忠告

 「伊刈さんやばいっすよ」排出元の調査に行った翌日、陣内から伊刈に電話があった。

 「何が」

 「船調べに行ったでしょう。老婆心かもしれないっすけど止めた方がいいっすよ」

 「なんで知ってんだ」

 「噂になってますよ。伊刈さんが今度は船を止めたって」

 「止めてないよ」

 「だけど噂があるのはほんとっすよ。昨日の夜から何度も聞いてますよ」

 「それがどうしてやばいんだ」

 「船が止まればトーカン(東関東自動車道)の荷が増えるでしょう。俺たちの仕事は増えるからいいんだけど船の連中と戦争になっちゃいますよ。だから止めた方がいい、船は止めちゃだめですよ」

 「忠告はわかった。ムリはしないことにするよ」

 「そうですよ。産廃もやばいけどね、残土を怒らせたらもっと怖いっすよ」

 「不法投棄より怖いことないだろう」

 「でもないすよ。産廃は悪いとわかってやってんでしょうよ。だけど山砂とか残土とかはゼネコンがバックで堂々とやってんすから。それにセンセ(政治家)だってからんでんでしょう。血の気の多いのがそっちにいくかもしれないすよ」

 「どっかで会えないかな。いろいろ聞きたいんだ」

 「いいすよ。じゃこないだの釣堀にいますから」

 「わかった。すぐに行くよ」

 伊刈は一人で釣堀に直行した。陣内は浮桟橋の奥の前回と同じ位置で釣り糸を垂れていた。そこがお気に入りの定席のようだった。

 「せっかく楽しんでるところ邪魔しちゃって悪いね」

 「最近見ないと思ったら海の方まで回ってたんだね。それで何が聞きたいの」

 「残土を仕切ってる一番の親分が誰か知りたいんだ」

 「ああそういうことね。それじゃ電話じゃまずいわな。それでどっちの親分を知りたいの。コレモンかい、それともセンセのほうかい」

 「どっちが上」

 「そりゃあまあセンセでしょう。東京湾は船会社が押さえてるけど、バックはセンセだよ」

 「ダンプと船とじゃかかわってる組織が違うってことか」

 「そりゃまあそうっすね」

 「菱和会はどう」

 「あいつらは海だろうと山だろうとどこでもありっすね」

 「ニュース見たと思うけど転覆した残土船の情報何かあるかな」

 「ああ、あれね。アルバイトの外国船員が無茶したんだね。あんなボロ船でムリさせたんじゃないの。油を節約したいしエンジンが動いているうちに着きたいから桟橋から桟橋まで直進するんだよ。航路も何もあったものじゃない。第一航海法なんて知らないんだろうしね」

 「あそこはどうなの」

 「あそこって亜細亜運輸のことかい。そろそろやばいって聞きましたよ」

 「やばいとは」

 「お縄ってことでしょうよ」

 「そんな噂も回ってんのか」

 「まあ昔から蛇の道は蛇って言うじゃないっすか。でもねえ、あの会社はぱくられたって平気っすよ」

 「なんで」

 「だってほらセンセのネタをいろいろ持ってるでしょう。そんなとこ本気でぱくれるわけないっしょ。今回は船の一件があるからケチがつくのはしょうがないやね。とにかく旦那、残土に深入りはなしっすよ」

 「わかったよ」

 「ほんとにわかったのかねえ。命知らずのお役人さんもいたもんだわ」

 「センセの名前まだ聞いてないよ」

 「ああそっか」陣内は釣り糸をたぐりよせながらにやりと笑った。

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