第116話 ノノルの森へ

 相変わらず森の中をひたすら歩く。

 ハシマの森に着くまでと違うのはノノルの森へ案内する案内役が一人ついたというぐらいだ。

 先頭を歩く彼は、歴戦の戦士…というには若く見えるが、ハシマの森のハハルさんが言うにはかなりの強者らしい。

 今は戦時中で、なかなか人員が割けないので、単独で強さに信頼のある彼が選ばれたらしい。

 名前はアララさんといい、ハハルさんと同じように話し好きの印象を受ける。


「この辺りは魔物もいないので安心して移動できます。ノノルの森までは比較的安全なルートなんですよ。」


 腰に剣を、背に弓矢を装備したアララさんは振り返りながら笑顔を向けてくる。

 細めの目が印象的だ。

 なんとなく、ヘイミング卿を思い出す。


「エルフにもいろんな人がいるんですね。」


「いろんなとは?」


 チルさんの言葉にアララさんが答えた。


「ハハルさんやアララさんのように話好きな人もいれば、ララみたいに無口な人もいるし。」


「あぁ…。」


 チルさんの指摘に、アララさんは思い当たることがあったのか納得したようだった。


「私達エルフ族は確かに極端ですね。ちなみに魔法特性のある巫女タイプな人は無口な人が多いですよ。戦士タイプの人は私みたいにおしゃべりが多いですね。」


「ということはララは巫女タイプか。」


「ですね。まぁ何事にも例外はあります。多いってだけですよ。」


「そもそも巫女とは?」


 今度はララが質問する。


「巫女は精霊様と親和性が高い血筋の人をいいます。昔から続く血筋で、順位が高い人が生まれてきやすいのです。もちろん、必ずというわけでもありませんが、過去に風の精霊様の使徒を輩出した家系が現在では巫女の家系といわれていますね。」


 使徒という言葉が出て、事情を知るララはそのまま黙った。

 代わりにチルさんが、アアルとルルアに話しかける。


「アアルやルルアも巫女の家系なのよね。もしかして使徒だっけ?その可能性もあるの?」


「いえ、私達は違います。」


「ん、違う。」


「それはまだわかりませんよ?」


 否定する二人に異を唱えたのはアララさんだった。


「でも、私達は精霊眼じゃない。」


 アアルの言葉にアララさんが答える。


「使徒様はある日突然精霊様が見えるようになるといいます。うちの長のように精霊眼がなくとも見えるようになるらしいので、まだわかりませんよ。」


「まだ生きてる。」


「それは…そうかもしれませんが…。」


 ルルアの言葉にアララさんは口をつぐむ。

 俺とチルさんは顔を見合わせた。


「どういうことですか?」


 俺の質問に、アララさんが答えてくれる。:


「使徒様は同じ世代に1人だけなんです。なので、新しい使徒様が生まれるということは前の使徒様が亡くなったということになります。」


「前の使徒様、最後のハイエルフ。」


 アララさんにルルアが続く。

 聞きなれない単語がでてきた。


「ハイエルフ?」


 チルさんの言葉に、またアララさんが対応してくれる。


「ハイエルフにも私達と同じようにエルフ族とダークエルフ族がいるのですが、なんといいますか、どちらも原初の血筋と言われています。遥か昔、エルフの国の王族の家系だとか。ハイエルフはハイエルフ同士でしか子をなせず、子孫を残しにくい性質でしたので、徐々に減ってきていたのです。最後の使徒様はエルフ族側のハイエルフでした。ハイエルフは1000年以上生きるので、普通に考えればご存命なのですが…。」


「死んじゃったの?」


 チルさんが眉根を寄せる。


「いえ…行方不明なのです。生死もわからず…。」


 アララさんは首を左右にふった。


「それは…。」


「なのでもし、お亡くなりになっていれば、精霊様はしばらくした後、次の使徒を選びます。エルフ族以外が選ばれることもありますが…。」


「寿命が1000年以上あるならまだまだご存命では?」


 俺の言葉にも、アララさんは再び首を横に振った。


「しかしながら、まったく噂すら聞きません。森を出てしばらくはよく噂もきいたのですが、それも数十年前からぱったりと。使徒様の性格的にも目立たないはずがない方なので、長達は何かあったのだろうと予想しているようです。」


「だからそろそろ次の使徒様が現れると?」


「はい、風の精霊様はさみしがりで、しばらく悲しんだ後に、10年程度で次の使徒様を任命するのです。他の精霊様と違い、風の精霊様は次の使徒様を選ぶのが早いんですよ。」


