第106話 戦いの終わり

 右足と背中に走る痛みに歯を食いしばりながら振り向きざまに風の刃で一気に敵を排除する。


「風爪!」


 足にかみついたライガーとゴブリンソルジャーを含めて、とびかかろうとしていた他のゴブリンもまとめて切り捨てた。

 と、同時にこちらに飛来する矢が目につく。


「風斥!」


 矢や魔法など飛び道具を無力化する魔法を唱えるが、立て続けに無詠唱の魔法を使ったせいで残り魔力が心もとなくなってきた。

 とっさのことで最大威力の魔法を使ったせいか…。


 背後から息をのむ気配が伝わってくるが、今は振り向けない。

 視界にはこちらに突貫してくるゴブリン達が見えている。


「ウィンドレイ!」


 逃げることを諦め、いったん目の前の敵を殲滅する勢いで魔法を放つ。

 どんどん魔力がなくなっていく。

 魔法を唱えながら本日2本目の魔力回復薬を自分に注射した。


「イレーゼ!急に走りだして!」


「おい!これは!?」


 背後に近寄る人の気配が感じられる。


「ここは危ない!全員早く下がれ!」


 後ろを振り向かずに大声を上げたが、背後の気配は動く気配がない。

 …このまま後ろにかばい続ける方が危険か?


 ちょうど前からボブゴブリンが風の矢を受けながらも突貫してくるのが見えた。

 これまで何度も死の突貫を繰り返してくるのを経験しているだけに、このまま突っ立っているわけにはいかない。もちろん、避けるわけにも…。

 あれは後ろに何匹ものゴブリンをかばいながら、自らを盾にして俺に突っ込んでくる。

 途中で命が尽きても後ろのゴブリン共がその死体を盾にして、俺に接近を試みる。

 地味だが、とても有効な手段だ。

 あれへの対処はもろとも切り裂くさっき使った風爪が一番いいが、詠唱している時間がなく、無詠唱でしか放てないから魔力効率が悪すぎる。


 俺は意を決し、あえてボブゴブリンに突っ込んだ。

 右足に痛みが走るが今は気にしている場合じゃない。


「デュアルエッジ!」


 風爪には劣るが、自分を中心に円状の風の刃を二枚出し、相手を切り裂く魔法。

 範囲と隙は多いけど、威力のわりに魔力消費が低い、エルフの魔法だ。


 すれ違いざまにボブゴブリンの身体を裂き、背後に隠れていたゴブリンも2枚目の刃で切り裂いた。

 だが、すれ違いざまに倒し損ねたゴブリンの剣が身体をかすめる。


「デュアルエッジ!」


 再度魔法を唱え直し、接近してきたゴブリンを葬る。

 そしてそのまま敵の中を突っ切るように敵の中を切り抜ける。

 風斥で敵の飛び道具が封じられている間に、敵の包囲が狭まる前に、一気に突き進む。


 途中、身体に浅い傷が増えていくのを感じた。

 右足の痛みが大きくなり、背中はすでに痛みの感覚がない。


 包囲を抜けたところで無理やり反転し、背後から木にぶつかるようにして身体を制止する。

 こみ上げる吐き気を我慢して、大きく叫んだ。


「ウィンドレイ!」


 放てる最大数の風の矢を放つ。

 こちらを追ってきていたゴブリン達の前衛が風の矢に身体を吹き飛ばされ、命を散らしていく。

 もう風斥の魔法は切れている。

 というかあれは場所指定なので、移動した今はもう意味がない。


 いったい何匹いるんだ!

 報告の10倍は軽くいるゴブリン共に絶望すら感じる。


 魔力が尽きかけるのを感じ、三本目の魔力回復薬に手が伸びたところで、異変が起きた。

 急にゴブリン達が動きを止めたのだ。

 本当に制止する勢いでピタっと動きを止める。


 …なんだ?


 ほんの数十秒の沈黙のあと、ゴブリン達は散り散りになっていく。

 手にした武器を捨て去り、悲鳴を上げる勢いで恐慌状態になり、四方八方に走り出す。

 俺の方に走ってきたゴブリンもいたが、俺には目もくれず、すれ違っていった。


 …支配種が死んだ?


 考えられるのはそれぐらい。

 さっきまでは一部脱退するゴブリンはいたものの、すぐまた統制のとれたゴブリンの団体が合流していたが、今回は違う。

 目に見えていたゴブリン達が皆、逃げ始めた。


 …上位種が死んだ?誰かが倒したのか?

