第102話 ゴブリン狩り 上

 南門から森に向かう道に天幕が張られており、周りには大勢の人が群がっていた。

 これから森にゴブリンを狩に行く傭兵団や冒険者の人達だ。

 俺は彼らの脇を抜けるように本部になっている森に一番近い天幕へ歩いていく。


 こちらに気づいた兵士、警邏達の兵士達が敬礼し、道を開けてくれた。

 ひと際大きな天幕にはすでにウキエさんやカシムさん、シドにイリアが詰めていた。


「予想以上に集まりました。」


 そういったのはウキエさん。

 募集をかけたのは昨日で、次の日には集合して狩りという即日のスケジュールにもかかわらず、多くの傭兵団や冒険者が集まったらしい。


「まぁ条件がいいしな。今は他に外の依頼もできねぇから余計集まったんじゃねーか?」


 カシムさんが言うこともわかる。ゴブリン狩りにしては条件はかなりいい。

 魔石の引き取り率がいい上に、食料や怪我の治療もしてもらえるというのは大きかったようだ。


「イスベリィ卿と、シルレーミ卿のところからも兵士が50名ずつ援軍として派遣されております。皆、練度も指揮も申し分ありませんな。」


 シドの言葉にひっかかるものがあった。

 イスベリィ卿は知ってる。娘さんのパーティに行ったこともあるし、スラム街でも世話になった。

 そういえば彼の領地は南門に近いから無関係ではない。

 …最近交流を持ち始めた貴族なので、少し打算があるようにも思えるが、正直助かる。

 けれど、シルレーミ卿とは誰だ?


「ウキエさん、シルレーミ卿って?」


「…イスベリィ卿の領地と南門を挟んで隣接している領地の貴族です。イスベリィ卿とも懇意で、今回もぜひ助力したいと。」


 南部貴族のことなのになぜ知らない?というような目で見てくるウキエさんから目をそらしながら、名前を頭に焼き付けた。

 昔から人の名前を覚えるのが苦手だという言い訳ができるわけもなく、次名前が出てきたときに、誰だっけ?ということを口にするわけにはいかないのだ。


 まぁ要するに2人とも南門付近に領地があるから他人事じゃないと助力してくれるということか、ありがたいことだ。


「その連携はシドに任せても?」


「お任せくだされ、これで当初の予定だった森の外の陣だけでなくテレス砦までの街道まで手を広げられます。」


 もともと警邏隊は希望者以外は森に入らず、森の外で待機してもらうつもりだった。

 もしゴブリン達が大群で押し寄せた場合、森の外まで逃げ、体制を立て直すために待機してもらおうと思っていたが、警邏隊の人数ではテレス砦までの街道はカバーしきれず、放置する計画にしていた。


 だが、100名の援軍がいれば、街道の安全も確保できる。

 森の中でゴブリンを狩る者達からすると、何かあったときに街道に逃げ込むという選択肢が増えるのは大きい。


「街道で分けてどちらかを1番隊と警邏隊の希望者を中心に、もう片方をうちと冒険者で分けようか。」


「了解した。けどよ。そっちって近衛隊と冒険者だけか?ちっと戦力的にきついんじゃねぇか?」


 カシムさんが心配そうな顔を向けてくる。

 集まった冒険者や傭兵団の数を考えると同等ぐらいに思えるが、質がわからない。

 さすがに戦闘経験者ではあるので大丈夫だとは思うけど。


「まぁ大丈夫でしょう。団長はいくつも切り札をもっているようですし。それより、1番隊に受け持ってもらうのは西側で範囲も広いのです。あまり分散しすぎないように注意してくださいね。」


 ウキエさんの目が怖い。

 ゴブリンの大群が攻めてきたときに使った俺の魔法について、昨日一日報告のために王城で拘束され、記録石をもっていなかったことや、俺自身が報告に来ていないことを酷く責められたらしい。

