ケーキ&アレンジ

 「ちょっとケーキ屋に寄らないか」伊刈がCR-Vを運転する喜多に言った。

 「ケーキですか?」喜多が意外そうな顔で伊刈を見た。

 「駅の近くに新しいケーキ店ができただろう」

 「スウィーツがお好きなんですか」夏川が真顔で言った。

 「今日はリンカの誕生日だろう」

 「そっか班長まめですよね」

 「セイラの女の子全員に誕生日にはケーキと花をプレゼントするって約束したから」

 「だいたい班長ってセイラの四人の中の誰が本命ですか」

 「誰ってことはないな。夏川こそどうなんだよ」

 「俺ダメなんすよ。リンカさんには全く相手されないし、チエさんもだめだったし」

 「次々とターゲットを変えるなってアドバイスしたよな。一人に決めないとだめだよ」

 「班長だって決めてないじゃないですか」

 「僕は最後まで決めないから」

 「人に決めろって言って自分は決めないなんて、それおかしいですよ」

 「おかしくないよ。決めないってことも決めてることのうちだと思うね」

 「そう言いながら四人とも班長を一番に見てんだからずるいですよ。今日だってきっと班長が中心ですよ」

 「ボスが誰かを見極めるのが女の本能なんだよ」

 伊刈の心の中には大西敦子がいなくなった空白がそのまま残っていた。その空白を埋めるためではなく、むしろその空白を楽しむために望洋大の学生たちが集まるセイラに通っているにすぎなかった。明らかに四人の誰かをナンパしたがっている夏川とはその点が違っていた。

 喜多はすぐに駅前通りのケーキ店、イチゴファームにたどり着いた。もう何度か来たことがある様子がありあり伺えた。

 犬咬駅前通りは戦後の焼け野原からの復興の際に百メートルの幅員が確保された。片側だけで四車線もあったが、そのうち二車線は慢性的に違反駐車状態だった。しかし喜多は路上駐車はせず、まじめに裏路地の時間極駐車場に車を入れた。

 「3+7(サンタナ)なくなっちゃいましたね」夏川が路地を歩きながら言った。

 「なんだそれ」伊刈が聞き返した。

 「班長は新参者ですから知らないですよね。昔ここらへんにあったケーキ店ですよ」

 「ふうん」

 「二十年前ですけどね。アップルパイがうまかったんですよ」

 「なくなったお店の自慢されてもね。喜多さんイチゴファームの名物は何?」

 「ミルクロールケーキです」

 「おしゃれじゃないな」

 「今、それがブームなんですよ」

 新規開店のケーキ店とあってイチゴファームの店内は賑わっていた。伊刈は喜多お勧めのミルクロールケーキとイチゴショートを買った。フラワーアレンジメントは花キューピットから直接セイラに届く手はずになっていた。バラがきれいな季節だったし、イギリス風の赤バラがリンカの女王様イメージにふさわしいと思ったが、本人の希望でカサブランカをメインにするように頼んだ。欧米では香りの強い白百合はお葬式の花だが、日本では純潔を意味した。

 市庁に戻ったとたんに伊刈が厳しい顔になった。何かあった様子だった。

 「喜多さん悪いけどセイラにケーキ届けてよ」

 「班長は?」

 「ちょっと急用なんだ」伊刈は理由も言わずにせっかく買ったケーキを喜多に託して帰ってしまい、その晩はとうとうセイラに姿をあらわさなかった。

 送り主が不在のまま立派なフラワーアレンジメントが届いた。リンカは大輪のカサブランカさえ届けば送り主の伊刈がいなくても気にならない様子だった。

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