アカ嫌い
伊刈は翌日も陣内の残土捨て場に向かった。積み上げられた残土が昨日よりも明らかに増えていた。小さな現場なので変化が目立つのだ。
「林業事務所は許可があるって言ってただろう」陣内に悪びれる様子はなかった。
「いいえ許可はしていないそうですよ」伊刈が答えた。
「そんなことはないよ。主幹がね、古い許可証があればやっていいって言ったんだよ」
「それ見せてもらえますか」
「ああいいけど」陣内はポケットからしわくちゃの紙を取り出した。
「これは別の事業者が提出した県の林地要綱の届出書ですね」
「そうだよ。ちゃあんと許可になってるだろう」
「林業事務所の受付スタンプが押されていますね」
「だろう」陣内は満足そうに言った。
「受付は許可とは違いますよ」
「俺らはそのスタンプでいつも動いてんだよ。役所が受け付けるってことは許可になるってことだろう」
「まあそういう場合もありますね」
要綱による届出に法的効力はなかった。しかし現場ではどんな書類であれ役所の受付スタンプがあれば許可証として通用しているのも事実だった。問題があれば書類の受理を窓口で拒否されるという暗黙の了解があったからである。問題があっても受け付けてから拒否すべきだという行政法学者の杓子定規な見解は現場の実態には全然合わなかった。
「これちょっと預からせてください。今日中にお返しします」
「いいよ。それよりな、あれがわかるか」陣内が目ざとく田んぼの反対側に停まっている車を指差した。
「さあ」
「アカだな。また来てやがる。こっちへ来れば話をしてやるのに双眼鏡で見てるんだ。卑怯なやつらだ」
「どうしてわかるんです」
「あんなとこから見てるのはアカしかありえねえよ」
「それってもしかして市民派の市議のことですか」
「それはアカと違うのかよ」
「まあそうですね。共産党とはちょっと違うかな」
目を凝らしてみたが、五百メートル以上離れていて、肉眼では人物の判別はできなかった。ちょうどその時、高崎市議らしき車の横を残土ダンプが土ぼこりをあげて通り過ぎた。最悪のタイミングだった。陣内は到着したダンプの運転席にするすると近寄って何かこっそり受け取った。現金ではなかった。
「マンボみたいだな」伊刈が小声で言った。
「搬入チケットですよね」夏川が応えた
「陣内は案外プロだな」
再び田んぼの対岸を見ると、さっきまでいた車がなかった。
伊刈はいったん現場を離れ、再び県の林業事務所に向かった。
「過去に提出された届出書があると昨日言ってましたね。こっちに控えはあるんですか」伊刈は陣内から預かった書類をわざと見せずに尋ねた。
「ああ、ありますけどとっくに期限切れです。でも陣内が持ってるのと同じかどうかはわかりませんよ」
「それ焼いてもらっていいですか」
「いいですよ」松崎主幹は届出書が綴られた帳冊を持ってきた。
「陣内が昔の許可が有効か尋ねたときに確かめなかったんですか」
「その時は書類を保存しているかどうかわからなかったんですよ。後で探したら書庫からこれが出てきたんです」
「そうですか」
伊刈は陣内から預かった書類を見せないまま過去の書類のコピーをもらって林業事務所を辞した。
「これ見てみろ。日付のところだ」駐車場まで戻ってから、伊刈は二枚の書類を見比べた。
「陣内のやつ日付を改ざんしてますね」夏川がうなった。
「日付を手書きで直してコピーしたんだろうな」
「どこで原本を手に入れたんでしょうか」喜多が言った。
「買ったんじゃないかな。日付を変えたものを買ったのか買ってから手を加えたのかはわからないけど、陣内に聞いたって知らないと言うだろうな」
「これで陣内を締められますね」夏川が言った。
「そうはいかないだろう。どうやったところでもう止められないよ。マンボを売っちゃったんだ。全部回収するまでは死んでも止めない」伊刈が言った。
「でも林発の許可なんかないことがわかったんですから」夏川が言った。
「こんなコピーじゃ時間稼ぎにしかならないってことは最初っから百も承知だろう。だから松崎主幹に現物を見せないで一般論で質問したんだよ。日付を変えたのはマンボを売りつける相手を信用させるためだと思うな。しばらくこのことは陣内には内緒だぞ」
「どうしてですか」喜多が言った。
「切り札にとっておくんだ」
「はあ」喜多は伊刈の真意を測りかねた様子だった。
伊刈は預かった書類を陣内に返却して引き上げた。
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