー》、つまり監視カメラや盗聴器の類になっておったのじゃ」
「な、なんと恐ろしい……ワシの首飾りがそんなことに……あ、あなた様は一体?」
「ワシは
「鬼? ……厄?」
「そうじゃ、そち達が持っておるスマートフォンやパソコンを
やがてウラシマの顔がみるみる真っ青になっていきます。
「そ、その貝殻の首飾りはワシが幼き頃、ヒメという名の少女からもらったもの……ま、まさか、あの少女が……」
「うむ、実はそのことについてな、依頼主が……」
『いつの間にかワシは一人の少女を虜にする! ネット配信者になっていたのかぁ!』
「……あの、ウラシマさん。ウミガメの私が言うのもなんですが、あなたのお姿、言動を喜ぶ人は、この噺のみならず、他の噺の住人でもいないと思いますよ」
ウミガメはもはやツッコミする元気もなく、ウラシマに向かって淡々と現実を話しました。
(どうも噺の住人という方々は人の話を聞かぬのぅ。しかし、ここまで物事を肯定的にとらえられるお人も珍しい。”あの御方”が
災刃坊主も心の中で小首をかしげ、話が進まないことにもどかしさを感じていました。
ウラシマは恐る恐る災刃坊主に尋ねます。
「災刃坊主様、つまりワシは幼少の頃より、自身の黒歴史を毎日のように見知らぬ誰かに垂れ流していたと?」
(ちょ! ウラシマはん! あんたの
さすがのウミガメも気の毒すぎて、心の中でのツッコミにとどめました。
「うむ、そちの黒歴史とやらがどんなモノが知らぬし知りたくもないが、少なくとも第三者に知られていたのは事実じゃ」
「ワ……ワシは……そんなことをする女を、毎日のように……」
「これ、ウラシマと申すお人、そう早まった考えは」
『でもワシもヒメに向かって”あ~んなこと”や”こ~んなこと”を毎日のように考えていたから、むしろおあいこじゃな!』
『渇! この煩悩ウラシマァ! 拙僧の話を聞けぇ~!』
人の話を遮り、いやらしい笑みを浮かべるウラシマに向かって、まだ第二話にもかかわらず、災刃坊主は”ぷっつん!”してしまいました。
(い、いかん! 拙僧が取り乱してどうする! 鬼や厄を目の当たりにした人は慌てて錯乱するが
(なにやら雲行きが怪しくなってきましたね。ここはいったん退散して)
ウミガメが少しずつ波打ち際へ後ずさりするのを見たウラシマは、さっきまでのいやらしい顔はどこへやら、ふと気がついたように尋ねます。
「そういえばウミガメよ。なにやらワシにスマートフォンの画面を押させようとしたが、あれは一体?」
(どきっ!)
「むむ? それについては”あの御方”より聞いてはおらぬな。だがその行為には不吉な影が思い当たる。これウミガメよ。差し
「えっ! いやこれはその……プライバシーが」
「ぬっ! そのスマートフォンには”鬼”の影が見える! 渇!」
災刃坊主が渇を入れると、ウミガメのスマートフォンは
「そういえばワシもちゃんと画面を見ていなかったのう。どれどれ……」
ウラシマは災刃坊主の横から画面をのぞき込みますが
「なんじゃ? 真っ黒な画面の下にボタンがあるだけではないか」
「ウラシマ殿、よく見ていなされ」
災刃坊主が指先で画面を長押しして下にずらしていくと……。
「なんと! 画面が反転してなにやら文字が浮かんできたぞ。なになに……
『誓約書。ウラシマ(以下甲)は、画面下のボタンを押した時刻をもって、龍神が寵愛するオトヒメ(以下乙)に十
「やはりそうか。これは不用意にボタンを押させて、勝手に契約をさせる鬼の一種じゃ」
「し、しかし災刃坊主様、ただボタンを押すだけなら、なにもワシではなく他の誰かに」
「おそらくボタンを押した瞬間、
災刃坊主は眼を光らせながらウミガメを
「へ、へへぇ~! お
ウミガメは砂浜に顔を埋めるほど頭を下げました。
しかし、そんなウミガメをウラシマはかばいます。
「お待ちを災刃坊主様。どうもこのウミガメは社長とやらに命令されておるみたいだし、とりあえずワシはなんの被害も出てはおらぬ。ここは鬼を憎んでウミガメを憎まずでどうじゃな?」
(ぬぬ、それは確かに。ただの黒歴史男と
「ちなみに災刃坊主様、この画面に名が出ておるオトヒメというお人は……」
ウラシマは目を輝かせながら、何かを期待する眼差しで災刃坊主に問いかけました。
「うむ、オトヒメとは拙僧の依頼主……『オトヒメエビ』様じゃ」
「……は?」
「それについてはわたくしが……」
砂から顔を出したウミガメが説明を始めます。
「元々オトヒメエビ様は龍神様のお気に入りの御方でして、毎日のように龍神様のお口の中をきれいに掃除しておりました」
しかし、脱力したウラシマはウミガメの話なぞ聞こえない風でしたが、かまわず話を続けます。
「あるとき、龍宮城から通話用の貝殻、スマートフォンや携帯電話の前身ですな、それが一つ、いずこかへ紛失してしまいました。おそらくそれがどこかの浜に流れ着き、ヒメという少女の手に渡って首飾りになり、ウラシマ様の手に渡ったのでしょう」
「……」
「貝殻がなくなることはままあることでして、それだけならこの話はこれで終わったのですが、ある時、そう、あれはちょうどウラシマ様が思春期を迎えた辺りから、貝殻を通じてオトヒメエビ様のお名前が頻繁に龍宮城の貝殻から発せられるようになりました」
「……」
自身の黒歴史を露わにされたウラシマであったが、微動だにせず固まっていました。
「それを聞いた龍神様はたいそうお怒りになり、オトヒメエビ様を想う人間を排除しようと、あのような誓約書を作った次第であります」
災刃坊主も補足するように語り始めます。
「それを聞いたオトヒメエビ様はすぐさま拙僧に依頼をなさり、貝殻の回収、そしてウラシマ殿に変な誓約をさせぬよう、この地に赴いたという訳じゃ」
ウミガメは廃人寸前になっているウラシマを一瞥すると
「ですが災刃坊主様。まさかスパムメールの文面みたいに、オトヒメエビ様に恋する人間がいるとは私も半信半疑でしたが、今のウラシマ様のご様子では、完全に我々の誤解だったみたいですね」
「うむ、しかし、何事もないことが最良の結末じゃ!」
そして災刃坊主は高らかに宣言しました!
『これにて一件落着!』
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