第105話 ゴブリンキング
「おい、あの竜巻。」
「あれ主様の魔法だよな?」
「ユリウス、あっちいかなくて大丈夫なのか?」
そういって三兄弟が私の方を見る。
はっきり言おう、全員殴り飛ばしてやりたい。
私達が完全に予定外の行動をしているのは誰のせいだと思っているんだろう。
支配種を狩れ!
そういう話になったとき、こともあろうに3兄弟はそれぞれ別の3方向にほぼ同時に走り出した。
待てという私の言葉も聞かず、それぞれがゴブリンの支配種がいるだろうと予想した方向に走り出したのだ。
全員がイヤリングの通信機を持っているならいい。
だけど、そうじゃない。この班で持っているのは私だけだ。
ようするにはぐれるとかなり厄介なことになる。
私はとりあえず、まだ見える範囲にいたグリから捕まえることにし、走りだした。
そこからどれぐらい時間がたったか。
捕まえては叱り飛ばし、次の馬鹿を一緒に匂いで追う。
これの繰り返し、最後のイチを捕まえた頃には、私はヘトヘトになっていた。
途中、何度もまた別行動を取ろうとする馬鹿を叱りながら行動し、全員が揃ったところで改めて3兄弟を叱り飛ばした。
全員が全員支配種を倒してたからまだよかったが、もし空ぶっていたらかなりの問題行動だ。もちろん、この班の指揮を任されている私の管理責任もあるだろう。
…これじゃあ好かれるどころか、どんどん私の評価が下がる。
そんな中、遠くに竜巻をとらえて三兄弟がまた騒ぎ出した。
まるであっちに楽しいことがあるから早く行こうといっているように聞こえる。
冗談じゃない。私達の班は森の街道側から大きく回り込んでちょうどゴブリン達がいるだろう場所の背後から奇襲をかける手はずになっている。
もちろん、臨機応変にといわれたけど、もうすでに現在地が怪しい。
竜巻が見えるあたりに主様がいるのはわかるけど、私達はどちらからあの竜巻に近づけばいいんだろう。
それ以前にあの竜巻までかなりの距離があるような…。
なぜ私がこの三兄弟の面倒をみないといけないのか、そもそもこの三兄弟は私のいうことをある程度しか聞かない。
群れの主は兄様で、私はその妹というだけ、兄様が従う主様には服従するが、群れの中での私の言葉は軽い。
感覚的には姉の言うことをきいておこうという感覚にちかいだろうか。
実際に私の方が年上だし、力も上だが、少し舐められている気もする。
このあたりで一度シメておいたほうがいいか…そうだ、これが終わったら一度全員をシメよう。
「なぁ、ユリウス、こっちから支配種っぽい臭いがするぞ。」
「ん?する?」
「えーわかんない。」
馬鹿3兄弟が鼻をひくひくさせながら竜巻と逆の方向から漂ってくる臭いを追っている。
もう竜巻から興味がそれたらしい。
私はイチが指す方向からの臭いを感じることはできなかった。
リンやグリもわからないみたいだけど、イチは確かに感じ取っているらしい。
3兄弟で、いや、うちの群れで一番鼻が利くイチのことだ。たぶん間違いなくあっちに支配種がいるんだろう。
さて、どうしたものか。
竜巻に向かうか、先に支配種を倒すか…。
しばらく考えた後に、私は当初の予定通り支配種を先に狩ることにした。
「イチ、案内を。」
「まかせろ!」
そういうとイチが走り出す。
私とリン、グリも後に続いた。
ドンドン竜巻から離れていく。
ふっと竜巻が消え、もう後戻りできないことと、かなりの距離を走ったことに不安を覚えたころ。
目の前の森が途切れ、広場に出た。
周りを見ると、森の中にぽかんと空いた草原という感じだ。
真ん中に大きな木があり、イチが立ち止まるとその木を指さす。
「あれだ!っていうかでっけー!今日一番の獲物じゃね?」
「イチ兄すげぇ!」
「さっすがイチ兄ちゃん!」
無邪気に喜ぶ馬鹿三人を見ながらも私は絶句していた。
あの巨体。
間違いない。あれがゴブリンキングだ。
今まで見たジェネラルやコマンドとは違って人の二倍以上の背丈に大きな身体、木の横に座っているだけだが、私は毛が逆立つのを感じた。
あれを相手に1人では危ない。
「いっちばーん!」
「あ、イチ兄ずるい!」
「馬鹿!ちょっとまて!」
私の必死の制止に、3人が足を止めてこちらを見る。
「なんだ?ユリウス。見つけたのは俺だぞ?」
イチが心底不思議そうな顔でこちらを見てくる。
なんでこんなに緊張感ないんだ?
「あれはたぶんゴブリンキングだ。全員でかかろう。」
私の言葉に3人が再び木の横に座り込むゴブリンキングを見る。
「あれがか?鈍そうだぞ?」
「ていうか、他にゴブリンいなくない?」
「この距離でこっちに気づいてさえなさそうだぞ?」
イチがいうように確かに図体がでかい分鈍そう…いや、そうじゃない。リンとグリが言うように、ちょっとおかしい。
まず周りに他のゴブリンの気配がない。
単独?キングが?
