残土のドン逮捕

 警視庁が残土船を経由した不法投棄事件を摘発したというニュースが流れたのは陣内に会った翌日だった。今さらながら裏社会の情報の早さにあきれるばかりだった。


《ニュース》

 不法投棄で産廃収集運搬会社社長を逮捕 建設残土に産業廃棄物を混ぜ不法に捨てたとして、警視庁は犬咬市の亜細亜運輸社長で元市議の磐木容疑者ら九人を廃棄物処理法違反の疑いで逮捕した。建設残土約百五十万立方メートルのうち約十五万立方メートルが廃棄物だったという。廃棄物が混入した残土を神奈川県から船で犬咬市まで運んでおり、警視庁は亜細亜運輸が不法投棄の発覚を逃れるため計画的に犯行に及んだとみて調べている。 警視庁の調べでは、神奈川県の五代産業の米倉容疑者は昨年十月から今年一月にかけ、神奈川県内の同社敷地で産業廃棄物百七十四トンを残土五千四百トンに混入。亜細亜運輸の磐木容疑者らは残土に廃棄物が混入しているのを知りながら犬咬市の岸壁まで船で搬送し、亜細亜運輸の埋立地に不法に投棄した疑い。 不法に得た収益は三年間で約三億五千万円に上ると見られている。 また同社の関連会社も同様の手口で大手製鉄会社の敷地に産廃混じりの残土約七万立方メートルを埋立て、この製鉄会社は環境基準を満たさない不良な土砂を搬入したと抗議していたとの情報もある。なお磐木容疑者は「廃棄物が混入しているとは知らなかった」と容疑を否認している。


 残土問題を取り上げてきた市民派の高崎市議が元市議逮捕の報道に力を得て、翌日さっそく市民団体のメンバーを引き連れて市庁に請願をしにやって来た。四十人ほどの住民の八割は女性だった。

 「本日はお忙しい中、室戸課長様にわざわざご出席をいただき、残土問題について市民の声を直接お聞きいただく機会を設けていただきました。改めまして感謝申し上げます。さて今回、逮捕者が出た残土処分場は県の残土条例の許可を得ているが、県は許可を取消す予定があるのか。また逮捕者は元市議だが、市と業者の間に癒着はなかったのか。残土を運搬するダンプカーの積載オーバー、交通事故、粉塵公害、路面破壊について、市ではどのような対策を立てているかまずお伺いします」高崎市議は定型の挨拶を終えると議員口調で質問を始めた。

 「問題を起こしました処分場は県警が捜査しておるところでございますので、その行方も見ながら厳正な対応を考えてまいります。またそもそも県の条例で許可した施設でございまして、市には指導権限も調査権限もないことをご承知くださいますようお願いします。ダンプ公害につきましては道路部局とも協議しながら必要な対策を立てておるところでございます」室戸産業廃棄物対策課長は担当者が作成した想定問答を見ながら、あたりさわりのない答弁をした。まさに市議会での答弁そのものだった。

 「公共岸壁が山砂や残土の業者に貸し付けられ、許可期間の更新を繰りかえして事実上独占的に使用されていることについてどのようにお考えか」高崎市議の質問も市議会での質問の繰り返しだった。

 「その点につきましては所管しております港湾課と協議をいたしまして厳正に対応してまいる所存でございます」室戸はあらかじめ用意しておいた答弁を読み上げた。

 「土砂運搬船は老朽船が多く、航海士、機関士も乗船しておらず、外国人のアルバイト船員に低賃金で航行させているとも聞かれ、安全航海の法令を無視し、さらには航路を無視して直行航路で運航しているとの指摘があるがどうか。今般の土砂運搬船の漂流・座標も起こるべくして起こった問題ではないか。さらには老朽化したエンジンから排出される排ガス、排水もたいへん汚れている。どのような対策を考えておるかお伺いしたい」最後の質問は室戸には想定外だったが、黙って聞いていた伊刈は陣内と同じ指摘をしていると内心感心した。

 「土砂運搬船の安全航海につきましては海上保安庁にお願いしていきたいと考えております」室戸は答えにならない答えでなんとかその場を切り抜けた。

 市議の代表質疑が終わると白髪の女性がすっと手を挙げた。八十代の老女だが上背があり凛とした印象で、往年の女性闘士市川房江を髣髴させる気品と気骨を感じた。産対課では親しみを込めて「残土おばさん」と呼ばれていたが、成田空港の廃港を求める闘争の最前線で戦ったことがある筋金入りの左翼だという噂もあった。市民派の集会では自分の出自を長々と語り始める質問者もいたが、彼女は名前すら名乗らず時間を惜しむように本題に入った。

 「横浜市の水道工事では業者に残土券を販売して当県の処分場に持って行くように指導しているのよ。ご存知かしら」高齢のためにいくらか声が震えていたが、一句一句確かめるようなしっかりした言葉だった。

 「残土券の販売自体は国土交通省のアイディアですが、実際に販売されていることは知りませんでした。さっそく調査してみましょう」シナリオにない質問だったが室戸は慌てなかった。

 「お願いしますね」残土おばさんはそれ以上追及するわけでもなくあっさりと質問を終えた。市民運動家にありがちな鬼の首をとったように職員を無能呼ばわりする下品さとは無縁だった。市民運動家として高崎市議より格上だったのだ。

 残土おばさんが質問を終えた後はほとんどが既知の問題か一般論のうんざりするような繰り返しで目新しさは何もなかった。

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