 …説明ならウキエさんだと思い行ってもらったけど、俺が直接行った方がよかったかもしれない。


 今回は俺もいくつか記録石を持たされている。

 何か見つけたり、珍しい魔法を使うときには記録するように念を押されて…。


「ところで、イリアも本当に参加するのか?まだ休んでいた方がいいのでは?」


「いえ…私はさして怪我などしていませんし、私と副隊長の2人は参加させて頂きます。」


 イリアの目はなぜかやる気に満ちていた。

 仕事熱心なことだ…。

 確かに3番隊の被害は痛いけれど、一昨日の戦果は十分だった。

 あれだけの魔物を訓練中の兵士だけで何とか食い止め、住民に被害を出さなかったのだから。

 けれど、本人は納得していないのか、今回の作戦にも参加することを表明してきた。さすがに部下は休ませたようだけど。


「じゃあ、1番隊はそっちで適当に班分けしてくれ。こっちは…ミア、ララ、リザ、それとライラさんで1つ目、ユリウスと3兄弟で2つ目、イリアのところは3名だっけ?ここにクインがはいって3つ目ってとこかな。警邏隊の希望者はシドの方で分けてくれる?」


「わかりました。」


「ちょっとお待ちください!」


 シドの了承の直後、クインが声を上げた。珍しい。


「どうした?」


「主様が組み込まれていませんが…本陣で待機という認識でよろしいですか?」


 その目はまっすぐに俺を見据えている。


「いや、俺は単独で入ろうかなと。」


「ダメです。」


「却下。」


 クインとライラさんがほぼ同時に否定した。


「近衛隊の意味をご存知ですか?」


 とは、ライラさん。


「いくら主様でも単独は危険です。どこかの班に同行してください。」


 とは、クイン。

 まぁ、正論かな。

 なんとなく、却下される気はしていたけれど、一応言ってみようかなと。

 だからウキエさん、そんな怖い目で見ないでほしい。


「じゃあ、クインのところに入ろう。それならいいかな?」


 ライラさんとウキエさんの方を見て確認する。

 2人がうなづいたのを確認して、それぞれ入る準備をするように告げた。

 正直、イリアのところが一番戦力的に不安だったから、単独行動でもすぐフォローできるように近くを先行しようと思っていたのでちょうどいい。


 後衛中心の班だからオレとクインが前衛をすれば戦力も安定する。だけど、イリアの副隊長2人はそう思わなかったらしい。

 イリアと共に戻ってきた俺とクインを見て、明らかに動揺していた。


 アラゴンは不必要に固くなり、トレアといったか、彼女は可哀そうなぐらいガチガチに緊張していた。


「というわけで、団長とクイン殿が私達と行動を共にすることになりました。おそらく先行することになるので気を引き締めてください。」


「はっ!」


「ひゃい!」


 ひゃい?…イリアに聞いたが、元冒険者らしい。

 そこまで緊張することはないと思うが…にしても、どこかで見た顔な気がする。

 …思い出せないが。

 なんとなくクインを見ると、彼もトレアを見て何か考えているようだった。

 なんとなく同じことを考えている気がするが、思い出せないんじゃないだろうか。

 あとで情報を共有したいなと思いながらも、俺たちはさっき決まったばかりである進行ルートの確認を班で行いだした。




 久しぶりに見た幼馴染はいつもと違う雰囲気だった。


 朝からシュルと一緒にお弁当を作って、ルメットやグレインと共に南門のところでトルンを待った。

 彼女は…いつもと違って、まるでデートに行くかのような恰好でやってきて、ちょっともめたけど、一応ちゃんとした装備も持ってきたようで、5人揃って募集に書いてあった門の外、森の近くに張られていた天幕に向かった。


 すでに天幕に何人もの冒険者らしき人や、傭兵団の人達、それに私達みたいに小遣い稼ぎが目的の上級生と思われる人達がいた。

 グレインが受付をしてくると天幕に向かい、残った私達が待っていると、周りが騒がしくなった。

 何かと思ってみんなで様子を見ると、青いローブをまとった人を先頭に、左腕にお揃いの青いプレートを付けた集団がこちらに向かってくるのが見えた。


 第四師団長と近衛隊。


 周りからの声で、よく見ると青いローブの背格好がアレイフと同じだと気づく。

 ローブに何か細工があるのか、顔は見えない。

 確か授業で、装備に特定の効果を施す術式があるっていってた。この場合、顔がわからないから認識阻害か何かだと思う。

 その足取りはしっかりしていて、普段見る少したよりなさげな雰囲気はない。本当にアレイフなのか疑いたくなるけど、後ろを歩く人たちに見覚えがあった。ライラさんやミア、ララ、それにこの前部屋にきたクインさんがいるから間違いないんだろう。