それに私達は別に広場に出た後、別に姿を隠していないし、目の前に立っているから、こちらに気づいてもおかしくない。
けれど、なぜだろう。見られている感覚すらない。
まるで私達に気づいていないみたいに感じる。
「と、とにかく、ゴブリンキングは要注意だといわれている。全力でやるぞ。」
「わかった。」
「「はーい。」」
走りながら陣形を組む、イチを先頭に後ろを私が、そして左右にリンとグリが並ぶように走り、距離を一気に詰めていき。
「ちょっとまて!」
急にイチが止まって私はイチに激突しそうになってかろうじて止まった。
「なんだ!急に!」
「やっぱり様子が変だ。死んでるんじゃねぇのか?」
そういうとイチは木の方を指さす。
距離はもうあと20メートルほど。
姿はよく見えるけど、ゴブリンキングは微動だにていない。
「ほんとだ…うごかない。」
「でも、呼吸してるよ?」
グリがいうように肩が上下に動いているので呼吸はしている。
そして顔もこっちを向いているがまったく私達が見えていないように見える。
「イチ。」
私の声に反応して、イチが私達から離れて、ゴブリンキングを中心に半円を描くように移動した。
ゴブリンキングは動かない。
私はリンとグリを従えながらジリジリと距離を詰めた。
5メートルぐらいのところまできて、私達に気づいていないことを確信する。
様子がおかしい。
イチに合図をおくって背後を取る形で近づかせる。
いざというときの保険だ。
そして私は、腰にあった短刀を抜き、ゴブリンキングに投擲する。
狙うは肩。
短刀は、狙い通りあっさりと肩に命中した。
ゴブリンキングの肩に短刀が刺さり、血が流れ落ちる。
けれど、ゴブリンキングは全く反応せず、じっとしていた。
「どういうことだ?」
「わからない…。」
「なぁ、どうするんだ?」
「倒していいのかな?」
正直反応に困る。
倒すべき相手だけど、この状況は…。
イヤリングで兄様に連絡をとろうとするけど、反応はなかった。
距離が離れすぎてるということはないと思う。そう、距離なわけない。
きっと反応できないぐらい忙しい状況なんだろう。うん、そうだ。
「と、とりあえず、狩るか?」
「支配種の親玉だから狩るしかないだろ?」
「無抵抗だと調子狂うね…。」
確かに、調子は狂うけど、狩る対象なのは間違いない。
「とりあえず、倒そう。」
私の決定にイチ達もうなづく。
「あ、なんか変だし、一応記録石で記録しといたほうがいいんじゃないか?」
「リン兄ちゃんさっすが!」
「そういえば主様言ってたな。変なことあったらとりあえず記録しろって。」
私はリンが記録石で今の状況とゴブリンキングの状況を記録するのを待って、イチと同時に左右から攻撃をしかけた。ゴブリンキングの首が飛び、ゴロゴロと転がると、そのまま巨体は後ろに倒れこむ。
「…あっけないけど、これでいいんだよね?」
「ユリウス、イチ兄、おつかれ、記録終わるぞ。」
「リン、あっちで一度確認してから保管してくれ、無くすなよ。」
「はいよ。イチ兄。」
リンが私達から離れて記録石の映像を確認しにいった。
「この後は?」
「さっきからイヤリングに呼びかけても答えがないんだ。とりあえず主様のいる方に戻ろう。」
「…主様どっちにいるの?」
グリの素朴な疑問に答えられるものはこの場にはいなかった。
「ん?思ったより早いな。」
「どうかされたのですか?」
じっと丘の上から森の様子を見ていた黒いローブの男に後ろに控えていた同じく、黒いローブの女性が訪ねた。
「キングがやられた。」
「ゴブリンキングがですか!?」
「ああ、まさかこんなに早く見つかるとは。優秀な人材がいるらしい。まぁ見つけさえすれば倒すのは簡単だろうからね。護衛でもおいてくるんだったか。けっこうな距離をとっていたからむしろ単独の方が発見されずらいと思ったんだけどな。」
「ではこれまでで?」
「ああ、残念だがここまでだ。しかし思ったより有益な実験だった。トップの支配種だけでなく下位の支配種をまとめて制御することでより複雑な命令をくだせること。それにゴブリン程度でも彼ほどの実力者を十分追い詰めることができること。…悪くない成果だった。」
「5年かけたかいがありましたか?」
「そんなに経つっけ?…まぁだからこそ、これだけのゴブリンをシュイン帝国に知られずにそろえられたわけだけどね。」
「隠すために強化オークまで使いましたからね。」
「おいおい、あのオーク共は知能の欠如した欠陥品だよ?有効利用したといってほしいね。それにオーク達を追い立てたのは無能な馬鹿王子だよ?」
「すべて手の平の上での出来事ではないですか。」
「…いやいや、買い被りすぎだ。そう上手くはいってないさ…今回もね。」
そういうと黒いローブの男は振り返って腕を左右に広げた。
「ようこそ。まさか気づかれるとは思っていなかったな。後学のためになぜ気づいたか教えてもらえないだろうか?」
その様子を見て後ろに控えていた黒いローブの女も振り返り、自分たちに近づいていた数人をその目にとらえた。
そして無言で腰の剣を抜き、男をかばうように前に出る。
「状況から見て、敵ですね。大人しくすれば手荒なまねはしません。拘束されなさい。」
その言葉に黒いローブの女は腰を低くして臨戦態勢に入った。
目の前にいる描人族とハーフエルフ、鱗族、そしてこちらに声をかけてきた人族の女性を視界に入れながら、己が主の言葉を待った。
「ここで捕まるわけにはいかないな…。しかし困った。ここで君たちを排除してもいいが、それだと彼がさらに厄介になる可能性がある…。まったく、困ったものだ。だが、今回のゴブリン共のおかげで対策の目途は立ちそうだし…。」
黒いローブの男は顎に手をやり、ニヤリと笑った。
「なので、現状維持するためにも、君たちを殺さない程度に倒して逃げるとしよう。」
主の言葉を聞いた黒いローブの女が一気に距離を詰めるようにとびかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます