第115話 ハシマの森

 ハシマの森にあるひと際大きな藁ぶきの家に通され、中に入ると、そこには庵があり、奥に1人の女性が座っていた。

 ハハルさんが俺に座るように言い、目の前の女性の横に移動し、耳打ちしている。

 どうやらこの女性が長らしい。


 見た目は…エルフ特有の整った顔立ち、人族でいうと40代といったところだろうか。

 長というぐらいだからきっとエルフ族でもかなりの高齢なんだろう。


 以前聞いたが、エルフ族は若い期間が長く、人族でいうところの見た目が成人から30代ぐらいの期間が最も長い。

 そのあとは緩やかに歳をかさねていくが、人族でいう老齢となる前にその生涯を閉じる。

 エルフ族で50代の見た目ならもう寿命が尽きかけた老齢だということだ。

 もちろん、個人差もあるだろうが、目の前の女性もエルフ族では老齢の年齢になるんだろう。


「ようこそ。我が同…なに!?」


 緩やかな挨拶の途中で長がおかしな声をあげた。

 俺はもちろんのこと、ハハルさんも驚いている。


「そ…それは…。」


 長の目は俺の頭の上を見ている…なんだ?

 何かあっただろうか?

 ハハルさんの方を見るが、俺の頭の方をみながら眉根を寄せていた。

 俺と同じで何のことかわからないらしい。


 だが、長は驚いたままの表情で動かない。


 なので頭を触ってみた。

 …うん、何も…あぁ、フィーがいるが、他は何もない。


「あの…?」


「長?」


 俺とハハルさんが声を駆けると、長ははっとした表情を浮かべて、座りなおした。


「ようこそ。我が同胞を助けて頂き、感謝します。私はルア。」


「私はアレイフ、シュイン帝国に所属しています。この度は我が人族が失礼を致しました。」


 ルアさんに丁寧に言葉を返すと、ルアさんはニコリと笑った。


「人族が一枚岩ではないのは理解しています。わざわざ同胞を送り届けてくださって、ありがとうございます。…ところで、アレイフ様。あなたはハーフエルフですか?」


「…は?」


「長、何を言って…。」


 ハハルさんもルアさんのいきなりの言葉に驚いている。

 …冗談?


「あの…すいません、人族です。」


「ご両親はご健在で?」


「…いえ、私は孤児ですので…。」


「そうですか…。」


 そういうと、ルアさんはふぅっと息を吐く。


「長、いきなりどうしたというのですか?」


 無視されていたハハルさんがルアさんに再び疑問をぶつけた。

 すると、ルアさんは深いため息をついて、目を閉じてから話し出す。


「どうもこうも…精霊様がついています。お戯れというわけでもなさそうですし、先ほど触れていました。ということは見えていますよね?アレイフ様。」


「なに!?」


 言葉をきくやいなやクワっと目を見開き俺を見るハハルさん、正直怖い。


「フィーが見えるのですか?」


 俺の声にフィーが俺の顔の横に移動する。


「ええ、小さなおとぎ話に出る妖精のようなお姿ですね。」


 確かに見えているらしい。

 フィーが俺の頬をつっつき、説明してくれた。


「精霊眼の持ち主だね。本人も序列は高いけど、見えるだけで声は聞こえないかな?」


 フィーのいうように、声は聞こえていないらしく、またハハルさんには見えてもいないようだ。


「精霊様はなんと?」


「貴方が精霊眼の持ち主で、序列も高いけど、声は聞けないんじゃないかと。」


 フィーが言ったことをそのまま伝えてみた。


「その通り。私は巫女としてはそれほど上位ではありません。」


「お、長!精霊様がいらっしゃるということは…こちらが!?」


 ハハルさんはなぜか興奮気味だ。

 それに比べてルアさんは少し暗い。


「ええ、彼が使徒ということになりますね。間違いないでしょう。」


「だから彼がハーフエルフかどうか聞いたのですね!しかし…彼は違うと…人族に精霊様がつく例はこれまで…。」


「ないことはないらしいよ。でもね、親が分からないなら可能性がないわけじゃない。無自覚のハーフエルフだという可能性だってある。」


 俺がハーフエルフである可能性。

 ララとは逆の偏りならありえないこともない。

 けれど、確かめようもない気がする…。


「まぁ、確かめる方法もないのだけれど。」


 続いたルアさんの言葉で、やっぱり確かめることはできないんだと納得してしまった。


「しかし、これは好機です!懸念事項はなくなりましたし、彼に助力願えればっ!」


 ハハルさんがぐっと拳を握る!


