番外編 オ○ヒメ

 ウラシマの元から立ち去った災刃坊主は、ある岩のそばで足を止めます。

 そこは干潮時だけ現れる、四方を岩で囲まれた場所。

 十数年前。一人の少年と、一人の少女が出会った場所……。


『災刃坊主様、この度はご足労おかけいたしました』


 囲まれた岩の内側から災刃坊主に届けられた、妙齢の女性の声。

「……これで、よろしかったのですか?」

 災刃坊主は岩の内側にいる”モノ”へと声をかけました。


『はい、あの御方が想っていらっしゃるのは、幼き頃に出会った一人の少女。”今の”私ではございません』


「しかしそれでは!」


『ご心配には及びません。私はあの御方を信じています……永遠に』


龍神様お父上は、よろしいのですか?」


『はい、いくら自分の娘に悪い虫がつかぬようにとはいえ、幼き私に無断で”あんなもの”を首に掛けさせた落とし前はつけさせてもらいました。


龍神固めドラゴンツイスト

龍神落としドラゴンスープレックス

龍神殺しドラゴンバスター


 とどめは、あるお噺のお婆様直伝の

龍神唐竹割りドラゴンクラッシャー


を喰らわせましたから、あと数百年は眼を覚まさないでしょう』


「さ、左様ですか。なら大丈夫ですね。では拙僧はこれにて失礼つかまつります」


『ありがとうございます。災刃坊主様』


 ウミガメと災刃坊主とのちょっとした事件が過ぎ去って、最初の祭りの日。

 オオアリクイの子供達も、あめ玉を仕入れようと昼間から祭りの屋台を物色しています。

 時は夕暮れ、海は干潮。

 ふと思いついたのか、それとも、過去の思い出に浸りたいのか、一人の青年が夢遊病のように、ある岩へと引き寄せられるように近づいてきます。


『もし! どなたか! 助けて下さいまし!』

  

 青年の耳に届けられる女性の声。

 聞いたことがあるような、初めて聞くような声。

 その声を聞いた青年は、まるで弾けるように走りだします!

 釣り竿も魚籠びくも放り出し、一目散に!


 岩に登った青年が見たのは、鯛やヒラメ、エビやカニ、ウミガメ等が染め上げられた浴衣ゆかたを纏う妙齢の女性。

 女性は岩の上に立つ青年を見つけると、涙ながらに助けをいます。


「そこの御方、どうか助けて下さいまし! ここに落ちて登れなくなってしまいました」

「……そうであったか、なら、ワシの手につかまるがよい」

 青年が手を伸ばすと、女性もゆっくりと手を伸ばし、指先が触れあい、そして、固く握りしめます。


 もう二度と、離れないかのように……。


 手を握りしめたまま岩山に座った二人。青年が女性に話しかけます。

「お主、この地のものではないな? どちらから来たのじゃ?」

「……あちらでございます」

 女性が指さす方向、それは蒼い大海原でした。


「そうか、どうせ祭りを見に来たのじゃろ? なんなら案内をしてやろうか?」


 恐る恐る女性は尋ねます。

「よろしいのですか?」

「かまわぬ、一人より二人の方が楽しいのじゃ」


 女性は淡く頬を染めながらうつむきかげんで答えます。

「……はい。よろしくお願いいたします」


 祭り囃子ばやしとともに、やぐらの周りで踊る青年と女性。

 その姿は祭りに来た街の人々を魅了します。

 まるでそれは、女性の浴衣に染め上げられた鯛やヒラメ、エビやカニ、ウミガメまでもが浴衣から飛び出し、やぐらの周りで共に舞い踊るような、SNSや動画サイトでは表すことの出来ない、幻想的な美しさでした。


 オオアリクイの子供達も、口を開け長い舌を出しながらその光景に見入っており、あめ玉を買うことも忘れるほどでした。


 そして高台の上で花火を見る二人。両の手は硬く握られておりました。

 花火が終わり、闇と静寂が二人を包み込んだ時、

”ぐぅ~!”

