第117話 ノノルの森へ帰還
ノノルの森はなんというか、のどかだった。
まず、森は森でも少し開けたところに集落があり、見たことない種ではあるが、作物や家畜などの飼育をしているようだった。
エルフ達は作業をしており、こちらに気づいても、特にこちらに何かいってくるわけではなく、チラっとこちらを見てそれまでだ。
アララさんが先頭なのを見て、客人とでも思ったのか、特に寄ってくるわけでもなく、黙々と仕事をしているという印象だ。
ただ、ハシマの森よりも広く、木が少ない部分に集落があるように感じる。
農耕や牧畜の関係だろうか?
しばらく歩くと、大きな木の根にあいた穴を家に改造した見た目の家の前に付く。
門にあたる場所にはエルフの戦士が左右を固めているので、この家が長の家ではないかと思われる。
ただ、ハシマの森の長の家よりかなり厳重に見えた。
門番に向かって、アララさんが要件を告げる前に、門番がアアルとルルアに気づいたらしく、駆け寄ってきた。
「アアル様!ルルア様!ご無事で!」
「良かった!本当に良かった!」
涙ぐんでいるところを見ると、本当に心配していたようだ。
「心配をかけてごめんなさい。」
「ん、無事。」
「あー悪い。事情を含めて説明したいから、長に面会させてくれないか?これはうちの長からな。」
アララさんが間に入って、何かの書面を渡す。
門番の1人がそれを受け取り、長の家の中に入っていった。
もう一人は、他にも知らせる必要があるといって走り去っていった。
2人の両親に知らせに行くんだろうか。
しばらくたって、長の家から門番の一人が出てくる。
「どうぞ、長がお待ちです。」
門番に促され、家の中に入る。
アララさんが先頭で入ると、中は意外に広く、部屋の区切りはないのか、大きな広間の奥に50代ぐらいに見えるエルフの女性が座っていた。
他に人はいない。
アララさんに促されて、順に対面に座る。
アアルとルルアはエルフの女性の横に座った。
全員が座ると、エルフの女性がこちらににこやかに笑いかけた。
「アアルとルルアを助けて頂き、感謝します。私はノノルの森の長、ラムルと申します。アアルとルルアの祖母になります。」
「ご丁寧にどうも。しかしながら元々は我々人族の過失ですので…こちらこそ、ご迷惑をおかけしました。私はアレイフといいます。シュイン帝国の国軍に属する者です。」
俺は続けて隣に座るチルさんとララを順に紹介した。
「こちらはチルにララ、私と同じくシュイン帝国に属します。私とチルは人族。ララはハーフエルフです。」
「これはこれは。ご丁寧に。…そちらは紹介頂けないのですか?」
そういうと、ラムルは俺の肩に座っているフィーをさす。
…見えてるのか。
「失礼しました。こちらはフィー。風の精霊です。」
「精霊様!?」
「え!?」
「…どこ?」
アララさんとアアルさんが大きな声を上げる。ルルアは俺の肩を見ながら眉をひそめていた。
「お久しぶりです…と申し上げた方がよろしいですか?此度もずいぶんのかわいらしいご容姿ですね。」
その言葉に、ラムルさんの前に飛んでいくフィー。そして少し偉そうに胸を張った。
「ふん、キミはずいぶん立派になったものだね。母親にべったりだった君が、もはや孫までいる上に、長かい。」
アララさんやアアル、ルルアにはフィーが見えていない。それどころかここにいるメンバーでは俺とラムルさんにしか見えていないんだろう。周りから見ると、ラムルさんが何もないところに向かって話しかけているように見えるはずだ。
ラムルさんは、フィーをジッと見つめている。
「時が流れるのは早いですからね………。マーサ様の最後を聞いても?」
「……笑顔だったよ。」
「そうですか…それはよかった。」
そういうとラムルさんは一度目を閉じてからこちらに向き直った。
「ようこそ、私達ノノルの森のエルフは、貴方達を歓迎します。急いでいるとは聞いていますが、ぜひ今晩だけでも心ばかりのもてなしをさせてください。もうすぐ日も暮れます。出発は早くとも明日になるでしょうし。」
チルさんとララの方を見てから俺は静かにうなづいた。