 もう危険はないか…そう考えた瞬間、身体から力が抜けるように、木に背を預けたままズルズルと落ちて尻餅をついた。

 …息が荒い。


 とりあえず、助かった。

 状況はどうなったのだろう、けが人は出ていないだろうかと考えていると、視界の先からクインが血相を変えて走ってくるのが見えた。





 怪我をしながらも大勢の敵に向かっていった幼馴染を見て呆然としている私を無理に引っ張ってシュルが何か言っている。


「ちょっと聞いてる!?」


「…うん、ごめん。」


「危ないからいったん離れるよ!」


 手を引かれるままに森を走る。

 シュルだけじゃなくて、トルンやグレイン達も私を中心にして走っていた。

 イリア先輩に後退するように言われたあと、急に森に向かって後を追うように駆けだした私を追いかけてきてくれたんだろう。


 しばらく走って息を切らしたシュルが立ち止まった。


「こ…ここまで…来れば、だ…大丈夫よね。」


「うん、一応周辺の警戒をする。」


 シュルに、まったく息を切らしていないトルンが答えて周りを見に行った。

 一息つくとシュルは私の両肩をつかんで顔を近づけた。


「何考えてるの!一人で走っていくなんて!危なすぎるじゃない!」


「…ごめんなさい。私。」


 あまりの権幕に謝ることしかできない。


「心配なのはわかるけど、無防備すぎるし、1人でなんて危険すぎるわ!」


「…うん、ごめんね。皆もありがとう。」


 1人勝手に駆けだした私を追いかけてきてくれた皆に謝罪と感謝を伝える。


「それにあなたが一人で行ったってしかたないでしょう。怪我したらどうするの!」


「それは…そうだけど。」


 シュンとする私を見かねてかルメットが話題を変えてくれた。


「にしても、すさまじい数だったな…それにあの魔法。なんだありゃ…あんなの見たことねぇぞ。」


「確かにすごかった。あれだけの数を一気に…。」


 ルメットに周りの警戒から戻ったトルンも同意する。

 アレイフが使った魔法のことだろう。2人は少し興奮気味に見える。


 だけど、私が見た光景は少し違った。


 森から少し開けた場所に飛び出した私を見る、アレイフの目。

 そしてその後ろから覆いつくすような数の醜悪なゴブリンの姿。

 私を見て足を止めたアレイフにかみつく狼の魔物と、背中を切り付けるゴブリン。


 アレイフが死んじゃう!


 私は彼に駆け寄ろうとして、それができなかった。

 彼は振り向きざまに魔物を蹴散らし、そのまま踏みとどまって魔法で魔物を駆逐しだした。

 信じられない数の魔物が吹き飛ばされて絶命していく。

孤児院にいたひ弱なアレイフからは想像もできない姿だった。…いや、わかってる。アレイフが第四師団長になる前から、そう、仮面をつけていた頃から強いんだって知ってた。けど、実際に目にするとやっぱり違う。わかっていたけど、私の知ってる幼馴染とかけ離れすぎていて混乱してしまっていた。


 けれど痛々しく血を流すアレイフの右足と、血が滲んできている背中に気づいて、反射的にまず手当をしないといけないことに気づく。冷静ならそんな状況じゃないことぐらいわかるけど、その時の私は冷静じゃなかった。


 手当を…。


 そうは思うけど、今もなお魔法を放ち、魔物を駆逐する彼に近寄れない。

 血がたくさん流れているように見えるし、背中や右足以外にも血がにじんでいる箇所がたくさんある。

 近づきたくても近づけない。彼が遠くに行ってしまった錯覚をして、私はただ立ち尽くしていた。

そんな状況で私の周りに仲間たちが駆けつけてくれた。


 ―アレイフの援護を!


 そう懇願しようとしたけど、言葉にする前に声がかかった。


「ここは危ない!全員早く下がれ!」


 その声はアレイフの声だ。

 こちらを振り向かない彼の声は呆然としていた私の仲間達を突き動かした。


 私の手を取って走るシュルに周りを走る仲間達。

 去り際にアレイフが敵に突っ込んでいくところが見えた。

 目の前に迫る巨大なゴブリンに向かって自ら駆けだした彼の背を、最後まで見ることもなく、私はシュルに手をひかれるままその場を逃げ出した。


「…アレイフは…。」


「…大丈夫よ。無敵の第四師団長なんでしょう。」


 私の小さな呟きを聞いて、シュルが笑いかけてくれた。


「はん、あれぐらいで死ぬなら大したことねーな。」


「お前、あの数を相手にできんのかよ。」


「……。」


 グレインの言葉に、からかうようにルメットが言い返す。


「近くにクイン様もいた。きっと大丈夫。」


 トルンも私を慰めるような言葉を言ってくれた。


「っと、それどころじゃなくなるかも。」


 だが、トルンが私達の走ってきた方向を睨み、剣を抜いた。

 それだけでわかる。敵が来たんだ。

 私はシュルと一緒にさらに後ろに下がって、敵を迎え打つ準備をする。


「またゴブリンか?」


「はん、何匹来ても倒してやるぜ。」


「数が多い…前みたいに逃げ出しているのかも。」


「狩ることに変わりはねーだろ?」


「そうだけど、統率が取れていたら撤退も考える。」


 前衛のグレインとトルンが話している間にも、森の向こうからドドドっと、大勢の足音が聞こえてくる。

 姿が見えると同時に、ルメットが宣言した。


「先制に火矢といきますかっ。」


 放たれるファイアアローに倒れるゴブリン。しかしそんな仲間には目もくれず、私達の方向に走ってくる。

 けれど、正確には私達すら目に入っていないようで、数は多かったものの、攻撃するそぶりすら見せずただ走り去っていく。

 グレインとトルン、ルメットがすれ違いざまに何匹も倒していく。

 ゴブリンの団体が通り過ぎるころには、同時に多くのゴブリンの死体が出来上がっていた。

 それ以上に私達とすれ違って逃げていったゴブリンの方が断然多いけど。


「楽なうえにでかい収穫だな。」


「確かに、こっちに向かってこねぇもんな。」


「早く魔石を取る。」


 魔石を集めながら、被害が全くなかったことに喜ぶ。

 一段落すると私達は一度、森の外に出ることを決めた。

 予定よりかなり時間は短いけど、十分な成果を上げたし、いろいろあったので一度森を出ようということになった。

 ゴブリンの数が予想より多いし、上位種がいる風だったので、第四師団からの指示が変わっているかもしれない。

 安全第一ということで、戻ることに決まった。

 …トルンだけはクインさんとの合流を強く押していたけど、多数決で押し切った。

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