第124話 戦いの始まり

 砦への移動中、騒ぐ狼人族3兄弟を叱るユリウス、そして静かに成り行きを見つめるクインとララを従えて、案内されるままに歩いていると、1人の女性が話しかけてきた。


「どうも。使徒様。」


「どうも。」


 とりあえず返事をしながら考える。

 誰だったかと。


 …たしか、ラムルさん達との話合いの中にいた長の一人だ。

 こっちをジッと見つめていた人。

 話はしていないし、名前すら知らない。


「私は、マート。」


「アレイフです。よろしく。」


 どことなく、ララに雰囲気が似ている気がする。

 たぶん、この人は巫女系のエルフなんだろう。言葉数も少ないし。


「アレイフ様、ご両親のお名前は?」


「…両親はいません、孤児なので…。」


「…そう。フィー様から何か?」


「フィーにですか?いえ何も…なぜです?」


 なぜフィーの名前がそこででてくるのだろう?


「フィー様は生まれた頃から貴方と一緒にいるはずです。」


 なるほど、それなら俺の両親のことも知っていると。

 だが、昔フィーにもしかして知っているかと聞いたけど、教えては貰えなかった。

 約束がどうとかいってたから、知らないわけじゃなくて教えられなかったんだろう。

 大人になったらとその時は言われたはずだけど、そういえばもう大人な年齢だ。


 ふっとフィーを見ると、顔をそらされた。

 下手くそな口笛を吹くマネをしている。…まだ教えてはくれないらしい。


「教えられないそうです。」


「…そうですか。」


 そこからしばらく無言になった。

 なんとなく気まずい。隣を歩いているけど、この人も砦に行くということは戦えるということなんだろうか?


「そのお守り。」


 マートさんが指さしたのは、ノノルの森を出るときに、アアルとルルアがくれたお守りだった。

 俺とララだけじゃなく、狼人族の5人にも渡されたこのお守りは、護符となった神聖な風の魔法陣を描いた紙を布製の特殊な模様をした入れ物に入れたもので、手のひらサイズにもかかわらず、持っていると微弱とはいえ風の守りが授けられるという魔具だった。