「…彼はシュイン帝国に属しているのでしょう?さすがに筋を通す必要があるわ。」


「…なるほど…。しかしそれでは人族の国に助力など…。」


「ならばこれまで通り私達だけで戦うしかないわね。」


 何の話かわからないが、何か手伝ってほしいことがあるらしい。

 それも国に筋を通すレベルの話で。戦争だろうか?

 正直、あまりかかわりたくない。

 南区だけでも問題だらけなのに、西部の問題にまで首を突っ込みたくないんだけど…。


「とりあえず、族長にも話すから、伝手だけはもっておくように。それとこのことはあまり他言しないようにね。」


「わかりました。そうと決まれば歓迎の宴を!」


「そうね。やりましょう。ぜひ楽しんでいって下さい。」


 何の話をしているのかわからないけど、どうやら歓迎してくれるらしい。

 フィーがいるというのが大きいみたいだけど、エルフにとってフィーは特別なんだろうか?


 すっとフィーを見ると、家の中にあった水瓶を覗き込もうとして落ちかけている。

 …自由な。


 ここで、更にいろいろな話が聞けた。

 宴までの時間つぶしに、ルアさんやハハルさんが今まで以上に丁寧にいろいろ教えてくれたからだ。


 ローレンス帝国の情報通り、エルフ達はダークエルフ達と戦争を繰り返しているらしい。

 この場所も1年ほど前にダークエルフを追い出して切り出した場所らしいが、特にどちらが勝っているというわけでもなく、取って取られてを繰り返し、小競り合いも絶えないとのことだ。

 元々の原因は聞かなかったが、今では敵討ちが敵討を呼び、エルフとダークエルフの溝は深まるばかり、もう50年ちかくの小競り合いになるらしい。


 ここで聞いた情報はあとでまとめるとして、フィーについても多少話がきけた。


 これまではエルフやダークエルフの巫女の中からフィーの使徒、つまり神格者が生まれることが多かったらしく、最後の巫女が100年ほど前にエルフに生まれたのを最後に、その人の死後10年以上たっているが次の使徒が生まれてくる気配もなく、ダークエルフの方に生まれていないかヒヤヒヤしていたらしい。


