第119話 帰還と接待

 ちょうどノノルの森から3時間ほど歩いたあたりで、明らかに森の雰囲気が変わった。

 それまでは背が高く、生い茂った木々で、常に影を歩いている状態だったのが、まばらに光がさすようになってきて、木々もだんだんと背の低いものに変わっていく。

 このあたりがエルフの森との境界なんだろうか?


 結局一度も魔物の襲撃もなくここまでこれた。

 どこにでるかわからないが、せっかくなので森を抜けたら少しのんびり西部の町でも見学しつつかえろうかなと考えていると、急に前方から何かが近づいてくるのを感じた。


 …前方?

 森を抜ける方向から?

 それもかなりの速度で、3…いや5体。

 何かが走ってくる。大型の獣か…もしくは人?


 チルさんやララも気づいたようで、戦闘態勢に入る。

 少しでも開けたところでと、俺を先頭に戦う準備をする。


 一切減速せずに、こちらに向かって走りこんでくる。

 緊張の一瞬。

 それは間抜けな声でかき消えた。


「いっちばーーーん!」


「にーばん!」


「くそぅ!三番!」


 前方から現れたのは、イチ、リン、グリの3兄弟。

 あからさまにため息をつくチルさんとララ。

 そして三兄弟の後を追うようにクインとユリウスが姿を見せた。


「主様、ご帰還をお待ちしていました。」


 クインがかしこまり、ユリウスが3兄弟にゲンコツを落としている。


「この馬鹿!誰が競争しろといった!ていうか警戒もなく走りすぎだ!」


「だってよー臭いで魔物なんていないのわかってたしよーこれで野宿ともおさらばだとおもうとなぁ。」


 頭を押さえながらイチが反論した。


「そうだ!そうだ!」


「帰って肉食べたい!」


 リンとグリもイチに追従する。


「まったく…この兄弟は…。」


 ユリウスが頭をかかえるが、後ろを完全に無視して、クインが俺にローブを差し出した。

 森に入る前に渡していた師団長の正装であるローブだ。


「わざわざ迎えに?何かあったのか?」


 ローブを受け取りながら聞くと、クインが答える。


「ウキエ殿より迎えにいくように頼まれまして…第二師団長が会いたがっているそうです。できるだけ早くに王城にも行く必要もあるようなので迎えに行き、急かしてほしいと。」


「…なるほど。」


 寄り道はさせてもらえないらしい。さすがはウキエさん。

 だが、第二師団長が?何の用だろう?


 そこからは連れ立って一気ににぎやかになった。

 話を聞くと、昨日から森の入口で野宿していたらしい。

 いつ帰ってくるかもわからない不安の中、あと何日続くんだろうと思っていた矢先にイチが俺の匂いを嗅ぎつけて走り出したとのこと。


 それにしても、広大な森の入口で、よく近くにいたものだと思っていると、第二師団が案内してくれたそうだ。

 ノノルの森に一番近いとされる森の入口で。

 俺たちが教わった入口とそう離れていないということなんだろうか、ハシマの森とノノルの森の位置関係がいまいちわかりづらい。


 森をぬけると、遠目に街が見えており、入ったところよりシュイン帝国の領土に近い気がする。

 遠くの方にいた見張りの兵士だろうか?俺たちの姿を見て、すぐに走っていった。

 あれは…たぶん第二師団の兵士だと思うが、報告にいったのだろうか?


