第118話 嵐の前の静けさ
シュイン帝国第二師団本部、その大きくきらびやかな部屋には豪華な鎧を着た女性とその左右に屈強な男達。そして部屋の入口にも大柄な男が黄金の鎧を着て立ち並び、1人の男が部屋の中心で両手を拘束され、座らされていた。
「さて、もう一度聞こうか、アイザック・ハミルトン男爵。お前が行った不正はお前の単独犯で間違いないか?」
「……。」
問いかけるワイトカルネ卿に、無言で答えるハミルトン男爵。
そして、ワイトカルネ卿の隣にいた背の低い女性が大きな声で恫喝した。
「聞こえているのですか!?第二師団長が直々に聞いているのですよっ!」
高く大きなキーンとする声でどなったのは、第二師団の副団長スリサリン・マイナックだ。
彼女はぴしっと束ねた金髪とキリっとした眼鏡の大人びた雰囲気がミスマッチな美女…いや、美少女に見える。彼女は身長が低く、一般的にいう幼児体形。
ワイトカルネ卿と並ぶと、何も知らない一般人からは娘と間違えられるだろう。
だが、この部屋はそんな冗談が許される雰囲気ではなかった。
何も答えないハミルトン男爵はすでに暴行を受けた後が目立ち、後方には槍を持った屈強な男が立っている。
「質問に答えなさい!」
スリサリンが大声を再び上げると、ハミルトン男爵はにやりと口角をあげながら頭をあげた。
「聞こえているわ…小娘が。もうすべて話した。これ以上話すことなどない。」
「だ、誰が小娘かっ!」
激高し、さやに納まったままの剣でその顔を殴るスリサリン。
打撃音の後、ハミルトン男爵の口から大量の血が流れた。
「スリサリン、やめろ。」
「…はい。」
「ふん、小娘が。すぐに激高するからガキだというのだ。」
「なんだとっ!?」
「スリサリン!!」
挑発にすぐのってしまうスリサリンをワイトカルネ卿が止める。
このままでは殴り殺す勢いだったのもあるが、まだ肝心のことを聞けていないからだ。
「さて、ハミルトン男爵、貴殿は第四師団に所属していた三男が、当時はまだ第四師団長になる前のアレイフ・シンサ卿に殺害されたのを恨み。今回嘘の情報を教え、我々に報告せずに彼らを輸送したというわけだな?」
「…その通りだ。あいつが…わしの息子を。」
「…だが、貴殿のご子息は犯罪を犯しており、それを処断されたとある。本人のみの償いとなるために、極刑となったとあったが?」
本来、貴族家の者が犯罪を犯すと、その当主にも責任が来る。
だが、特例としてその犯罪を犯した身内が重い極刑を受けるとこで、所属する貴族家への責任問題を回避するという措置が存在する。
本来は双方の話し合いがあるが、ハミルトン男爵の三男が処罰されたのは、第四師団で暴行事件を主導していたところを当時はレイという名前だったアレイフに見つかり、処断されたことで極刑とみなされ、ハミルトン男爵には事後の結果のみが告げられることとなった。
「極刑など…私は許可しなかった!」
「そんなことはどうでもいい。」
「なっ!」
自らのたまった恨みを簡単にどうでもいいと処断され、顔をあげるハミルトン男爵。
言った本人であるワイトカルネ卿はそれを冷たく見つめ返した。
「ダークエルフの集落の場所を教えたエルフは?何という名前でどこにいる?」
「それなら…私の屋敷?に…。」
「屋敷は探したがいなかった。家人にも確認をとったが、そんな人物は見ていないといっているぞ。」
「そんな馬鹿な…確かに…む?私はどこでエルフにあった?誰に教えてもらった?」
段々と言動が怪しくなるハミルトン男爵。
その顔は頬けているのではなく、本気で困惑しているように見える。
「他にも知りたいことがある。貴殿の三男を害したのがシンサ卿だと誰から聞いた?手を下した個人を知るのは一部の人間だけのはずだが?」
「誰から?…それは商人が…。」
「商人?軍に関係しない者の言うことを信じたのか?それはいつ。何という商人だ?」
「…いつだ?私はいつ聞いたのだ?…だが確かに聞いた。あれは商人か?…名前?」
明らかに様子がおかしいハミルトン男爵。
