第101話 死闘の後に

 第四師団、三番隊としての私の初陣は散々だった。

 もともと訓練中に偶然見つけた魔物の軍勢。

 見つけられたのも幸運だったし、門で食い止めようとしたことも間違いだったとは思っていない。

 住民に被害をだすことを防ぐことはできた。

 けれど、私の部隊は大きな打撃を受けてしまった。

 死人も出たし、けが人もかなり…。

 アラゴンが指揮していた部隊はそれほど大きな打撃をうけなかったけど、私が指揮した地上の部隊はほぼ全員が最低でも軽症。

 無傷の者なんていないし、ほとんどがボロボロだ。

 私もトレアが来てくれなきゃもっと怪我をしたいただろう。

 彼女は私の身代わりに肩に怪我を負った。


 アラゴンが指揮する部隊についていって、実践は経験済みだったけれど、軍を率いて指揮をするということの難しさを実感した。

 自分の作戦がうまくいったときの喜びと油断、失敗に気づいた時の焦りと不安。

 そしてすぐさま別の対応を取れなかった自分への後悔と憤り。


 団長や周りの人たちは「よく耐えた!」、「よくやった!」と言ってくれたけれど、私は納得していないし、満足なんてできない。


 これは負け戦だ。


 団長と近衛隊が先行してきてくれなければ間違いなくもっと死人は増えていたし、もしかすると壊滅して避難中の住民に被害をだすことになっていたかもしれない。


 私は自分に自信があった。

 弓の腕はもちろん、軍略や計略、実務経験が足りていないのはわかっていたけど、それを補えば師団長の右腕といわれる程度の力は持っていると自分を評価していた。


 それがしょっぱなからこの大失敗。

 想定外だからって、そんな言い訳は許されない。


 私は自分の部下の命を散らしたのだから。


 彼らに少しでも報いるためにも、もっと、もっと、もっとだ。

 もっと優秀な人材になってやる。

 私にはそれができる。


 父が言っていた言葉、「生きていれば負けを取り戻すことはできる。時には部下を見捨てる覚悟も必要。」その言葉はきっと軍師として、将としては正しいのかもしれない。

 けれど、私は納得いかない。


 私は、父の言葉を否定するように両頬を叩いた。

 そんな私を見て、アラゴンとトレアが目を丸くする。


「反省会をしましょう。同じような状況に陥ったとき、もっとよく動けるように。参加できる人には全員出てもらいましょうか。正直な意見を聞かせてもらいましょう。」


 私の言葉に、2人はそれぞれ違った反応を示した。





 いったんはゴブリン達の脅威を退けたものの、被害は甚大だ。

 まずは3番隊。

 まだ訓練中だったけど、けが人が多すぎてしばらくは機能しなさそうだ。

 死人もでたのできちんと隊葬してやらないといけない。


 あとから来た警邏隊に南門周辺の捜索をさせ、ゴブリン種が隠れていないかの捜索と、門の外でアルトリウスが切り倒した死骸を見分を始めている。

 見たが限りでも100体以上が森に引き返していった。

 もともと森にどれだけいたのかはわからないが、異常な数なのは間違いない。

 駆け付けたウキエさんと、外にはった天幕の中で打ち合わせをして、明後日にも討伐隊を編成して森に送り込むことになった。

 もちろん俺や近衛隊も参加するが、警邏隊が中心になるため、傭兵団や冒険者からも人員を募集することになった。

 他の師団から借りることも検討したが、そっちはウキエさんに止められた。

 第四師団としてはもうきちんと機能しているのだから、あまり他に借りを作りすぎるのもよくないらしい。

 そうでなくても第三師団には借りだらけだから、今回はうちだけで処理することにした。


「あの、ところで城壁の上にいた兵士達からの報告なんですが…なんでも7人の騎馬が敵を打ち取ったとい報告があがっていますが…誰のことですか?中には勝鬨を上げたあとに騎士達が消えていったというものもいるんですが…。」