「クイン、道わかるか?」


「問題ありません。ここは西部のはずれにある街です、馬車を使って街道をいけば1日もあれば王城の城壁が見えてくるでしょう。」


 1日…たしか入口まで1日と半日は移動したから、やはりここは王城にもう少し近いところみたいだ。


「馬車を借りれるのか?」


「はい、第二師団よりこちらを預かっています。」


 クインが見せたのは第二師団の隊証だった。それもこれは師団長のやつだ。

 これを第二師団の関係者か領主の関係者に見せれば簡単に馬車ぐらい手配できるだろう。

 とりあえず、第二師団がいそうなところを探していると、遠くの方からかなりの人数が走ってくる足音が聞こえた。

 全員立ち止まって前を見ると、第二師団の兵士がざっと40名ほど走ってくる。


「…主様よ、逃げた方がいいんじゃねぇか?」


 リンが耳をペタンとしながら俺の方を見た。

 なぜ逃げなきゃならない。


「馬鹿者!なぜ逃げる必要があるのだ!蹴散らせばいい!」


 ユリウスはなぜかそういって俺の前に出ようとしたので、後ろに追いやった。

 同じ国軍相手に蹴散らしてもダメだろう…。


 そうこうしているうちに第二師団の兵士は俺達の前に整列し、一斉に敬礼をした。


「お勤めご苦労様です。すぐに馬車を用意しますので、少々お待ちください!」


 この集団の隊長らしき人が前に出て引きつった笑顔でそう言ってきた。

 …必死に笑顔を作っているが、なぜだろう。

 というか、この対応は一体?


 クインやチルさんを見るが、二人とも首を横に振った。

 事情をきこうとすると、再びすごい勢いで走ってくる大きな2台の馬車が見えた。


「着ました。どうぞお乗りください。途中宿泊して頂くことになりますが、先ぶれはすでに出していいますので、どうぞ!」


「…いや、どうぞって…。」


「とにかくお乗りください!」


 そう言って馬車に俺達を押し込もうとする隊長っぽい人。


「事情を…。」


「それは後ほど!とりあえず!どうか!お乗りください!どうか!」


 言葉がおかしい気がするけど、気迫に負けて、馬車に乗り込んだ。

 俺が乗り込むと、当然のようにララが乗り込み、なんとなくチルさんが乗ってきた。


 2台あるし、人数的に半分にするならもう一人…出来たら少しでも事情を知っていそうなクインをと思うと、ささっとユリウスが乗ってくる。

 そして、すぐに閉まる扉。


 俺が何か言う前に、とっとと走りだす馬車。

 なぜこんなにあわただしいのか謎だが…馬車はつめれば8人ぐらいは乗れそうなぐらい広くて、豪華だった。そもそも4頭立ての馬車に乗ったことなんてはじめてだ。


 …周りが女性ばかりなので若干居心地は悪いものの、大人しく馬車に揺られるしかなかった。

 御者が言うには少し行ったところにある町で今日の宿をとっているらしい。移動の本番は明日になるそうで、なぜこんなことをしてくれるのかと聞くが、第二師団長から仰せつかっているとだけしか教えてもらえなかった。


 泊まった宿も、一番いい部屋だと思われる豪華さで、全員が個室をもらっていた。

 食事も一級品。

 …正直かなり気味が悪い。

 三兄弟やユリウスなどは喜んでいたが、さすがに理由もなく素直に喜べなかった。


 次の日になり、至れり尽くせりで洗濯までされたきれいな衣服に身を包んで馬車での移動が始まった。

 そして予定通り、夕方前には王城の壁が見えるところに来ていた。

 本来なら入出のチェックがあり、列になって並んでいる他の馬車をしり目に、当然のように待ち時間なしで通過し、まっすぐと第二師団本部に運ばれた。


 …なんとなく予想していたが、俺は少なくとも合わないといけないらしい。

 クイン達には先に第四師団の方に行ってもらい、俺となぜか残ると誇示したユリウスだけが、待合室のような大きな部屋に通された。

 豪華なティーセットが並び、しばらく待ってほしいと告げられる。


 …キョロキョロを落ち着きなく周りを見回すユリウスはきっと現状を後悔している。

 護衛だ!といっていたが、クインが何もいわなかったことから察するように、こんなところで襲われるわけはない。

 何といっても第二師団本部。貴族が多い師団というだけあって、第四師団とは生活レベルが違いすぎる。

 建物から立ち振る舞い、この紅茶だってきっと高級品だろう。


 正直、俺もかなり落ち着かないんだから、敏感なユリウスが落ち着けるわけない。

 だから先に帰れといったのに…。


 しばらくすると、メイドさんが迎えに来て、違う部屋に案内された。

 そこはまるで、王城の謁見の間のような豪華な部屋。

 入口には黄金の鎧をまとった屈強な男たちが立っていた。


 本来王座があるべき場所に豪華な椅子と机があり、そこに同じく黄金の鎧を着たワイトカルネ卿と、見たことがない女性…いや少女?が座っていた。


「来てくれたか。」


 ペンを置き、立ち上がって俺たちを迎えてくれるワイトカルネ卿。

 なんというか…威厳がある。


 もう一人の少女もワイトカルネ卿の傍らに立った。

 妹?…いや、ちがうか。立ち位置からすると補佐官という感じに見える。

 ずいぶん幼く見えるが、同じように黄金の鎧を着ているところを見ると、副官といったところか?