 戦争相手に強力な精霊の使徒が生まれるなんて悪夢でしかない。

 今日、俺が来たことで、少なくとも戦争相手に使徒のいないことが確認できて2人は喜んでいるようだった。

 ハハルさんは可能なら味方になってほしいようだけど、さすがに種族間の戦争に勝手に助力するわけにもいかないし、俺もシュイン帝国での立場があるので難しい。

 ルアさんはわかっているのか、特にそういう話をしてくることはなかった。


 歓迎の宴では特に俺が使徒であることは話にあがらなかった。

 ただ同胞を救い、送り届けてくれた恩人として紹介され、歓迎を受けた。

 中には厳しい目をしている人もいたけど、人族と何かあった人なのかもしれない。


 そして次の日、長のルアさんと、ハハルさんに見送られて、ノノルの森に向けて出発した。






 シュイン帝国の王城。

 国王の前には第二師団団長のワイトカルネ卿とその側近2人がおり、報告を行なっていた。

 宰相とヘイミング卿も同席しており、ワイトカルネ卿の報告に耳を傾けている。


「…以上となります。」


 報告を聞き、国王と宰相、ヘイミング卿も満足げにうなづく。


「さすがワイトカルネ卿、見事に領地をもつ貴族達を掌握している。」


「まったくですな。私からは特にありません。」


「うむ。この調子で頼むぞ。」


 その言葉に第二師団の面々も表情を崩した。

 これで報告は終わり、大体このあとは他愛ない雑談をして帰路につくことになるのだが、今回はそんな軽い話では済まなかった。


「そういえば…シンサ卿の方はどうですか?エルフ達と上手くやるきっかけにでもなればいいですが。」


 ヘイミング卿の言葉にワイトカルネ卿が眉を寄せた。


「シンサ卿?エルフ?…ヘイミング卿、何の話ですか?」


 その言葉にヘイミング卿は首をかしげる。


「確か、保護したエルフの少女達を送り届けるために、第四師団から正式に第二師団に助力を頼んでいましたよ?もう出発していると聞いていますが…。」


「…おい。」


 ヘイミング卿の言葉に、ワイトカルネ卿が控えていた側近の顔を順にみるが、2人とも首を振る。


「ヘイミング卿、それは確かな話なのか?」


 その様子を見て、宰相がヘイミング卿に尋ねた。


「ええ、どうすればいいか相談を受けたので、正式に第二師団にお願いすればいいと助言しましたし、協力してくれると答えが返ってきたと聞いています。それに娘…いえ、第四師団にいる身内からは数日前に師団長が出かけていると聞いていますが…。」


「すまない、できれば別室で詳しく聞かせてほしい。時間はあるか?ヘイミング卿。」

 .

「かまいません。それではこの後…。」


「このまま話せばよいではないか。」


 ヘイミング卿とワイトカルネ卿のやり取りを遮ったのは国王だった。

 口元には少し笑みが浮かんでいる。


「そこまで話して、放置されたら気になって仕方ない。なぁ、宰相。」


「そうですな…。それにエルフ族とのことにも関わりそうですし、この後特に予定もございませんので、国王さえよろしければ。」


 国王と宰相にいわれたら仕方がないと、ヘイミング卿は小さくため息をつきながら話し始めた。


 第四師団が偶然に人攫いの集団を発見し、撃破、そこでエルフ族の少女2名を保護したこと。

 保護したエルフを元居た里に帰すために、自分に相談し、第二師団に頼むように助言したこと。

 第二師団に依頼し、協力してくれると答えが帰ってきたらしいこと。

 そして、現在、彼らは第二師団に連れられてエルフの森にいるはずだということ。


 しかし、ワイトカルネ卿とその側近はその話を認識していなかった。

 エルフ族というお互いに干渉しない種族への接触や第四師団からの正式な依頼ということも考えると、報告が上がってこないのはおかしい。間違いなく側近またはワイトカルネ卿本人が回答するべき内容だ。


 更に、第四師団の依頼から協力の返事を行うのが早すぎる上に、すでに協力しているという。

 自慢できはしないが、第二師団の所属する西部はもっとも貴族が多く住んでいる場所だ。

 領地持ちもそうでない貴族も数多くいる。

 それに伴って仕事量も多く、大事な依頼であっても、何人かの目を通過し、決断する人物まで届くだけで2日はかかるはず。

 王城からの緊急や、貴族の連名による緊急案件出ない限りは、ワイトカルネ卿まで報告があがってくるのにどれだけ早くても3日はかかる。

 だが、ヘイミング卿の話を聞く限り、依頼から回答までが異様に早い。

 更に、エルフの森や他師団からの依頼という重要案件が幹部にまで届いていないということは誰かが意図的に止め、勝手に返事をしたということになる。

 依頼自体を紛失しているなら、実際に協力するために軍が動いているのはおかしい。

 少なくともある程度自由に軍を動かせる人物も共犯者にいるということだ。


 ワイトカルネ卿と側近達は事実確認のために、急ぎ自分達の本部に戻ることになる。

 国王や宰相にきかれたのだから、結果の報告もしなければならない。

 間違いなく汚点をさらすことになるだろうことに、ワイトカルネ卿は深いため息をついた。

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