 もともとは狩人の無事を願って渡される、その能力よりは縁起をかつぐものらしいけど、わざわざ作ってくれたらしく、その気持ちはうれしかった。

 クイン達もまさか自分達の分があるとは思わなかったらしく、嬉しそうにしていた。

 ただ、手渡しするアアルとルルアが少し震えていたが…。


「前にノノルの森に送り届けた子達が作ってくれたんです。」


「知ってる。アアルとルルア、二人とも将来有望。」


 マートさんはお守りを見て、そういった。

 たぶん、お守りの出来が良かったんだろう。

 俺にはよくわからないが、確かに魔具としての価値も十分な品物に見える。


「もし、今回の戦いが終わったら、うちの森にも来てほしい。」


「…わかりました。お邪魔します。」


「約束。」


 それだけいってマートさんは離れていった。

 目的がなんだったのかわからなかったので少し首を捻ってしまったが、純粋な善意かもしれないし、考えないことにした。

 そうこうしているうちに、砦に付き、ハハルさんが出迎えてくれた。


 大きな怪我こそないが、そこかしらに小さな怪我があり、顔もずいぶん疲れ切っている。

 砦はそれほど大きくなく、それほど重厚なつくりにも見えない。

 小さいながらに壁があり、物見やぐらのようなものがあるだけだった。


「よく来てくれました、使徒様、こちらで軍議を開く予定です。お越しください。」


 ずいぶんと丁寧な言い回しをするハハルさん。

 俺達に集まる視線を気にしてのことだろう。

 俺達は見た目はララ以外、とても味方には見えず、精霊眼がなければただの人族と狼人族だ。

 味方というよりはむしろ敵だろう。


 だからハハルさんはへりくだったんだと思う。

 俺達を無下に扱わないことを周りにわからせるために。


 案内された先にはハハルさんと同様、疲れ切った顔のルアさんがいた。

 道すがら聞いたが、ここの全体指揮はルアさんが、戦闘指揮はハハルさんが執っているらしい。


「よく来てくれた…さっそくだが軍議を始めたい。よろしいか?そちらの方々もどうぞお座りください。」


 通された部屋は椅子などなく、地面に座る形になる。そのかわり、多くの人が座れる広い場所だった。

 周りの目が俺達に向く。

 事情を知らないエルフからしたら当然の反応だろう。


「今日ここに来て頂いたシュイン帝国からの援軍に心からの感謝を。皆は知らないものも多いだろうが、精霊眼を持つものはそちらのアレイフ殿を見なさい。それだけで疑問は晴れる。精霊眼を持たぬものはよく聞きなさい。これから私が話すことはすべて事実です。」


 ルアさんの言葉に何人かが俺を精霊眼で見たんだろう、驚きの声がそこら中から出た。

 また、ルアさんの説明は俺が使徒で、シュイン帝国からきた援軍であること、俺と俺の従者として来たハーフエルフと狼人族は信用できるという内容だった。


 俺がフィーを連れているという部分に最も驚かれ、それ以外は案外すんなりと受け入れられた。

 エルフ族にとって、フィー、つまり精霊とは絶対的なものだんだろう。


 この話の間にも偉そうに俺の肩に座るフィーがちょっと得意になってる気がして、弾いてやろうかとおもったけど、エルフ達の目があったのでやめた。


 話を聞くと、相手側のダークエルフとアラクネは連携して責めてきているとこのと、混合した部隊は強力で、機動力に優れたアラクネの突撃部隊が、ハイエルフの補助魔法つきで突進してくる。