フィーが見える人にはあったことがあったけど、会話が成立する人を見たのは初めてだった。
それだけ、ラムルさんの適正が高いということだろう。
それとも何か精霊眼のような特殊なスキルだろうか。
2人の会話から、彼女達が話していたマーサというのがエルフ族の最後のハイエルフにして使徒だった人じゃないかと思う。…どこかで聞いた気がする名前だけど…。
何かを思い出しかけたとき、入口がバンっと大きな音を立てて開けられた。
「アアル!ルルア!」
そういって入ってきたのは若いエルフの男女だった。
歳は両方とも20代に見える。
特に女性の方がアアルとルルアにそっくりだったので、すぐにわかった。
両親なんだろう。
2人の姿を見て、アアルとルルアも感極まったのか、立ち上がって走り寄っていった。
親子が抱き合う。
アアルとルルアも両親も泣いていた。
「アアル、ルルア…よかった。無事で!」
「ああ!よく無事で、精霊様に感謝を。」
アアルとルルアの母親が言った感謝の言葉。たぶんフィーを見ていったわけじゃなく、神に感謝を。的な意味合いの決まり文句なんだろう。なのになぜか偉そうに胸をはるフィーが残念でならない。
抱き合う親子を見ていると、その父親と目が合った。
キッと睨まれる。
「長っ!この者たちは!?」
「彼らはアアルとルルアを送り届けてくれた人族の国の者です。」
にこやかにラムルさんが説明する。
「さらっておいて、送り届けるだと!?まさかそれで何か恩賞でももらえると思っているんじゃないだろうなっ!貴様等っ!無事に帰れると思っているのか!」
アアルとルルアの父親がすごい権幕で迫ってくる。
…まぁ無理もない。彼のいうことはもっともだし、怒るのも無理はない。
「長っ!彼らにきつい罰を!」
「そうですね。宴を開いてもてなしましょう。」
「はい!宴を開い…今なんとおっしゃいました?」
ピタリと止まり、ラムルさんの方を見る父親。
「わざわざ送り届けてくれたのです。それぐらい当然でしょう。」
「何をいっているんですか!?さらったのも奴らですよ!?」
そういって方向を変え、ラムルさんに詰め寄っていく。
「確かにさらったのも人族ですが、彼らではないでしょう。人族にもいろいろといますからね。彼らのいうシュイン帝国は無関係だそうですよ。」
「別人でも、立場が違っても同じ人族です!第一、そのシュイン帝国はおこがましくも武官の長に神格者と名乗らせているような国ではないですか!神格者といえば使徒様の別名ですよっ!」
すでに父親の顔は真っ赤だ。
しかし、ラムルさんは落ち着き払っていた。
「人族は国が違えば考え方なども違うのです。我々とて、ダークエルフと一緒にされるのは嫌でしょう?それに彼らが送り届けてくれなければ、私達は二度とアアルとルルアに会えなかったんですよ?」
「グっ…それは…。」
「それに彼らの使う神格者というのはあくまで名ばかりではないですか。昔実際に神格者がいたらしいですし、それが名残として残っているなら仕方ないでしょう。そもそも、神格者や使徒などという言葉自体、便宜上決めた呼び名にすぎません。精霊様がそう呼べといったわけでもないのですよ?」
「むぅ…しかし…。」
父親が反論できずバツが悪そうにラムルさんから目をそらす。
「そもそも、その態度はどういうことですか?娘達を保護してもらった上に、ここまで長い道のりを連れてきてもらったにもかかわらず、礼の一つも言わずに…。そんなことではいつまでたってもノノルの森の長はまかせられませんよ?」
ぐぬぬっと後ずさる父親。
そしてしばらく見てもわかるほど激しく頭のなかで何かの葛藤を終結させるのに考え抜いたあと。
先ほどのことがなかったかのように、こちらに向かって、近づき、手を差し伸べてきた。
「どうも、お客人。この度は娘達を救っていただき、感謝いたします。私はルルガ。歓迎いたしますので、どうぞごゆるりと。」
キラリと白い歯を見せながら、握手を求められても、先ほどとのギャップがありすぎてどう対処していいのか…。
おそるおそる手を差し出すと、ガッシリと握手された。
「ルルガよ。宴を開くから準備を。」
「はい。それでは後ほど。」