「いえ、それよりわざわざありがとうございます。移動からいろいろと…。」


「…いや…それは。」


 俺の言葉に違和感があったのか、少し眉を寄せながらも、意を決したような顔をするワイトカルネ卿。


「まずはすまなかった。我が第二師団の管理体制がなっていなかったようだ。第四師団長にはご迷惑を。まことに申し訳ない。」


 ビシっと頭を下げてくるワイトカルネ卿。

 その顔は申訳ないという反省の表情を浮かべていた。

 合わせて副官っぽい少女も頭を下げる。顔は無表情だが…。


 …とりあえず謝られる心当たりがない。


「あの…何の話ですか?」


「……そうだった。最初に事情を話しておくべきだったな。とりあえず椅子にかけてほしい。飲み物は紅茶でいいか?そちらの護衛の方もかけてくれてかまわない。」


「いえ、私は…護衛ですので。」


「そうか、ならばせめて楽にしてほしい。」


 ユリウスに声をかけるワイトカルネ卿は気品に満ちていた。

 完全にユリウスが気おされている。

 椅子に座る俺の後ろの方にユリウスが立つが、そちらを見なくてもそわそわと落ち着きがないのがわかる。


「さて、ではまずは…。」


「師団長。私が。」


 何か説明しようとするワイトカルネ卿を遮ったのは副官らしき少女だった。


「お初にお目にかかります。私はスリサリン・マイナック、第二師団副官の1人で、主に諜報や作戦立案を担当しています。どうぞお見知りおきを。」


 予想通り副官だったようだ。

 ということは見かけ通りの年齢でもない可能性が高い。

 たぶん、触れないほうがいいんだろうな。


「私の方から説明させて頂きます。」


 そこから説明された内容は驚くべきものだった。

 結果からいうと、裏切者がダークエルフの集落を教えたつもりが、すでにエルフ族が奪還しており、ハシマの森となっていたので、遠回りするぐらいで済んだが、一歩間違っていたらかなり危なかったかもしれない。


 結局取り調べでは動機だけで、裏で糸を引いていた人物は特定できなかったらしく、ヘイミング卿の方にも報告をまわしているらしい。


 先ほどの謝罪と、これまでされた丁寧な対応の意味がわかってほっとした。

 というか…身から出た錆な気がしないでもないが、ワイトカルネ卿がかなり気にしていたので、素直に謝罪は受け取った。

 そしてお詫びの品といって何か渡そうとしていたが、これ以上の対応は不要だと告げると、なぜか残念そうな顔をしていた。

 正直、よくわからない美術品などもらってもうれしくない。


 さて、これでやっと帰れると思った矢先、この後対策会議があるからと、そのまま王城に連行され、帰れたのは深夜だった。

 ちなみにユリウスは王城なら護衛はいらないだろうといって途中で逃げていった。


 とりあえず決まったのは前から話していた各師団の連携と協力体制強化、あとは師団長同士のホットライン。直結で話ができるルートを確保するという話になった。

 うちがつかっている風の魔法を用いたイヤリング型の受信機を大型化すれば距離が離れても可能なのでは?というヘイミング卿の案に、他の人たちがのってきた。

 …可能かどうかは相談しないといけないが、たぶん、できるだろう。


 なにより、ヘイミング卿がなぜその存在を知っているのかが気になった。

 たぶんイリアとのホットラインがあるんだろう。うすうす感づいていたけど、第三師団には情報が筒抜けすぎる気がする。

 まぁ、そんなに聞かれて困るものはないけど、こんどイリアに釘をさしておこう。ウキエさんあたりはこういうの嫌がりそうだし。

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