第107話 戦果の代償

 目覚めると目の前には赤い髪の女性がいた。


「あ、大丈夫ですか?もう手当ても終わるので。」


 そういうと赤髪のメイド長こと、珀は俺の左腕に包帯を巻いていた。

 ベッドに横になっている状態で気を失っていたらしい。

 たしかあの後、クインに連れられて本陣に移動して…そこから馬車でいつの間にかできていた俺の屋敷に連れられてきたんだった。

 そして、珀に手当てしてもらい始めた当たりから記憶があいまいになってきた。

 確か…そう、珀の触診を受けて…途中で…何かをかがされたような…。

 ダメだ。思い出せない。

 疲れていて眠ってしまったのだろうか?。


「珀、今は?」


「レイ様が運び込まれてからまだほとんど時間は経っていませんよ。」


「俺は眠っていたんじゃなくて気を失っていたのか?」


「いえ、背中を縫う必要があったので、薬……いえ、疲れていたんでしょう。ちょうど手当ても終わったところです。」


「…今何か薬っていわなかったか?」


「レイ様、クイン殿が外に。」


 珀とは反対側に音もなく立っていた翠が声をかけてきた。


「クインが?」


「はい、状況を整理された方がよろしいかと、入って頂きますよ?」


「…あぁ、頼む。」


 そういうと、翠は扉を開けてクインを呼び入れた。

 珀が水を入れてきますといって、クインと入れ替わりに退出する。


「主様!お怪我の具合は!?」


「大丈夫、それほど深い傷はなかった…はずだ。」


 そういって翠の方を見る。


「傷の数と出血は多かったのですが、小さな傷は魔法で癒しましたし、大きな傷も命に別状あるものでもありません。ただ、血を失い過ぎているので数日は大人しくしてほしいと姉が言っていました。」


 部屋を出て行ってしまった珀の代わりに翠が答えてくれた。


「クイン、それで状況は?」


「はい、とりあえず主様が手当てをしている間に集まった情報をお伝えします。まず全体的な話ですが、ゴブリン達の集団的な行動は無くなり、現在は1番隊を中心に、冒険者など集まった人員で順調に狩りを再会しています。目立ったけが人も報告にはありません。」


「結局あの集団行動はなんだったんだろうな…あきらかに俺が狙われてた気がするが…。」


「それに関してですが、ユリウスの班がゴブリンキングを発見し、倒しています。」


「ユリウスの班だけでか!?被害は?」


 ゴブリンキングは多くのゴブリンに守られ、更に単体としての能力にも優れているため、数人で相手にするには厳しいはずだ。

 ユリウスの班は4人だけ、まともにやりあえば全員がよくて大怪我だろう。


「全員無傷です。」


「無傷?無傷でゴブリンキングを倒したのか?」


「…はい。ただし少々気になることもあり、記録石に記録をとっているそうなので後ほど確認をお願いします。端的に言うと、ゴブリンキングの様子がおかしく、戦闘にすらならなかったとのことです。」


「…様子がおかしい?どういうことだ…?ユリウスは?」


「ユリウスは現在ライラ班の捜索に向かっているので、詳細は帰ってからにしてください。」


「捜索?」


「はい、通信が届かない範囲にいるようで、撤退命令が届いていないようなのです。なのでユリウスの班に呼びかけと捜索を依頼しました。報告はまだですが、匂いを追うのは得意ですからすぐに見つけて戻ってくるかと思います。」


「そうか。…あ、イリアの班は?俺とクインが抜けたらきついだろう…解散か?」


「いえ、1番隊と共同で狩りを続けるそうです。」


「そうか…。」


「残ったゴブリンを思えば万が一もないかと思います。」


「ジェネラルやコマンドはまだいる可能性があるだろう?」


「それなのですが、時系列的に、ユリウスの班がゴブリンキングを討伐した後に、支配種以外のゴブリン達が逃げ出し、支配種のゴブリンは皆その場に立ち尽くすという状況になっていました。」


「立ち尽くす?」


「はい、放心したかのように虚空を眺めて身動きをとらず、ただ立っているだけの状態です。」


「ゴブリンキングが死んだらそんなものなのか?」


「いえ…聞いた話ではゴブリンキングが死んでもジェネラルやコマンドは近くのゴブリンだけを従えて独自に動き出すのが常らしいです。支配しきれなかったゴブリン達は主を失った混乱から逃げ惑いますが、ゴブリンキングを倒した後は一部統率のとれたジェネラルやコマンドの集団を各個撃破する必要があると聞いています。」


「今回は違うと?」


「はい、少なくとも報告で上がっている限り、組織的な行動は見られず、逃げ惑うゴブリンしか確認されていません。また、ジェネラルやコマンドに関しても先ほどお伝えした通り、身じろぎ一つなく狩られるばかりだそうです。」