と、青年のお腹が鳴りました。


「そういえば踊りと花火に夢中でなにも食べていなかったな。屋台の残り物があれば……」

「あ、あの!」

 突然! 叫ぶように女性は口を開きました。

「ど、どうしたのじゃ?」

「実は……お弁当を作ってきたのです。もしよろしければ……」


 女性はどこからともなく、玉手箱を両手で持ちながら青年に差し出しました。


「なんと! いいのか? ワシが食べても?」

「はい、いつぞやに貴方様からあめ玉を頂きました。そのお礼もかねて」

「そうか……そういえばまだ名を聞いておらなかったな。ワシはウラシマじゃ。お主は?」


 女性はゆっくりと、はっきりと、一言一言かみしめるように名を告げます。


「……ヒメで、ございます」


「……そうであったか。ちなみにヒメよ、中身はなんじゃ?」

「いつぞやにウラシマ様がご馳走して下さった、”白いわたあめ”

でございます。大変おいしゅうございましたので自分で作ってみました。ただその……作りすぎたゆえ、ふたを開けると”辺り一面に飛び出す”恐れが……」

「ならば二人で一緒に食えばよかろう。あと、ワシのことはウラシマでよい。”いつぞや”のようにな」

「はい!」


 二人は玉手箱のひもをそれぞれつまむと

「いくぞ! 参! 弐! 壱! それっ!」

 ウラシマのかけ声と共にひもを引っ張ると、


”ボンッ!”


 ふたが天高く舞い上がり、玉手箱からわたあめが”煙のように”沸き上がり、あっという間に二人を包み込んでしまいました。


「こりゃいかん! このままではわたあめで溺れてしまう! ヒメ! 食うのじゃ!」

「はい!」

 二人は金魚のように口をパクパクさせて、何とかわたあめの雲を平らげました。すると……。


「プッ! ワッハッハッハ! ヒメよ! お主の髪の毛にわたあめがくっついて、まるで”白髪しらが”のようじゃ!」

「フフフフ! そういうウラシマこそ、口の周りや頬にわたあめがくっついて、まるで”おきな”のよう!」


 やがて、笑い声の収まったウラシマはちょっと困った顔をします。

「しかしこのままでは顔にアリがたかってしまう。そうだ、スマートフォンのカメラを鏡代わりにして……」

 ウラシマが懐からスマートフォンを取り出そうとしますが、ヒメはそれを手で押さえます。


「ウラシマ、どうせなら、お互いのわたあめを食べればよろしいのでは?」

 頬を染めるヒメにウラシマの頬も染まります。

 やがて二人の体、そして顔が近づいてゆき……。


”ブベックション!”

”ば、馬鹿! てめぇなにくしゃみしているんだよ!”

”仕方ねぇだろ! わたあめが鼻の穴に!”

”あ、わりぃ俺も……ヘックション!”

”ハァックション!”


 ウラシマ達の後ろから絶え間なく聞こえるくしゃみ。

 スマートフォンのライトをつけ、ウラシマは光を向けると、そこには三匹のオオアリクイの子供達がバツが悪そうににやけていました。


「や、やあウラシマさん、奇遇ですね」

「お、俺たち、屋台であめ玉を買ってさ、さっそくアリがいるところを探していたら」

「ぐ、ぐ~ぜんにも、ここにたどり着いちゃってさ~」


 ジト眼で睨みつけるウラシマ。


「う、嘘じゃないって! 俺たち、街の人間に買収されて」

「ウラシマさんとその相方の女性、えっと、ヒメさんですか? との様子をSNSで逐一報告しろとか」

「出来れば動画を送れなんて、す、するはずないって! 信じて下さいよ~!」


 ウラシマの後ろで頬を染めながら、両手で顔を隠すヒメ。


『お、おまえら~! とっととあっちいけぇ~!』


 オオアリクイの子供達を怒鳴りつけるウラシマ。

 スマートフォンのライトが一瞬、ウラシマの顔を照らしました。


「う、うわぁ~!」

「ウラシマが~!」

「じじいになったぁ~!」

                     

         ――第二話 完 ――

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