ゴルフ練習場
伊刈はスイングゴルフ犬咬の矢崎社長に立会いを求めて現場の検査を実施した。
「あんたら市の人だよね。何の担当だい」矢崎社長は現場に姿を現すなり開口一番に言った。小柄な初老の男で、ゴルフ練習場の経営者にしては冴えない農家風の風貌だった。落ち着きなく視線を動かし、見るからに短気そうなところが伺えた。
「環境の担当です」伊刈が答えた。
「土木じゃないのか。土木なら言いたいことあったんだよ」
「なんですか」
「あれ」矢崎は顎をしゃくるようにして国道の路肩を示した。
「は?」
「排水だよ。俺の土地に勝手に道路の排水流してんだよ。誰が管入れていいって言ったんだよ」
「そう言われても土木じゃないので。それにここは国道ですから県の管理です」土木出身の夏川が答えた。
「わかってるよ。だけど県にもあんたら知り合いがいるだろう。いくら言ったって来やしないじゃないか。来いって言ってくれよ」
「勝手に管を埋けたとすればちょっとひどいですね」夏川が応じた。
「そうだろう。挨拶に来れば貸してやらないでもないんだ。どっちみち俺の土地に道路の水は流れてくるんだからよ」
「そのことはまた今度にしてください。今日は残土のことで来たんですよ」伊刈が言った。
「わかってるよ。残土がどうしたんだよ。悪いことはしてないよ」
「ここには普段誰もいないんですか」夏川が言った。
「わざわざ人を雇って日当払うだけの手間じゃないだろう」
「残土を勝手に棄てさせて料金はあの箱に入れるんですね」夏川が聞いた。
「そうだよ」一台千円と書かれたクーラーボックスが以前と同じ場所に置かれていた。
「一台って四トンですか」
「四トンでも十トンでもどっちでもいいよ」
「どっちが多いですか」
「地元の土建屋だから四トンが多いんじゃねえか。知り合いに聞いたら千円くらいじゃねえかっていうからそうしたんだ」
「誰も番をしてなかったら誰が棄てたか心配じゃないですか」
「これ見てみろ」矢崎社長はクーラーボックスの蓋を開けた。
「このノートに業者の名前とダンプの台数を記入してもらうんだよ」
「こんなの誰もいなかったら無断で棄ててもわからないじゃないですか」
「俺が練習所にいることはわかってんだから、あんまり勝手なことやったらわかるだろう。別に残土で金儲けしたいわけじゃねえんだ。千円じゃどうせユンボの燃料代くらいにしかならねえよ」
「お金盗まれないですか」
「ときどきな。別にかまわねえよ。中学生くれえの子供が盗るの見たけどな」
「それでいいんですか」
「土地が平らになればいいんだ。こっちから頼んで埋めてもらったらえらい金額請求されるからね」
「埋め終わったら練習場にするんですか」
「さあ先のことは考えてないね。それよりさ土木が勝手に俺の土地に排水してんのどうにかなんないの」
「それはまたにしましょう」夏川が困った顔で応じた。
「同じ役所だろう」
「産廃の問題が片付いたら県に言っておきますよ」
「産廃なんて入れてないけどね」
「水戸ナンバーのダンプが毎日入ってるのご存知ですか」
「あん、なんだそれ、俺は知らないよ」
「かなり遠くから来てるみたいですよ。わざわざ残土を運んでくるとも思われません。これから現場を掘ってもらってもいいですか」
「なんで」
「産廃が入ってるかもしれないんですよ」
「そんなもの入ってねえけど掘りたいならいいよ。俺だって産廃が入ってたんじゃ困るんだ」
「下まで行きましょう」伊刈が先頭に立ってダンプの車輪で踏み固められた坂道を降り始めた。
穴の底は意外な広さだった。谷津の対岸までは百メートルはありそうだ。今のペースでは全部埋め立てるのに何十年もかかるだろう。
「どこでも言ってくれよ。掘ってやるから」矢崎は自らユンボの運転席に納まった。
「社長このへん掘ってみてもらえますか」伊刈が足下の固さを確かめながら言った。
「ああいいよ」ユンボのアームが回転しバケットの爪が残土に食い込んだ。しばらくは残土の層だったが、さらに掘り下げていくと廃棄物の層が出てきた。
「これは産廃ですね」夏川が言った。
「ん~そうだな」運転席から飛び降りた矢崎は腕組みしてゴミの層を見つめた。
「厚さは一メートルくらいですね。それでも穴が広いですからかなりの量になりますよ。さっきも言ったとおり水戸ナンバーのダンプが毎日三台入ってます。一回百立米だとして百回で一万立米になりますね」伊刈が言った。
「水戸ナンバーがやったとすれば小港組が入れてるもんだと思うよ」
矢崎は落ち着きなく現場を歩き回りながら独語のように言った。
「ダンプが小港組から来てることはうちでも確認してます」伊刈が言った。
「俺は騙されたのか」
「契約があるんですか」
「そんなもんねえよ。残土を入れてると思ってたのに産廃なら撤去させるしかねえな」
「調査が終わるまでしばらく入口を閉鎖してください」
「しょうがねえな」矢崎はほんとに廃棄物が入っているとは知らなかったらしく悔しそうに小柄な身体を震わせた。
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