 うん、その報告は正確だ。

 城壁の上からならよく見えただろうな…。

 そして疑問に思うのも無理はない。消えたというところを省いても、唯一の騎馬部隊である1番隊は今ここにおらず、該当する人物がいないんだから。


「それは…なんというか…。」


 俺は事情をウキエさんに話すことにした。

 隠しても仕方ないし、そもそも近くにいた近衛は俺が呼び出すところを見てる。

 中には門の方を見ていた3番隊の兵士もいるだろう。


 きちんと説明したが、ウキエさんは難しい顔をしていた。


「…召喚魔法のようなものでしょうか?見たことはありませんし、私は使えませんが、そういった類の魔術が儀式魔術にもあると聞きます。」


 あるんだ。そういう魔法。

 俺が読んだ本には書かれてなかったけど、儀式魔法を得意とするウキエさんも見たことないというからレアな魔法なのかもしれない。


「エルフの人たちが得意とする儀式魔法らしいですよ。…さて、王城への報告をどうしたものか。」


 確かに、そのまま報告したら物議を起こしそうだ。

 ちょうどその時、腕を組んで悩むウキエさんと俺のところに、兵士が走ってきた。


「報告です!1番隊が今到着しました!」


「1番隊?」


「無事だったんですね…。」


 ウキエさんと俺はほっとしながらも状況を確認するため、天幕をでると、ちょうどカシムさんが馬に乗ったままこちらに進んできた。


「おいおい、なんだこの魔物の死骸は…。てっきりお出迎えかとおもったが、そうじゃねぇらしいな。」


「ずいぶんと早かったですね。そちらは魔物に遭遇しませんでしたか?」


 1番隊の到着は予定よりかなり早い。確か明日の昼に到着予定だったはずだ。


「ああ、行きも帰りもかなり前倒せたからな。最近は魔物の襲撃ありきで予定組んでるから、遭遇しないと早く着くんだよ。見る限りすごい数だな…。ゴブリンキングか?」


「それはまだ…。今死骸を探してるのではっきりするかと思いますが、とりあえず、隊舎の方へ。また後で顔を出してもらえますか?」


 ウキエさんがカシムさんに隊舎へ戻ることを進めた。

 長い護衛任務だったし、ずっと馬上なのも疲れているだろうから俺も同意見だ。


「わかった。へばってるやつなんていねぇが、お言葉に甘えるとするわ。どうせ明日か明後日には残党狩りがいるんだろ?」


 カシムさんの言葉に俺とウキエさんが笑みを浮かべる。

 ここで1番隊の参戦は大きい。

 今でこそ騎兵部隊だが、元傭兵団なので、魔物狩りの集団行動も得意なはずだ。

 たぶん、討伐任務には参加してもらうことになるだろう。


 カシムさんを帰して、ウキエさんと共に追加の報告を待った。

 結果、ゴブリンジェネラルとコマンダー各1体ずつの死骸を確認したらしい。

 運良くテレス砦の方に魔物はいかなかったようなので、支配種はもしかすると今回の戦いで打ち取ったかもしれないが、どちらにしても、ゴブリンの数が多いと行商人だけでなく、近くの河原や森で野草などをとるものや、場外で暮らしている者たちが安心できない。

 数日以内にゴブリン狩りをする必要がある。




「なぁ、これ今日の朝張り出されたんだけどよ。こっちに行かねぇか?」


「どれどれ?」


 何か紙を持ってきたグレインにシュルとルメットがそれを覗き込む。

 学園のテラスで私達は明日の相談をしていた。

 もともと場外にあるアント系の魔物を倒して素材をとってくる冒険者用の依頼を受けようと思っていたけれど、昨日何か南門であったらしく、場外の依頼はすべて延期措置が取られている。

 なんでも、ゴブリンが大量に出現して襲い掛かってきたらしい。

 私は知らないけど、なんでも支配種とかいう種類のゴブリンがいるらしく危険だからだそうだ。


「ゴブリンの討伐依頼か…。お、国軍からの依頼っていうか募集じゃねーか。」


「おぉ!条件いいわね。食事や治療も面倒見てくれるっていうし、何よりこの報酬いいわ。」


 シュルとルメットがノリ気だ。

 私とトルンもグレインの持ってきた紙を見せてもらう。

 確かに、シュルがいうように、条件はかなりいい。

 訓練の一環として、もともと冒険者のトルンに連れられて、小遣い稼ぎにやってた依頼だけど、かなり条件がよかった。

 ゴブリンなら何度かみんなで狩りにいったこともあるし。


「国軍もいるならそんな危険度もないだろうしな。」


 ルメットはノリノリだ。

 最近シュルにプレゼントをねだられて金欠らしい。


「そーれーに。ここみて。」


 シュルが指さすところを見る。


「あんた達はぜひ参加したいんじゃないの?」


 シュルが指さしたのはある1文。

 代表、アレイフ・シンサと書かれていた。

 その瞬間トルンが動いた。


「ぜひ行きましょう!朝一で!ああ、お弁当を作らないと…。ごめん、買い物に行ってくるね。」


 そういうとトルンは駆けだしていってしまった。

 まだ最後の授業があるのに、どうするつもりだろう…。というかお弁当?食べ物は支給してくれるとかいてるけど。


「イレーゼ、あんたはお弁当作らなくていいの?」


 シュルが私をからかってくる。

 気のせいかグレインが不機嫌そうに鼻を鳴らした気がしたけど、どうしたんだろう?


「いや、私は別に…。」


「まぁ、とりあえず、明日の予定は決まりだな。今日張り出されて明日ってのが急だが、しばらく門の外には出れないし、けっこう多いかもしれねぇな。参加者。まぁ他にすることねぇし、いいんじゃないか。」


「よっし、決まりだな。じゃあ俺とルメットで手続きしてくるわ。受けることを言っとかねぇといけねぇし。俺らはもう授業ないからな。」


 ルメット言葉にグレインが嬉しそうに紙をしまった。


「じゃあ、よろしく。」


 私とシュルは2人を見送って、教室へ向かっていく。


「ねぇ、イレーゼ、あれっきり会ってないの?ほら、家にきたときから。」


「うん、忙しそうだし、最近までまた南の町にいってたらしいし。」


「ふーん…久々の再会ね。」


「でも、仕事中だし、そもそも来るかわからないし。」


「お弁当ぐらい作っていったら?」


「渡す機会ないでしょう?」


「トルンについていったらいいわ。ほら、あの子のことだからニオイで愛しのクイン様を見つけ出すって。」


 シュルが冗談っぽくいうけど、なぜだろう、トルンならできそうな気がする。


「んー。」


「それにどうせ全員で食べる分を今まで作ってたんだし、同じノリで少し多めに作ればいいじゃん。用意してくれる食べ物も何かわからないしさ。」


「…それもそうね。」


「渡せなかっても、グレインが喜んで食べるわよ。」


「…なんでグレイン?」


「…報われないわね。」


 そういってシュルはため息をついた。

 どういうことだろう?

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