第123話 ノノルの森再び

 ノノルの森はひどい状況だった。

 結局、あれ以降アラクネの襲撃もなく、巡回しているエルフ達に会ってからは緊張をほぐして森まで急いだ。

 そしてノノルの森につくと、そこには地面に布をひき、その上に寝ているけが人や、死体が広場を覆いつくしていた。

 手当てをしているエルフや追いすがって泣いているエルフ達がたくさんいる。


 悲惨な光景だ。


 そんな中、俺達の姿を見てぎょっとするものや身構えるものが多かったが、あらかじめ話が通っていたのか、特に表立ってもめることはなかった。

 後になって知った話だが、驚いていたのは狼人族がいたことだったらしい。

 俺やララは顔を覚えている人がいたため、そうでもなかったが、このタイミングで狼人族に驚くのも無理はなかった。


 そのまま案内され、前回もはいった長の屋敷に通される。

 先ぶれがきていたのか、中にはすでに何人かのエルフ族が待ち構えていた。

 見知った顔でいうと長のラムルさんに、その息子のルルガさんぐらいだろうか。

 他にも数人いたが、いぶかし気にこちらを見る者や、明らかに俺をみて驚きを覚えているものまでいる。

 主だった長とその従者といった感じだろうか?

 5人のエルフが輪になっていて、その更に外側に5人という形だ。


「シュイン帝国の助力に感謝する。どうぞお座りください。申し訳ありませんが、他の方々はそのあたりにお座り頂けると。」


 そういったのはラムルさんだ。

 俺はクイン達に言われた通り、座るよう指示し、俺自身はラムルさん達の輪に加わった。


「今現在、我らはダークエルフにより追い詰められています。ここにはいない戦える長や巫女達がハシマの森にて戦闘を行っていますが、それももう撤退戦になりつつあります。最後の戦いはこのノノルの森とハシマの中間点にある砦跡となるでしょう。我々にとっては最後の主戦場です。そこを抜けられればもはや守りのない生産をつかさどる森ばかり…一瞬で蹂躙されましょう。」


 ラムルさんが現状を教えてくれた。

 かなり厳しい状況らしい。


「ラムル殿、正気ですか?人族の手を借りるのもそうですが、獣人の手まで借りようというのは…そもそもたったこれだけの人数で何ができるというのですか!」


「そうです、あちらは質だけでなく物量でもこちらを上回っているのですよ!」


「…質では勝った。」


「………。」


 否定的で、ラムルさんつっかかる2人の長と、何かを確信したように拳を握る1人の長、そしてもう一人は俺の方をジッと見つめたままだった。どこか、その表情には驚き以外の感情も張り付いているように見える。


「お前、何を言っている?人間程度が助力したぐらいで…。」


「精霊眼をつかえ。」


 ラムルさんに突っかかっていた長の一人が、矛先を変えた矢先に注意を受け、俺を見直した。

 その目は最初と違い、銀色の輝いている。

 そして、その長の顔が段々と驚きに変わっていく。


「ば…馬鹿なっ!せ、精霊様がっ!」


 その言葉に、もう一人の長も瞳を銀色に変えて俺を見る。そして同じようなリアクションをとった。


「もう説明はいりませんね。これが我々の勝機です。使徒様がいる以上、相手に魔法による優勢はありえません。」


 ラムルさんの言葉を否定するものはいなかった。


「すぐにハシマの森のルアとハハルに伝達を。勝つためになるべく効率のよい撤退を!そして砦に戦える武力をすべて集めるのです!」


 ラムルさんの言葉に、長達が動き、控えていた者達を伝令にいかせた。


「さて、しばらく時間がありますので、皆さんはお休みを。準備出来次第、砦に移動して頂きますが、よろしいですか?」


「…かまいませんが、我々は何をすれば?」


 ラムルさんの言葉に、俺は言葉を返した。

 来て状況を聞いただけで、まだ何も細かなことを何もきいていないからだ。


「それは砦で、戦士達とお話ください。おそらく、補助魔法をかけて頂けるだけで、状況が一転します。それほど手を煩わせることはなくなるかと。」


「補助魔法だけですか?」


 てっきり、先頭に立って戦ってほしいといわれると思っていたので、その言葉は意外だった。


「我々の戦いは精霊との親密度と魔力がすべてです。もともとハイエルフの多いダークエルフが少数で我々と対等に戦ってきたのはその両方が備わっていたため、アラクネもダークエルフの補助魔法があってこその脅威なのです。その点が崩れれば、十分我々に勝機はあります。もともと数が多く、魔法まで優位となるのですから。」


 エルフの戦いはすべて魔力とフィー次第ということらしい。


「ボクに気に入られることが、一族の生死をわけるなんて…ボクはなんて罪な存在なんだ!」


 フィーの言葉を無視して、ラムルさんに確認したいことがあったので、聞いた。


「無事勝てたらどうするつもりですか?」


 俺が気になっていたのは戦後。

 まだ勝つか負けるかわからないけど、勝った場合、ダークエルフが皆殺し、では少し目覚めが悪い。

 俺が参戦して戦況が大きく変わったなら、それなりの責任がある気がするし。


「エルフもダークエルフも元は同じエルフ族。奴隷化したり、皆殺しにするようなことはないのでご安心を。もちろん、それなりの償いはしてもらいますが、命で払えというつもりはありません。ここからは私の個人的な思いなのですが、私は昔のようにエルフとダークエルフが1つに融和できればいいと考えています。」