 こちらの魔法はすべてキャンセルされ、弓矢による攻撃になるが、それもダークエルフに邪魔されながらアラクネの突撃を受けるという最悪の状態だったらしい。


 今は相手側も最後の戦いに備えて準備しているのだろうとのこと。

 おそらくは日暮れ後、アラクネやダークエルフが最も得意とする闇の中で勝負をしかけてくることが予想されるらしい。


 すでに夕方。

 あまり時間はない。


 エルフ族の方は大体配置についており、覚悟も決めているそうだ。


 ルアさんとハハルさんから俺達の動きについて希望されたのは、エルフ族全員に補助魔法をかけて、後方支援してほしいとのことだった。

 あとは自由に動いてほしいといわれ、もし負けるようなら撤退してくれてかまわないとまでいわれた。


 あくまで援軍なので、本来ならその希望に沿うべきだろう。

 もし何もなければ俺もそうする。

 これはエルフ達の戦いだから。


 けれど、それでは納得いかないものがいた。

 この場所で、軍議が始まったあたりからうるさく頭に響く声、その声は訴えていた。


 私を出せ。


 もう我慢できない。


 その声に浮かされるように、俺は軍議の間でルアさんやハハルさんに向かって1つの提案をした。

 俺の提案は意外なまでに簡単に通った。

 その場にいた誰も、そんなことができるのか?と口にしなかったのはさすがエルフと言える。

 昔から最もフィーに好かれた一族、多くの使徒を出しているだけはある。


 そして夜になり、戦いの火蓋が切られた。






 最初に気づいたのは砦に詰めていた警邏兵だった。

 遠くの方からこちらに近づく黒いものを見つけたのだ。


 そして、ちょうどそこにいた上役に確認を取ると、すぐにローレンス帝国の士官にそのことが伝えられた。

 トカゲのような顔をしたリザードマンの士官は物見台に上ると、兵士に報告を聞きながら、遠くが見える筒状の魔具を覗き込み、その黒いものが多数の人であることを確認した。


 ローレンス帝国の士官は近くにいた部下に命令し、砦を破棄、現在の本部であるリントヘイムに撤退することを告げた。

 そして、何人かをしばらく様子見に残し、自らもリントヘイムに引き上げた。


 数時間後、リントヘイムの中心地では難しい顔をしたランドルフとガレス、そしてトッカスが顔を見合わせていた。


「教国ってとこからの兵に間違いねぇのか?」


「ああ、何度か似たような進行を受けたことがあるから間違いない。俺の部下が旗も確認したそうだ。間違いなくこっちに突っ込んでくるな。」


 ガレスの言葉にトッカスが答えた。


「ちっ…まだ壁も完璧じゃねーってのに…カシムのやつは?」


「カシム殿ももうすぐお戻りかと、エスリーの砦まで物資を取りにいっていましたから…。しかしちょうど物資輸送後になりそうでよかった。」


 ガレスにランドルフが答えた。

 そこにトッカスが割り込む。


「相手の兵力は…砦でギリギリまで様子見してるやつの情報をまってからだが、少なくとも1000はいたそうだ。こっちの兵力は?」


「こちらは戦力と呼べるものをすべて合わせて550といったところですね。トッカス殿、そちらは?」


「こっちは200ってとこだ。」


「おいおい、全然足りねぇじゃねぇか。」


 ランドルフとトッカスの言葉にガレスが顔をゆがめた。


「750…まぁ実際は要所に見回りや守りが必要なので、動かせるのは650というところでしょうか。守る側としては十分と言いたいところですが、援軍あってのものですね。」


「うちはすでに伝令をだしたが…正直、少々立て込んでいて援軍がどれぐらいで来るか予想できん。ランドルフ殿の方は?」


「こちらもすでに伝令は出しましたが…第四師団の予備兵力はそれほどありません。国としての援軍となるとどれぐらいで出せるかわかりかねます。」


 ランドルフの言葉を聞いて、トッカスが腕を組む。


「とりあえず、籠城するか逃げるか早急に決めなきゃならんな。」


「おいおい、ここまで復旧しておいてそりゃねーだろ。ここは籠城だろ?」


「しかしながら、ガレス殿。籠城は援軍があってこそです。援軍がなければ兵だけでなく、復旧に来た者達もみすみす死なせることになるでしょう。それにこのタイミング。復旧しきる前に攻めてきたところを見ると、相手はこちらの状況をよく知っているようですな。」


「ランドルフ殿の言う通り、遺憾ながら奴らは入り込むのがうまい。これだけ復興作業に人を入れていてはすべてをあぶりだすのは難しいのだ。ところで、リントヘイムの太守になる予定の男はどうした?ここにはおらんようだが?」


「マルデイ・イッヒ男爵ですか?彼は我々の決定に従うそうです。もともと戦いに関しては素人なので。ただ、可能な限りの支援と協力、そして責任はとってくれるそうですよ。」


「まぁその方がいいか。で、どうするつもりだ?」


 トッカスの言葉に、ランドルフが腕を組み、地図を見ながら目を細めた。


「正直、籠城は厳しいかと考えています。」


「ほう、理由は?」


「壁の修繕はできていますが、残念ながらこのリントヘイムは3つの門と、1つは壁拡張のために、丸裸です。となると守る範囲が広く、裏をかかれれば簡単に落ちることになるでしょう。特に拡張中の東部です。こちらの内情を探るものもいる可能性が高いということは兵の配置もバレている可能性が高い。」


「ということはランドルフ殿は撤退を?」


「んな馬鹿なっ!」


 トッカスの言葉にガレスが机をたたく。

 しかし、ランドルフは気にした風もなく話を続けた。


「いえ、半分攻めてやろうと考えています。」


「攻める!?どういうことだ!?」


 その時、リザードマンの士官が会議室に入ってきた。

 砦にて、ギリギリまで相手の出方を探っていた者からの報告らしい。

 報告に目を通し、トッカスが苦笑いを浮かべる。


「報告にはなんと?」


 ランドルフの言葉にトッカスは紙を机に放って、答えた。


「1700の雑兵に、300の騎兵だそうだ。2000の大所帯だとよ。」


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