第二話 ウ○シマ太郎 参

(……オオアリクイのガキ共にひどい目にあったが、逆にこいつを城へ誘う大義名分ができたな)

 ウミガメは心の中で妖しくニヤケながら、ウラシマにはにこやかな営業スマイルを向けました。

「どうかしましたウラシマ様。さあ、このスマホのボタンを!」

 ウミガメはウラシマの作務衣のそでを引っ張りながら、スマホに表示されたボタンを押させようとします。


「これこれウミガメ。そう引っ張るでない。ところでなぜにワシの名前を?」

「ああ、さっきオオアリクイの糞ガキ共がほざいていたのを聞いていたんです」

「いなくなったら急に強気になりおって。ところでウミガメよ。お主は客引きか何かか?」

「客……引き?」


「海の中におるお主は知らぬだろうが、最近この地区でも条例が施行されてな。通行人の進路を妨害したり、衣服を引っ張って店に誘ったりすることは禁止になったのじゃ。悪いことは言わん、お役人様に見つかる前に海へ帰るがよい」

「はぁ、さようで。それは困りました。せっかく私を助けて頂いたものですから是非ともウラシマ様にお礼をしたいのですが……」


「ご厚意はうれしいが、他をあたっておくれ。それにお主には悪いが、こういった客引きする店はロクなのがない!」

「たとえば?」


「『お目々クリクリの美女』と言いながら雌の金目鯛が出てきたり、

『キスし放題』と謳いながら雄のキスがワシに向かって何十匹も殺到して、体中に接吻せっぷんあとを付けたり、


『天にも昇る心地よさ!』がキャッチコピーの店ではトビウオに縛り付けられて、気を失うまで空と海を交互に飛ばされもぐらされたし、


『バスト三尺さんじゃく(約90センチ)! 触り放題!』の店では膨らんだトラフグがソファーの上に転がっておったわ。まだ雄のトラフグやハリセンボンでないだけ良心的と言えたがな……ああ、触り心地は結構おつなものだったぞ」


(それって、ウチの城のおもてなしメニューじゃ?)


「とどめは『本物の龍宮城からの使い!』じゃ。確かに身のたけじょう(約9メートル)の『リュウグウノツカイ』だったから思わずチップを渡してしまったけどな」


(どおりであいつら最近金回りがいいと思ったら、こんな店でアルバイトを……)


「ん? 何か言ったか?」

「いえいえ! ですが私共のお城……いえ、お宿は『本物の龍宮城』です! どうぞご安心を!」

「……”本物の”龍宮城か。使い古されて逆に新鮮さを感じるな」

「はぁ?」


「ウミガメよ。すでにこの街にはかしら


『本家』『元祖』『真打ち』『Ζゼータ』『帰ってきた』『シン』『ハ○ルの動く』


や、末尾に


『V』『W』『7』『クエスト』『序』『イチゴ味』『物語』


の名のつく『龍宮城』なる店が数多く存在しておるのじゃ!」


「な、なんと!? どこかで聞いたような遊技や戯画ぎがの名前ですな」


「さらに最近は世相を反映してか


『当店の女の子は全員SSRです!』


『初めての方には必ずURの女の子がおもてなし致します!』


『今なら御指名ガッチャ10回無料!』


をうたう龍宮城が雨後の竹の子のように湧いてきてのう。いくらお主が本物の龍宮城と言ってもな、さすがのワシも食指が動かんのじゃ」


(こ、こんなにも詳しいって事は……まさか全店制覇したとか?)


「何か言ったか?」

「いえいえ、なにも」


(どうやらこれは無理かな……ま、それならそれでそう報告すれば……えぇ!?)


「ウ、ウラシマ様! そ、その貝殻の首飾りは!」

「ああ、これか? 幼き頃、祭りで出会った娘っ子にもらったのじゃ。物持ちがいいのか、未だ壊れずに使っておる」


(だ、だから龍神様はこんな奴の身の上に詳しかったのかぁ!)


「も、もしかしてウラシマ様! その首飾りをしたままいろいろな”龍宮城”のお店に?」

「ああ、装飾具もなしに通うほどワシは朴念仁ぼくねんじんではないからな。ちょっとした洒落じゃ」


(て~ことは”龍宮城”内でのこいつのいやらしい声や……いや! 隠れてバイトしているウチの”従業員”の声、さらに今のやりとりまでもが龍神様の耳にぃ~!)


 ウミガメの顔はみるみる真っ青になり


(てか龍神! あんた実の娘になに貝殻型の盗聴器渡しているんだよぉ! おまえ

はアイドルにプレゼントするぬいぐるみに盗聴器仕込むストーカーかよ!)


 今度は全身が真っ赤に染まってきました。


”♪~ぽっぽぽん、ぽっぽぽん、ぽっぺぱっぺぱぁ~♪”


「ん? ウミガメよ。着信じゃぞ」

「あ、はい……ゲェ~~~!」

「どうした?」

「りゅうじ、い、いや、社長からです。すいませんが少し離れて下さい」

「安心せい。人の電話を盗み聞きする趣味はない」


「も、もしもし……はい! いや、しかしそう簡単には……えぇ! わ、わかりました」

 ウミガメはうなだれながらスマホの画面を押して通話を終了した。


「なにやら立て込んでそうだな。ではワシはこれで……」

「ウラシマ様! お願いします! このスマホのボタンだけでも押して下さい! でないと私、『ウミガメのスープ』にされてしまうんですよ!」

 両のひれでウラシマの足に抱きつくウミガメ。


「ええい! 離さぬか! ノルマを達成したい気持ちはわからぬではないが……」

「ノルマじゃありません! ホントの本当に無料なんですよ! さっきの電話も私を助けてくれたお礼がしたいと、社長からかかってきたんですよ! 誓ってお代は一銭も頂きません!」

「な、なら、お礼なぞいらぬとワシからその社長へ電話してやる。その社長とやらの名はなんと申すのじゃ!」


「オ、オト……」


「なにっ! ウミガメよ! 今なんと申した! お主は本物の龍宮城と言っておるし……もしや!」


『オットー・リリエンタールと申します!』


「なんでハンググライダーで空を飛んだ独逸ドイツ人が、日の本の旅館を経営しておるのじゃ~!」

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