「なんというか、風の精霊って人っぽいですね。」


「確かにいえていますね。それも人の子供っぽいです。」


 チルさんの言葉にアララさんがにこっと笑った。

 だが、俺の肩にいたフィーは何か恥ずかしそうにしている。

 ここにフィーがいて、俺が選ばれているということはその使徒だったハイエルフさんはもう亡くなったということか。


「その使徒様がいれば戦いは終わるの?」


 ララの言葉で、アララさんは再び深刻な顔をする。


「絶対とはいえません。それでもこのままでは数こそ多いエルフ族ですが、ダークエルフ達にはまだハイエルフが残っていますから…。」


「不利なんですか?」


「ええ、それもかなり不利ですね。ハイエルフ1人倒すのに何人の猛者が犠牲になるか…。」


「そんなに強いんだ…。」


「ああ、いえ、強いというよりは、ハイエルフに対して我々の最大の攻撃が無効化されてしまうのが問題なのです。」


「最大の攻撃?」


「ええ、つまり風の、」


 話はここで急遽打ち切られた。

 明らかに意志をもって近寄ってくる集団を感知したからだ。

 すでに俺だけでなく、アララさんやララ、チルさんも感づいている。


 方向はハシマの森でもノノルの森でもない。

 アララさんが俺たちをかばうように前にでた。

 その表情は緊張している。


 しばらくすると、森の奥から10人程度の褐色の肌をした美男美女の集団が現れた。


「…ダークエルフ…。」


 アララさんは緊張し、弓矢を手に取る。


「皆さん、合図したらハシマの森の方に走ってください。少しでも私が時間を…。」


 その言葉をきいたダークエルフの中から1人の男性が進み出た。


「不可能だ。黙って捕虜になれ。」


 その姿を見たアララさんは驚きの表情を浮かべる。


「馬鹿な…ハイエルフがなぜここに?そもそもここは我らの領域だぞ!?」


「お前達に好き勝手させるわけにもいかんのでな。補給物資を抑えようと思えば、おかしな団体だな…。」


 アララさんにハイエルフと言われた男は、真っ白な髪に褐色の肌、他のダークエルフと異なるのはそのあふれ出る魔力と、身体のいたるところにある入れ墨だった。

 魔法陣?なにかの強化儀式かもしれない。


「戦士は1人…そっちはまさか人間か?それに子供が3人か…なんだお前たち…少し、事情を教えてもらおうか。」


 そういうとハイエルフの後ろにいたダークエルフ達が一斉に武器を構えだした。

 それをハイエルフは無言で手を上げ、抑える。

 お前たちは見ていろという余裕を感じさせる動きだった。


「くそっ!」


 アララさんは4つの魔力玉を後方に作り、矢を放つと同時に魔法を放つ。


「ウインド・アロー!」


 放った矢が風をまとい、後方の4つの魔力玉からも4つの風の矢が相手のハイエルフに襲い掛かった。

 だが、ハイエルフは笑みを浮かべながら、じっとしている。


 あとわずかというところで、ハイエルフに放った魔法と矢が霧散した。

 ただの矢が地面に転がる。


「ただのエルフでは我らハイエルフには勝てん。魔法で勝ちたいならそちらもハイエルフを連れてくるんだな。」


「くっ!」


 悔しそうに歯ぎしりをするアララさん。

 どうやら、魔法が無効化されるらしい。

 けれど、これって…たしか上位者への攻撃が無効化されるってやつのはず。

 ハイエルフはエルフやダークエルフに比べてフィーの中での順位が高いということか。


 さっきアララさんが言いかけたのはこれだったんだろう。

 最大の攻撃、つまり風の魔法が相手にきかない。

 そうなると、相手を倒すためにとれる行動は限られてくる。風の魔法を使わず倒すこと。

 しかし、それだと剣などをつかった戦いになる。

 エルフ族はあまり近接戦闘には向いていないはずだ、その上、相手はダークエルフ。近接戦闘が得意だ。さらに、相手は風の魔法を使って攻撃することもできる。

 数が少なくても、ハイエルフが多いダークエルフにエルフ族が押されている原因はこれか…。

 だけど、これだと…。


 すっと、アララさんより前に出る。


「え!?ちょっと!」


「ダメ!」


「危ない!」


「おいおい、人族にかばわれるエルフって…。」


 ララ以外が焦る中、ハイエルフが馬鹿にしたようにアララさんを見た。