「昔のように?」


「はい、昔はエルフもダークエルフも同じ森に共に暮らしていました。お互い得手不得手がありましたからそれこそ助け合って、他国の進行から身を守ったり、新しい森を作ったりしていたんです。」


「いつから今のようになったんですか?」


「過去に大きな侵略があり、その時、矢面にたって戦ったのはダークエルフの長と巫女でした。当時は人賊の国のような形態をとっていたので、姫騎士、姫巫女と呼ばれるダークエルフの2人を中心として、見事その侵略を切り抜けることができたのです。」


 ラムルさんはそこでお茶をすすり、少し間を開けた。


「しかしながら、姫騎士はその戦いで命を落とし、残された姫巫女は後の国を豊かにしようと尽力しましたが…。ダークエルフを中心とした国造りに当時のエルフ達が反発し、国は解体、今のようにいくつかの森に分かれ住むようなったといわれています。」


「ずっと昔の確執がいまにまで?」


「個人的には仕方がないことだったのかもしれません。エルフはその戦いで多くのハイエルフを失い、ダークエルフの方がハイエルフの数は多かったのですから、それに、今となっては我々エルフはそのことをほとんど伝聞でしかしりませんが、ダークエルフのハイエルフからすると、その裏切りを明確に覚えているものなのでしょう。」


「まだ当時を知る者がいるのですか?」


「ハイエルフのほとんどは生きていますよ。その戦争のころから…そもそも今のダークエルフの頂点はその姫巫女本人なのです。ハイエルフのいないエルフ族からすれば過去のことでも、彼女からすれば我々は憎い裏切者の子孫なのでしょうね。」


「…。」


 エルフの森に来てからずっと感じていた不快感、いや、悲しみの感情。この理由が今わかった気がする。

 頭の中で、自分を呼べとはっきりとした言葉が聞こえた気がした。


 無意識にフィーを見ると、フィーもまた悲しそうな顔をしていた。





 第二師団の本隊が、第一師団の援軍へと出撃した夜。

 西部にある今は資料館となった塔の入口で、黒ローブの人物がゆっくりとその入口に近づいていた。


 最初に警備の者が気づき、声をかける。


「なんだこんな夜更けに…おい、ここから先は立ち入り禁止だ!引き返せ!」


「なんだ?酔っ払いか?」


「どうした?」


 1人の警備の者が出した声に、同じく警備の者達が集まってくる。

 だがその声や集まってきた警備の者達を気にした様子もなく、相変わらずゆっくりと近づいてくる黒ローブ。

 顔は見えないが、深夜の時間もあってその様子は不気味そのものだった。


 困惑しながらも、剣に手をかけるものと、念のために応援を呼びに行こうとしたものの目の前で、その黒ローブは急遽、彼らの目の前から姿を消した。


 うろたえる警備兵。

 周りを見渡すも黒ローブはどこにも見えず、消えたあたりに走り寄っても何もない。

 結局その日は警備を強化することとなり、次の日に塔の中にある展示品に欠損がないかチェックされたが、何も異常はなかった。


 報告としては上げられたが、ある程度のところで見間違いと結論される。

 複数人が目撃したにもかかわらず、状況と報告書に書かれた文面からそれほど重要なものと判断されなかったのが原因だ。


 実際にそれ以降、同じような黒ローブの人物を見たという報告もなく、警備兵達も、あれは何かの見間違いだと考えるようになった。

 こうして、今後の事態を左右する出来事は、いくつも階層のあるピラミッド型の管理体制によりうやむやになっていった。


「うむ…少し遊びが過ぎたと思ったが、そうでもなかったが…。なんという平和ボケ、なんという危機感のなさ、なんという能力の低さか!」


 黒ローブの男は塔の上で一人芝居かかった口調で手を広げた。


「平和とはこうも国を堕落させるのか…。もはや死んだといっても過言ではないな…。だが絶望することはない!我が今、再びこの国に生の息吹を与えよう。」


 ちょうどその時、塔の屋根に1体の鷹が舞い降りた。

 大きな翼を広げ、舞い降りる姿を見る者は偶然いなかったが、その姿を見た者がいたとしても何人が疑問を抱けたか。


 今は真夜中である。


「トーマの使いか?うむ、せっかちな。…まぁよい。もっていけ。」


 そういうと黒ローブは鷹の方に大きな宝石のついた指輪を投げる。

 鷹はそれをクチバシでキャッチすると、再び羽ばたき、闇夜の空に消えていった。


「ふん、これで奴への義理は果たした。あとは我の目的のために行動させてもらおう。…この国を再び研ぎ澄ませた刃のように磨いてやろう。まずはその洗礼の儀式を王族に受けてもらわねばな。」


 そういうと黒ローブの男はふっとその姿を透けさせ、その姿を消した。


 この五日後、東西南北の王立学園から成績優秀者の3年と2年が集められ、シュイン帝国の建国記念日を祝うイベントが開かれた。

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