第二話 ウ○シマ太郎 弐

 ――十数年後。

 一匹のウミガメが

”えっちらこ! えっちらこ!”

と、四つのヒレで砂を掻き分け、浜へよじ登ってきました。


「ふぅ~。日の傾きから見るに何とか間に合いましたね。さて、あとは”ヤツ”がここを通るのを待っていれば……」

と、そこへ現れる三つの影。

 影はあっという間にウミガメを取り囲みました。

「こいつじゃね?」

「だな。足がヒレだから緑ガメやゾウガメでもなさそうだし」

「おい! おまえ、ウミガメだな?」

「え!?」 


 砂浜を行く一人の男。

 やや浅黒い顔に無精ぶしょうひげ。

 首には貝殻の首飾り。体には作務衣さむえまとい。

 手には釣り竿、腰には魚籠びくをつり下げて、わらじを履いた足で砂浜を歩いていました。

 そこへ、男の耳に聞こえてくる叫び声。

「い、痛い! やめて! やめて下さい!」

 男が声のする方へ足を向けると……


 近所に住んでいる

 三匹のオオアリクイの子供達が、

 その鋭い爪でウミガメの甲羅を”ポカポカ!”と叩いていました!

 

 男は慌てて声をかけます。

「これこれ、オオアリクイの子供達や。ウミガメをいじめてはいけないよ」

「「「んあぁ!? やんのかゴルァ!」」」

 オオアリクイの子供達は一斉にそのつぶらな瞳とガラの悪い声を男へと向けます。

「なんだ。独り者のウラシマじゃねぇか!」

「俺たちのうたげを邪魔すんじゃねぇ!」

「てめぇもアリづかみたいに、この爪でバラバラにされたいのかぁ!? あぁん!」

「独り者だけは余計じゃ!」


「うっせぇ! おめえだって毎晩毎晩、”お姫様”を思い浮かべながら自分の”亀”をいじめているくせによ!」

「お、お前達、ガキのくせにそういう下ネタは……ってなんで知っておるんじゃ!」

「てめぇのおっかぁが言いふらしているぜ! お姫様なんて高望みせず、早く嫁をめとって欲しいってな。なんだ、知らなかったのかよ」

「(……あのクソ婆!)それは置いとくとしてだな、なぜにカメをいじめておるのじゃ?」

「なんだ知らねぇのかよ。今、オオアリクイの間で流れている噂をよ」

「噂?」


 一人のオオアリクイは首に掛けてあるスマホの画面をウラシマに見せました。

 それをのぞき込むウラシマ。

「なになに……

『主人が雌ウミガメと駆け落ちして一年になります。バツイチのオオアリクイの雌でございます。

 毎日、32度の体温が34度になるほど体が火照ほてって我慢できません! 

 今なら前夫のアリ塚を十個差し上げます。

 どうか貴方様の分速200往復の舌使いで、思いのままこのアリ塚を陵辱して下さいませ……。

 https//batuichi-ooarikui……』

……なんじゃこりゃ!?」


「見ての通りだ! 今オオアリクイの間でこんなメールがひっきりなしに流れてきているんだ!」

「駆け落ちって何だっておっかぁに聞いてみたら、誘拐するんだってな!」

「純朴で純粋で、いたいけな俺達オオアリクイの子供をよ、ウミガメは拉致らちしているんだぞ!」


 ウラシマはオオアリクイの子供達の話を聞くと大笑いします。


「はっはっは! オオアリクイの子らよ。このメールはでたらめ、よく言うスパムメールじゃ!」

「なにぃ!?」

「おいウラシマ! 独り者のやもめのくせに嘘つくんじゃねぇ!」

「でたらめ言うと素っ裸で逆さはりつけにして、したくないけどオオアリクイご自慢の舌技ぜつぎでてめぇの体をなめ回してやるぞ!」


「本当じゃ! いや、オオアリクイの舌技も多少興味あるが、どうせならオオアリクイの娘に……。いやいや、そのメールは実はワシら人間にも来ておるんじゃ。証拠にワシのスマホを見せてやろう」