「…どういうことだ?」


「…わかりかねますが、ユリウス班の報告と記録石の情報を確認し、ゴブリンキングの遺体がある場所を調査する必要がありそうです。」


「遺体は?」


「既にユリウス班のリンに数名の警邏隊をつけて回収に向かわせています。気になるものはすべて回収するように伝えました。」


「リンを?」


「はい、奴は目がいいので小さな痕跡も見逃しません。」


「そうか…とりあえず、ウキエさんにも報告しないといけないな。」


「私がある程度は伝えておきますので、主様は少しお休みになられては?」


「もう手当ても済んだし、問題な「ダメです。」」


 起き上がろうとする俺の肩を翠が掴み、ベッドに押さえつけるように固定してくる。


「翠?もう手当ては済んだし、今後の対応も必要だからいつまでも寝ているわけには…。」


「今すぐできることも限られているように思いますが?」


 俺の弁明を無視するように、翠がクインに言葉を投げかけた。


「問題ない、少なくともユリウス達が戻るまでは進展もないだろう。」


 クインは翠の味方らしい。


「というわけなので、このままお休みください。」


「いや、しかし…。」


「お話はおわりましたか?はい、お水です。」


 ちょうど扉を開けて珀が入ってきた。

 手には盆にのった水差しとコップが見える。


「珀、手当てはしてもらったし、そろそろ動きたいんだけど…。」


「そうですねぇ…とりあえず、お水を飲んで、少し落ち着いてからでいいんじゃないですか?」


 ニコニコと笑顔の珀が水の入ったコップを差し出してきた。

 確かに、喉は乾いてる…。

 コップを受け取ると、一気にあおいで飲み干す。

 冷たい水が喉を抜ける感覚が気持ちいい。


「ふぅ…。」


「少しだけお休みください。傷がふさがるまで動くのはよくありません。」


 そういうと、珀は優しく布団をかけなおしてくれる。

 そして優しく、リズムをつけて手のひらで布団をトン、トンと叩く。

 だが、寝ている場合じゃない。

 今回のゴブリンのこと、さすがに自然発生にしては違和感がある。

 何かしらの手がかりをつかめないか調べる必要…が…。


 やらなければならないこと、知らなければならないことがたくさんある。

 別に眠気はない。

 だが、俺の意識はそこでふっとかき消えた。





 頭を優しく撫でられるような感覚で自然と目が覚めた。

 そっと目をあけると、頭にあった手の感触がふっと遠のく。

 ここは…ベッド?時間は…わからないけど、窓から見える外は真っ暗だ。

 間違いなく夜だろう…何日か経っているなんてことがないことを祈りながら目の前にいた翠に声をかける。


「翠、おはよう。」


「お、おはようございます。」


 あれ?珍しい、控えめだけど、翠が恥ずかしそうな顔をしている。

 顔は全く同じなのに、珀とは全然違う表情をするんだな…。


「どうしたんだ?いつもと違ってずいぶんかわいらしい反応を…。」


 いつもと違ってかわいい仕草をしている翠に思ったことをそのまま伝えると、翠の顔がさらに真っ赤になった。面白い。


 だが、次の瞬間、ぼーっとしていた頭が急にクリアになる。

 それと同時にベットから身体を起こした。


「翠!今何時だ?あれからどうなった!?」


「え!?…ええっと…はい、あれから数時間経っています。もう夜ですね。」


「何か問題は!?」


「すいません、私もずっとここにいたので…少々お待ちください。誰か呼んできます。」


 さっきまで真っ赤な顔をしていた翠がいつもの無表情に戻って部屋を出ていった。

 しばらくたって翠に連れられてウキエさんが入ってきた。


「お目覚めですか?身体の方は?」


「もう大丈夫です…不覚にも眠ってしまったようで、すいません。ゴブリン狩りの方はどうなりましたか?」


「それは…珀さんが「コホン。」」


 ウキエさんのセリフを翠が遮った。

 珍しい。


「どうした?翠。」


「いえ、なんでもありません。ウキエ殿、レイ様はゴブリン狩りの報告を早く聞きたいのではないでしょうか?」


 気のせいか、翠の様子が少しおかしいが、ゴブリン狩りのことの方が気になっていたのでウキエさんに続きを促した。


「…そうですね。簡単にいいますと大成功です。1番隊、警邏隊、募集で参加した方々に大きな怪我をしたものはなく、我々としても十分な成果を得ることができましたし、参加した方々も十分な報酬を受け取れたと思います。カシム殿やシド殿と話したのですが、同じ条件で明日も実施しようと思います。」


「…そうか、よかった…。そうだ、ユリウスの班がゴブリンキングと接触した件については聞いていますか?ユリウスも、もう帰ってきてますよね。確かライラさんの班を探しに行ったと聞きましたが。」


「はい、ユリウス殿の班は皆帰られています。ゴブリンキングの遺体や周辺の物品についてもリン殿をはじめとした回収班が回収済みです。しかしながら…。」


「何か問題が?」


「ライラ殿の班が全員怪我を負っています。現在、珀殿が中心で手当てをお願いしていますが…。」


「ライラさんの班が!?あの班はミアとララ、リザがいるはずじゃ…。」


「ララ殿だけ軽傷ですんでいますが、他は全員重症です。」


「…馬鹿な…。」


 居てもたってもいられず、ベッドから飛び起きて、ドアを蹴る破るように廊下に飛び出した。

 左右を見る。

 しまった…。

 そう思って部屋の中にいる翠を見る。


「ミアは2階の自室に。ライラ殿とリザ殿はその隣の空き部屋を使っているはずです。」


「ありがとう。」


 翠に礼を言うと、俺は右足の痛みも忘れて駆けだしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る