「…どういうことでしょう?薬物の類は検出されませんでしたが…。」
スリサリンがワイトカルネ卿に耳打ちする。
犯行の証拠をつかみ、連行してからも、裏をとるために尋問してきたが、そのときもシンサ卿を恨む原因となった情報元とダークエルフの集落の場所を誰に聞いたか聞くとこの調子で、最初は頬けているのかと考えたが、どうやら本気らしく、怪しい薬物も疑ったが、それも検出されなかった。
なぜか重要な部分に記憶の混乱が見られ、周りの人間から、ハミルトン男爵が公式にあった人物に怪しい人物はいなかった。
どこで、誰に情報をもらったのか不明なまま。
彼の精神異常も疑われたが、そこ以外はきちんとした受け答えをしているので、まるで誰かに記憶操作、もしくは精神操作されたのではないかというのが、スリサリンの見解だった。
この状況。つい最近王城で聞いた南部のゴブリンやその前のヨルム教の事件で見え隠れした奴らの周辺にいた者達の症状にちかい気がする。
ただそうなると状況はさらに悪い。
一国の男爵位とはいえ貴族が、何者かにいとも簡単に扇動されたということになる。
しかもその人物は的確なタイミングを知る情報網を持っており、更に周りに悟られず動くこともできる。
この矛先が第四師団長であるならまだいい。もしこの矛先がシュイン帝国で、単に戦力を削ぐために第四師団長がターゲットに選ばれたのだとすれば、これは国に向けての破壊活動ということになる。
しかも、今のところ解決案や対応案が浮かばない。
相手の目的も規模も、全く情報がない。
自分の師団が失態をさらしただけではなく、国を揺るがすほどの大きな何かに触れてしまったのだとすれば、もはやこれは自分の手にあまる。
分野的にも得意なのはヘイミング卿だろう。
自師団の不祥事で、シンサ卿に詫び、ヘイミング卿に助力を願う。
ワイトカルネ卿はそのプライド上、情けない思いから大きなため息をついた。
ノノルの森で過度な宴の接待を受けた翌日。
俺とチルさん、ララはノノルの森にいたエルフ全員?と思われるほどの団体に別れを惜しまれていた。
「もう行ってしまうとは、人族はせっかちですね。1週間はゆっくりしていかれるとおもっていましたのに。精霊様にもっと話を聞きたかったのですが…。」
ラムルさんが本当に残念そうに俺と俺の肩に乗るフィーを見る。
フィーは機嫌よく手を振っていた。
宴の席でわかったことだが、エルフ族には精霊眼を持つものも多く、フィーの姿が見える人がたくさんいた。
さすがに声まで聞こえる人はラムルさんだけだったけど、フィーによると、風の精霊との親密度が高いほど、俺のようにフィーとコミュニケーションを取りやすいらしい。
もちろん、使える風の魔法も上位になっていく。
ラムルさんが言うにはダークエルフの関係で、強い戦士や魔法使いは皆、前線に移動しているそうだ。
「今回はおくり届けに来ただけですので…今度改めて顔を出してもいいですか?」
これは本心だ。
フィーが見える存在や、魔法知識が豊富なエルフ達とはぜひ交流を持っておきたい。
「はい、歓迎いたします。いつでも来てください。…そうだ。ちょうどいい。ハシマの森の長にも勧められたのだけれど、私もあなた方の所属する国と少し友好的にお付き合いさせてもらえないかと思っているのです。可能であれば口をきいてもらえませんか?」
この申し出は願ってもないことだった。
確か前にワイトカルネ卿が、エルフの持つ魔法知識や魔具の知識を取り入れたいという話をしていたはず。
今回お世話になったことだし、早くも借りが返せそうだ。
「本当ですか?それではぜひ!」
「では、後日。こちらの里から使者を立てます…シュイン帝国の貴方…アレイフ様を頼ればいいですか?」
「あーいえ、実はこの森に隣接する地域は他管轄なので…そうですね。こちらをお持ちください。話は通しておきます。」
俺は念のためにもってきた第四師団の隊証を渡した。
これは関係者の証でもあり、客人や親しい人、家人に渡しておくものだ。
隊証には一般、隊長、師団長の階級があるので見れば誰の関係者かすぐわかる。
たとえ事情を知らない末端の兵士でも、これを見れば邪険にはしないはずだ。
「そうですか…できればあなたを窓口として交流したかったのですが…。」
ラムルさんが残念そうな顔をした。
「きちんと伝えておきますから。それに何かあったら言ってください。ある程度ならシュイン帝国でもお助けできると思います。」
「…わかりました。ではこれはお預かりしますね。」
ラムルさんに隊証を渡してからアアルとルルアの方を見た。
2人はチルさんやララとすっかり仲良くなっていたようで、別れを惜しんでいた。
チルさんが困ったように泣きそうなアアルとルルアに「また来るから」となだめる。
ララの目も少し潤んでいた。
「あの、ありがとうございました。この御恩はいつか…。」
こちらに気づいたアアルが俺にむかって頭を下げる。
「元々こちらの非ですから。また遊びに来るのでその時はよろしく。」
そういうと、嬉しそうにほほ笑んでくれた。
エルフ達に見送られながら、教えられた道を進む。
帰りは3人。魔物はほとんどいないと聞いているけど、それほど気を抜けるわけじゃない。
半日かからずにつくといわれていたが、果たしてどのあたりにでるのか。
シュイン帝国までどれぐらいかかるのか謎だ。
「ちょっと寂しいね。」
「ん。」
ここに来るときはなんだかんだでにぎやかだったからか、チルさんとララがつぶやいた。
2人とも油断しているわけじゃないだろうけど、少し寂しそうだ。
「今度遊びに来る約束したし、その時来ればいい。」
俺の言葉に、2人が嬉しそうに答えた。
実際に次に訪ねるのはいつになるかわからないけど、落ち着いたらもう何人かさそってくるのも悪くない。
エルフ達との交流はそう思えるほど、心地いいものだった。
とある宿の一室。
粗末なつくりの宿で、黒いローブを着た2人組が顔を合わせていた。
「ダークエルフが動き出した。これは…さらに面白いことになりそうだね。」
男が嬉しそうに口元をゆがめる。
「…予想通りではなく?」
呆れたような口調で女が聞き返した。
「いや、確かにもう一波乱ほしいと思っていたけれど、こんなに早く動くとはおもってなかった。これは好都合だ。それにちょうど第四師団長もかかわったみたいだし。これで彼を引き離せれば大成功。引き離せなくてもエルフ達が消えて、ダークエルフ達がシュイン帝国と隣接してくれるだけでも火種の匂いが漂ってくるよ。」
「…しかけるのですか?」
「…いや、まだ北部と東部で完全に準備ができていない。それに弟とも合わせないといけないし…せっかくなんだ。最大の効果がでるように動かないとね。まずは一手。されどこの最初の一手が重要だ。」
「…ダークエルフの方はタイミングが読めないのでは?」
「大丈夫さ。無理に図らなくても、あの巫女姫はせっかちだからね。こちらの計画より早く動いてくれるさ。少しフライング気味に動いてくれた方が効果的だろう?」
嬉しそうに同意を求める男に、肩をすくめることで女は応えた。
「元々の第四師団長向けの嫌がらせはどうするつもりですか?」
「…嫌がらせって。何て言い草だ。…でもそうだな…せっかく準備したし、後詰めにしようかな。なくてもいいけど…。」
心外だといわんばかりの男だが、その様子は趣味を楽しんでいるようにしか見えない。
「なくてもいいって。やっぱり嫌がらせじゃないですか。」
女がため息をついた。
「何?やっぱり気になるの?」
からかうような男の言葉に、女は目を細める。
「…いえ。そういうわけでは。」
「今回の目的は北部と、可能ならってレベルで西部だからね。まぁ邪魔されないように封じるためさ。」
「…あの魔術師は信用できますか?」
「…いろいろと問題はあるけど、まぁ大丈夫さ。彼は西部の方だから、失敗してもいいし。」
そういうと、これで話は終わりとばかりに男は机に座って何かを書き始める。
女はそんな男を見てから、部屋を出ていった。
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