 ウラシマは持っているスマホからメール画面を見せます。


 ウラシマに届いたスパムメールは人間用となっており、その内容は雌のカピバラに旦那を寝取られた人妻になっていました。


「本当だ。人間用はカピバラかよ。見境みさかいねぇなこりゃ。でもわかる気がするぜ。ヒスな妻に疲れた夫が、カピバラに癒しを求めてのめり込むのはよ」

「村の娘もろくに話しかけないウラシマにすらこんなメールが来るなんて、どう考えてもこのウミガメのメールは偽物だな」

「てかウラシマ! てめぇのメールってこのスパなんとかと、おっかぁからしかこねぇのかよ。ひょっとして友達もいねぇってか?」

「う! うるさぁい!」   


 ウミガメの嫌疑は晴れましたが、オオアリクイの子供達の気性は収まりそうもありません。


「くっそ! 久々にスカっと出来ると思ったのによ!」

「おいウラシマ! てめえが代わりに俺たちの魂を鎮めてくれよ!」

「でねぇと俺たち三匹のSNSアカウントを総動員して、おめぇの恥ずかしい黒歴史を全世界にばらまいてやるぜ!」

「まったく……冷静になれオオアリクイの子らよ。芸能人ならともかく、ワシのような独り者の黒歴史なんぞに”イイネ!”をするやからなんぞおるわけなかろう。ほれ、甘い物でも食べて糖分を補給しろ」


 ウラシマは腰の袋からあめ玉を三つ差し出しますが、オオアリクイの子らはそれを一蹴します。


「なめんじゃねぇぞウラシマぁ! 俺たちがなめたいのはこんなブドウ糖の塊じゃねぇ! アリだ! 蟻酸ぎさんだ! フェロモンだ! キチン質だ!」

「俺たちゃ糖分より蟻酸不足でこんなにイラついているんだぞ!」

「人間と違って俺たちオオアリクイは弱肉強食だ! ガキの俺たちは自分のアリ塚を持つことが出来ねぇんだ!」

「アリ塚がないのなら、地面のアリを食べればよかろう?」

「ざっけるんじゃねぇ! 地面のアリ一匹二匹食べたところで、乾いた俺たちの舌が満たされると思っているのかぁ!」


 ウラシマは少し考えると、オオアリクイの子らに向かってある提案をします。


「そうか、ならこうすればよかろう」

 ウラシマはあめ玉を一つ砂の上に落としました。すると……みるみるアリが群がり、あっという間にあめ玉がアリ玉へと変貌しました。

「「「ええっ!」」」  

「これならよかろう。さぁ、存分にアリを食え」

「「「い! いっただきっまぁ~す!」」」

 オオアリクイの子達は我先へとあめ玉に群がったアリへ舌を伸ばしました。

「これこれ、まだあめ玉はあるぞ。あとの二匹はこっちへこい」

 ウラシマは二つのあめ玉を少し離れた場所へと落とすと、たちまちアリが群がってきました」


「すっげぇ~! マジパネェ!」

「ウラシマさん! あざっす!」

「よいよい、これならどこにいようともあめ玉を地面に落とせば、すぐにアリが食べられるぞ。あめ玉がなくなったらワシの所へ来い。そのかわり、もう弱いモノいじめはするなよ」

「「「はい! ウラシマさん! あざっす!」」」

 オオアリクイの子達はあめ玉を舌の上にのせると、アリのいそうな場所へと走っていきました。

「やれやれ、一件落着じゃな。おお、そうだウミガメは?」

 ウラシマがウミガメの方へ振り向くと、いきなりウミガメは叫びました。


「おめでとうございますウラシマ様! 貴方は


『龍宮城一泊二日のバカンス 無料ご招待』


に当選いたしましたぁ! ささ、このスマホの画面のボタンを押して下さい!」

「……は?」 

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