水戸ナンバー
「今すれ違った水戸ナンバーのダンプ、毎日決まったように同じ時間に走行してますね」CR-Vの運転席に座った喜多が言った。
「僕もそう思ってました」助手席の夏川が応じた。
「みんなすごいな」後部差座席から伊刈が言った。
「パトロールを続けていればダンプのナンバーくらい覚えちゃいますよ。それに水戸ナンバーのダンプは割と珍しいし、いつも三台つるんでますから目立ちます」喜多が説明した。
「なるほどそうだ」
「いつもこの時間になると広域農道を東に向かってますね。昼間だからまともな処分場に行くのかと思ってたけど毎日同じというのも変ですよ」喜多が言った。
「試しに追跡してみるか」
「まだ間に合います。やってみましょう」喜多はCR-VをUターンさせて追跡を始めた。
水戸ナンバーのダンプ三台は警戒感もなく広域農道の終点まで疾走し、国道を経由して扇面ヶ浦へと向かった。
「このルートだとエコユートピアの処分場でしょうか」
「それなら問題ないけどね」伊刈が応えた。
国道のバイパスを過ぎ、右手に太平洋を眺めながら犬咬の丘陵地帯へと続く坂道を登りつめるとエコユートピアの煙突が見えてきた。左手には大火災を起こした小磯工業団地裏現場があった。右折すればエコユートピア、左折すれば不法投棄多発地帯だ。ところが水戸ナンバーのダンプは交差点を直進してゴルフ練習場のネット裏に消えていった。
「意外なところに入りましたね」喜多が言った。
「スイングゴルフ犬咬って書いてありますね」夏川が言った。
「こんなところに産廃の捨て場があるとは知らなかったな」伊刈が言った。
「でも確かに産廃ダンプでしたよね」喜多はゴルフ練習場の前を素通りし、少し先の路肩にCR-Vを停車させた。
三人はそのまま車内にとどまって様子を伺った。二十分後、空荷になった三台のダンプが出てきた。
「どうします?」喜多が伊刈を見た。
「追跡はまた今度にして何を捨てたか確認しよう」
「了解です」
三人は車を路肩に停めたまま徒歩でゴルフ練習場裏に向かった。車からは見えなかったが、道路際からすぐに落差三十メートルほどの深さの谷津が切れ込んでいた。ゴルフ練習場もこの谷津を埋め立てた土地に建設されたもののようだった。その続きの土地で埋立てが続行中だった。
「看板はないけど残土捨て場のようですね」夏川が言った。
残土処分は法律の規制は受けなかったが、市は十年前から独自の残土条例で規制を始めており、最近になって県も条例を制定していた。しかしここは市の許可処分場リストにはない捨て場だった。
「あの水戸ナンバー、どう見ても産廃ダンプでしたよね。深ダンプに残土をめいっぱい積んだら五十トンになりますよ。そんなに重そうじゃなかった。絶対産廃ですよ」喜多が言った。
「残土処分場に白昼堂々産廃を棄ててるってことなら大事件ですね」夏川が言った。
「あそこに何かありますね」喜多が目ざとく何か見つけた。
「料金箱じゃないか」伊刈が言った。
門扉のない入り口の先に釣り人が使うクーラーボックスが置かれていた。小さな木製の看板があり、残土一台千円と下手な手描きの文字で墨書されていた。
「安いですね」夏川が言った。
「残土だったら平ダンプ一台五千円が相場ですからね」喜多が言った。
「いくらなんでも千円はありえないですね。今までで最低です」夏川が言った。
「どうしますか」喜多が伊刈を見た。
「今日はこれ以上立ち入らないで関連調査をしよう。夏川さんは一応県と市の残土条例の許可を再確認してみて。面積的には県の許可対象だよね。それから地主の調査も頼んだ。喜多さんは安心警備に水戸ナンバーのダンプの追跡を依頼してみて」
「了解です」二人同時に答えた。
調査の結果、穴の地主は隣接のスイングゴルフ犬咬のオーナーの矢崎であること、残土条例の許可は県が一度出したことがあるが既に失効して更新はされていないことがわかった。追跡調査の結果は安心警備の蒲郡部長が報告にやってきた。
「伊刈さんお久しぶりです。懐かしいですねえ」開口一番、蒲郡はガマとあだ名される大きな顔をほころばせた。
「またお世話になります。早速ですが水戸ナンバーはどうでしたか」
「一倉市の小港組の資材置き場から出ていましたね」
「結構遠くですね。どんな現場ですか」
「残土がうずたかく積まれてるところですね」
「それじゃやっぱり残土なんですか」
「そうとも言えません。残土にしては白っぽいので、もしかしたら汚泥なのかもしれないし微妙な感じですよ」
「汚泥を固化したものなら産廃ですね」
「それから廃材もけっこう積まれてるんですよ」
「ダンプの走り方からすると産廃だと思ったんですけどね」
「穴の地主はゴルフ練習場のオーナーと同じです」
「噂では捨て場はスイングゴルフの親父がやってるようですよ。練習場を拡大しようとしているんでしょう。深い谷津ですから土砂を購入したんじゃ何千万円もかかってしまいますからタダで埋めてもらおうって魂胆じゃないでしょうか。練習場を拡げるだけなら埋め方はどうでもいいでしょう」
「それで一台千円なんですね」
「だと思いますよ。プロの捨て場って感じじゃない。水戸ナンバー以外は地元の四トンが時々捨てに来てますね」
「残土ならいいんですけど、一倉からわざわざ運ぶのはやっぱり変じゃないでしょうか。残土捨て場なら一倉にだっていくらでもありますよ」
「まあそうですね」
「来週にも立ち行ってみます」
「こっちはどうしますか」
「小港組の上流のルートがわかればいいんですけど。とくにその白っぽい残土が気になります」
「わかりました。伊刈さんの頼みだ。絶対突き止めますよ」蒲郡はなんだか嬉しそうな顔で帰って行った。
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