「ハイエルフを倒すには魔法以外しかないのか?」


「…その通りです…あちらは強力な魔法を使うってのに…。防御魔法すら無力化され、ハイエルフが与えた補助魔法はただのダークエルフすら強力な相手にしてしまう。」


 答えたアララさんは悔しそうに唇をかんでいる。


「剣士には見えないが?人族、大人しくしていれば命だけは助けてやってもよいぞ。」


 ハイエルフがこちらを余裕をもって見る。

 俺が肩を見ると、フィーがうなづきながら微笑んでいた。

 だから、わざと馬鹿にしたような態度でいってやる。


「ハイエルフがそんなにすごいのか?俺も風の魔法を使うんだが、力比べでもしてみるか?」


 俺の言葉に、ハイエルフは面白いぐらいに怒気をあらわにした。


「人間風情がっ!後悔する間もなく、切り刻んでやる!」


「駄目だっ!逃げるぞっ!」


 アララさんが、後ろの4人に焦って逃げる指示を出すが、それよりも、ハイエルフが魔法を完成させる方がはやかった。


「ウインドカッター!」


 いくつもの風の刃が俺に向かって飛んでくる。

 だが、その風の刃は、先ほどのハイエルフに向かっていった風の矢と同様に、俺の目の前で霧散した。


「…何?」


 呆然とするハイエルフに、アララさん達。

 ララだけは予想通りというふうに、杖を構えて魔法を構築しはじめていた。


「なるほど。これが下位属性の無効化か…。さて、相手が魔法の効かない上位の場合、どうやって倒すんだったか?」


 そういいながら、後ろに風の魔力玉をいくつもつくる。

 4つ、6つ、10を超えるころには、相手のハイエルフだけでなく、ダークエルフ達も焦りはじめていた。


「ば…馬鹿な。ハイエルフの私より人族が上位に!?まさか…そんなはずは…貴様!いったい何をした!」


「か、風の防壁を!」


「ば、馬鹿っ!上位者の魔法を防げるわけないだろっ!」


「人族だぞっ!上位なわけがあるかっ!何かトリックが!」


 焦りながらも、風の防壁を唱えだし、作り出していくダークエルフ達。

 何人かは逃げようとしたが、ララが使った土属性の魔法に足をとられてすっころんだ。

 ハイエルフは、目の前の事実を受け止められないようで、ただ呆然としている。


「ウインド・アロー!」


 アララさんが撃った数をはるかに超える30以上もの風の矢が、ダークエルフ達に降り注ぎ、彼らの防壁を無効化し、ハイエルフを含めて全員がその場に倒れ伏した。


 ことがおわると、呆然としているアララさんに振り返る。


「息はあると思うけど、どうする?」


 俺の問いに、信じられないものを見たという風にかたまるアララさんが現実に戻ってくるのに、しばらくかかった。

 さすがに放置はできないので、全員を拘束し、いったんこの場に放置することになったが、俺が後ろを向いている隙に、倒れていたハイエルフが起き上がり、一目散に逃げ出した。


 初めに築いたのはララ。

 慌てて振り返るが、速度上昇などの魔法か、かなり早い。


「ウインド・レイ!」


 逃がすわけにはいかないとおもい、とっさに風の矢の強化魔法を放つ。

 俺のもつ魔法のなかでも最速のものだ。これ以上の魔法は相手を確実に殺すだろう。


 いくつもの風の矢が飛んでいくが、土煙の中にハイエルフの姿はなかった。

 逃がしてしまったようだ…。


「すいません。逃がしました…まさか動けるとは…。」


 ウインド・アローは確実に5本は当たっていたはず。さらにウインド・レイも何発かは手ごたえがあったにもかかわらず、逃げ切ったハイエルフはさすがというべきか。


「仕方ありません。あの様子なら戻ってくることもないでしょうし、とりあえず、ダークエルフ達を捕獲して、ノノルの森に向かいましょう。」


 そういったアララさんの目は、最初と違い、恐れを含んでいた。

 逆にアアルとルルアは好奇心の塊という目を向けてきている。


「さすが…まさかハイエルフより上だなんて…。」


 チルさんも驚いていたけど、それだけだった。


「ありがとうございます。そしてご迷惑をおかけしました。さぁ、出発しましょう。」


 少し、丁寧さが上がったアララさんに案内され、俺達は再びノノルの森に歩き出した。


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