「すごい人気ね。」


 シュルが言う通り、周りからは歓声が上がっている。

 主に冒険者から。


「なんでも、一昨日攻めてきた1000匹以上のゴブリン共をたった数十分で追い払ったらしいぞ。」


 ルメットがアレイフ達の方を見ながら教えてくれた。


「1000匹!?さすがにそれは誇張しすぎじゃない?」


「よくわかんねぇが、そういう噂が広まっててな。どうやら門を守ってたやつや、物見台にいたやつらが発信源らしいぜ。まぁ尾びれ背びれはついてるだろうけどな。」


「そういえば避難命令が出てたらしいね。」


 ルメットとシュルの話に私も入った。

 昨日確か避難命令が一時的に出て、南門の近くの地区は大騒ぎになったと友人に聞いたから。


「眉唾だろ。どうせあいつらが流した噂じゃねぇのか?人気取りのために。」


 そういいながら、グレインが帰ってきた。

 心なしか不機嫌だ。


「あれ?トルン?」


 シュルが何かに気づいたように私の後ろを見る。

 後ろにはトルンがいたはずだけど、そういえばさっきから静か…。


「…だめよトルン、我慢しないと…今行ったら迷惑…けどクイン様…あとでいくらでも…けれど3日ぶり…ダメ、重い女と思われる…けどカッコいい……。」


 焦点のあっていない目をクインに向けながら病的につぶやく彼女がそこにいた。

 普段の彼女は冷静沈着。元冒険者ということもあって、私達のチームの司令塔といってもいい。

 だけど、今の彼女は、危ない人にしか見えない…。

 そう、決して触れてはいけない部類の危ない人…。

 私達は無言で、見なかったことにし、帰ってきたグレインから今回の依頼の詳細を聞くことにした。





 深い深い森の中。

 その中にポツンとある平原。

 中心にある大きな木以外何もない開けた空間に、数々のゴブリン達がきれいに整列していた。


 大きな木の前には一人の黒いローブをまとった男。そしてその傍らには同じく黒いローブをまとった女が立っている。


「さて、そろそろ切り上げるか。ここまでの実験はまぁ成功かな。」


 そういうと男は大きな木の傍に立つ、他とは明らかに違う魔物を見る。

 大きさは人の背の倍ほど、しかしながらその見た目は巨大なゴブリン。普通のゴブリンより大きな角がいくつもあり、牙も大きい。

 しかしながら、醜悪な姿をさらす巨大なゴブリンは、大きな木に寄りかかるように座りこみ、虚空を見上げている。

 呼吸はしているようだが、目に焦点がなく、口からは舌がダラりと垂れ下がっており、手足は無造作に投げ出されていた。


「よろしいので?」


 女が控えめに問う。


「かまわないさ。当初の実験目的は達成できたし、ついでの方は失敗したけどね。もう少し細かく指示を出せたらよかったんだけど、やっぱりジェネラルやコマンダーみたいな支配種は全部とりこまないとダメなのかもしれない。」


「少々手間ですね。」


「まぁ、この戦いでわかるよ。帰りがてらきちんと実験の成果を確認させてもらおう。もうすぐ来るんだろう?」


「はい、奴らゴブリン狩りという形で募集もかけていましたし、そろそろ動く頃かと。」


「なら、実験結果を高みの見物といこうか。」


「はい。」


 男の後を女がついていく。

 その方向は森の中、開けた場所にいるゴブリン達は微動だにせず、熟練の兵士のようにぴしっと並んでおり、2人を気にするものはいなかった。


 やがて、ぼおっと虚空を眺めていた巨大なゴブリンが虚ろな目のまま、小さく咆哮を上げた。

 すると隊列を組んでいたゴブリン達が規則正しく森の中に消えていく。


 少し距離をあけたら聞こえないほどの咆哮を確かに聞き取った黒ローブの男は、ニヤリと口元をほころばせた。


「さぁ、記録をはじめましょう。」


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