そういうと、ルルガさんは母親に抱き着くアアルとルルアもつれ、出ていった。
なんだ、あの変わり身の早さは。
「すいません。単細胞なところがありましてな。ただ根に持つタイプではないので気にしないでください。」
「え、ええ。」
俺の答えに、ラムルさんはまたニコリと笑い、旅の話やこちらのことを聞いてきた。
宴の準備が整うまで談笑しようということらしい。
ひと際暗い、森の中。
洞窟の中にある1室で、頭を下げる男がいた。
身体は傷つき、流れる血が痛々しい。
魔力は底をついており、体調はかなりわるそうだ。
「して、ガガリス。これはどういうことじゃ?」
ガガリスと呼ばれたハイエルフがかしずく前に、薄いベールがかかっており、その先に座る女性がおぼろげに浮かんでいる。
周りには彼と同じハイエルフ達が立ったまま控えていた。
かしずいているのはガガリスだけだ。
「はい、我々はハシマの森を迂回し、補給路と思われる道を見つけ、待ち伏せをしておりましたところ…ハシマから奥地に移動する敵を発見し、交戦いたしました。」
「その結果が、命からがら逃げ伸びたお主だけということか?」
その声に怒気がこもっているのは間違いない。
「も…申訳ございません!生き恥とは思いましたが、どうしても報告せねばならぬことがあり!」
「申してみよ。」
「はい。…ハイエルフたる私の魔法が、エルフ族に同行していた人族の前に霧散致しました。」
その言葉に、何をいっている?馬鹿な。何かの間違いだ。という声が上がる。
「静まれ。」
女性の声でシンと静まり返った。
「ガガリスよ。それは確かか?確かにお主の魔法が無効化されたのだな?」
「はい…どうやったのかはわかりませんが、確かにこちらの魔法が霧散し、あちらの風の魔法はこちらの防壁などを無視して襲い掛かってきました。」
「まるで、相手の方が上位だというかのようにか?」
「…はい。」
ガガリスの肯定に、またしても部屋の中がガヤガヤとうるさくなる。
「他の魔法の気配は?相手は間違いなく人族か?」
「他の魔法の気配はありませんでした。見た目上は人族で間違いありません。ハーフエルフの可能性もありますが…着ている物からも人族であったかと。」
「どう思う?」
ガガリスの言葉を聞いて、女性が側に控えていた他のダークエルフに声をかけた。
「最後のハイエルフが関わっているのでは?人間がと申しておりますが、あやつの強化魔法がかかっていた可能性もあります。」
その言葉に女性はこれまでより小さな声で、悲しそうに言葉を返す。
「...それはない。あやつが帰っておるならこちらに直接乗り込んでくるじゃろう。他の者はどうじゃ?」
「どのような手法をつかったのかわかりかねますが、人族はいろいろな道具を使います。魔道具による効果の可能性もありますが、問題はそこではありません。」
「ほぅ。」
「問題は、人族とエルフ族が手を組んだ可能性があるということと、我々ハイエルフの魔法さえも無効化する手段を持っているということです。もしそれが複数個存在するならば、我らの魔力や順位の優位性がなくなります。」
その言葉に、女性は考え込むようにしばし黙り込んだ。
そして、何かを決断するように、顔を上げる。
「やはり、あの者達と手を組み、いそぎ勝負を決める必要があるかもしれんな。」
「それは…しかし!」
「あのような低能な種族が信用できますか!?」
女性の言葉に周りからは疑問が飛び交う。
「黙れ。元々数で劣る我らは時間がたてばたつだけ不利になるのだ。それに、あの者たちが裏切っても害はあるまい?エルフ族さえ駆逐してしまえば、あとはどうとでもなる。」
「では、急ぎ使者を。」
「ああ、わかっているな?」
「はい、使者には女を立てます。」
「よし、任せるぞ。皆の者。戦いの終決はちかい!我らが悲願である平和な世はすぐそこまできておるぞ。尽力せよ。」
その言葉に、元からかしずいているガガリスをはじめとして、他のダークエルフ達もかしずいた。
そして声をそろえて叫ぶ。
「すべては、姫巫女さまのために。」
と。
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