第100話 不敗の王

 青いロープがはためいて、私はそれを必死に追いかける。

 ピッタリとくっつくように走るのはミアとララ、私はライラの隣をクインと共に走る。

 後ろからはユリウスと三兄弟、皆走るのに必死だ。それぐらい早い。

 魔法で強化されてるから、速度を出すのは簡単。

 けれど、感覚はそう簡単になれない。

 すぐにつまづきそうになるし、あっという間に景色が変わるからほんとに大変。

 …あ、ユリウスがつまづいて看板に激突した。

 けれど、誰も歩みを止めない。

 …匂いでついてこれるよね。


 南門に近づくにつれて人が多くなってくる。

 大通りは先ぶれで開けられてるけど、周りで座り込む人たちが増えてきた。

 その表情はみんな暗い。

 けれど、私達。いや違う。

 私の前を走る青いローブを見て顔がほころんでいくのがわかる。

 安堵感?期待感?

 私達はまだ1体も魔物を倒してないのに、町の人たちはなぜあんなに嬉しそうにしているんだろう。

 段々と声も聞こえてくる。


 ―第四師団が来た!

 ー近衛隊だ!ってことは師団長!?ならもう安心だ!

 ー頼む!早く片付けてくれ!


 後を走る私にもその声援は聞こえてくる。

 くすぐったい。

 私は亞人。それもミアやララ、クインとは違って忌避されることが多い燐族だ。

 見た目は人にちかいけれど、首筋や手首の冷たいうろこが嫌われる理由。

 けれど、今は違う。みんなが私に向ける視線も嫌なものじゃない。


 おっと、こけそうになったのを何とか槍の柄で支えて体制を立て直す。

 危ない…集中しないと私もユリウスみたいに恥ずかしいことに…。

 いつのまにか追い付いてきていたユリウスが今度は行き過ぎて人ごみに突っ込みそうになっていた。

 ほんとに危ない子。


 走っていると身体がポカポカと暖かくなる。

 この感覚は知ってる。

 レイが魔法を使ったんだ。

 続いて身体がさらに軽くなった。

 戦場が近いのかな。

 いつもの補助魔法。けれど安心する。

 この魔法に守られているから私は普段以上の力が出せる。

 見かけによらず強力な補助魔法。

 これがないと私はすでに何度も致命傷を負っていたと思う。

 でも、いつかこんな魔法がなくてもレイに認められるほど強くなりたい。

 毎日欠かさず槍を振って、ミアやクイン、ユリウスと模擬線をしている。

 ただ強く。

 兄がいつもいっていた。


 私達の一族はただひたすらに強者にあこがれる武人の一族。

 私は兄のようにあまり魔法が得意じゃない。

 だから特に槍をうまく使えるようにならなくちゃいけない。


 目標だった兄はいない。

 だけど力になりたい人は目の前を走ってる。

 別にレイのようになりたいわけじゃない。けれど認められたい。

 私は燐族、武人の一族。

 私の矛がレイの最強の矛と言われるように。

 それが私の目標だ。


「停止!」


 レイの指示で私達は足を止める。

 ユリウスも追いついてきた。


「乱戦になってるな…。」


「3つに分かれているようですね…。本陣は門の正面でしょう。」


「ミアとララ、左の部隊を救援に!もう崩れてるから退却を手伝ってやってくれ。ライラさんはクイン達を連れて右の部隊を!城壁の上に上る階段がすぐ横にあるから何とか持ちこたえてほしい!俺とリザで中央を押し込む!」


 レイの指示でみんな一斉に動き出した。

 私も青いローブを追いかけるように移動を開始する。


「リザ、背中を任せる。」


「…はい。」


 私は密かに狂喜した。

 このセリフは聞きなれた言葉、けれど今まで自分に投げかけられたことはない。

 いつもその対象はミアかララ。

 だから、私はいま三番目に認められた矛だということだ。

 負けられない。

 この仕事をきっちりこなして、すぐに一番の矛になって見せる!


 私は気合を入れなおすと、風の魔法で魔物を蹂躙していくレイの後を追った。

 まだ右手の固定が取れてからそんなにたってないのに、大丈夫なんだろうか?

 私は背後から、側面から近づく敵を葬り去る。

 戦い方はわかってる。いつもミアやララを見てたから。

 彼女達はレイに背中を預けていた。

 だから私も同じように前からくる敵は無視して後ろから襲い掛かってくる魔物だけを中止する。


 振り向きざまに、魔物を切り裂いた。

 今のはたぶんゴブリンランサーとソルジャーだ。

 横なぎの槍で切り裂けるなんて、レイの補助魔法は本当にすごい。


 いつのまにか乱戦になってた味方よりも前に出てしまっていた。

 私の後方にたぶん、3番隊だったっけ?その鎧が見える。

 死人も見えるし、けが人も多そうだ。


 レイはどんどん進んでいく。

 私も遅れないように後を追う。後方に注意しながら。

 息が上がってきた。

 魔法で攻撃力や防御力が上がっても、体力は上がらない。

 もっと鍛えないとダメかも。

 槍のキレも鈍くなってきたのが分かる。

 私は薙ぐのをやめて突く動作に切り変えた。

 振り回すより突く方が疲れないから。

 ちょっと多数を相手にするのは大変だけど、そんなに数も多くなくなってきたし。


 どんどん、レイは進んでいき、ついに門のところまでたどり着いた。

 一気に守りやすくなる。

 だって、左右に気を配る必要がなくなるから。


 後ろだけに気を付けるけど、こっちに襲い掛かってくるやつはあまりいない。

 逃げ惑うやつが来る程度で、それも確実に突き殺す。


「鼬風!」


 レイが門の外に向かって魔法を打ち始めた。

 あの魔法は知ってる。確か段々範囲を広げて相手を切り裂く魔法だ。

 あまり大きなダメージはないけど、ゴブリン程度の魔物なら即死だろう。


 私が門の内側を守護していると、レイはそこからもいくつか魔法を放って外の敵を攻撃している。

 これ以上は進まないのだろうか?

 私はレイの気配に注意しながらも向かってくる魔物を突き殺す。

 っと、火の玉が飛んできた。

 魔法で守護されてなかったら大やけどだったかもしれない。

 これが私達の強み。レイと共に戦えば低級な魔法は一切効果がない。片手で払える。


「退却おわったにゃ。」


「内側の掃討は時間の問題なの。ライラが攻勢にでてるの。」


 ミアとララがレイと私の傍にやってきた。

 あの乱戦の中で、ほとんど怪我をしていない。魔法の補助があるとはいえ、さすが…。


「ミア、ララ、リザ…は大丈夫か?三人で門の前後を守ってくれるか?詠唱に入る。」


「あちしが前にゃ!」


「私は両方のサポートをするの。」


「後ろで。」


 悔しいけど仕方ない。

 ミアとララは息も切らしていない。けれど私はもう肩で息をしてる。

 同じかそれ以上の運動量のはずなのに、本当に化け物じみてる。この二人は。

 これが終わったら私ももっと体力づくりを頑張ろう。


 ミアの方は激戦だろうけど、私の方はそうでもない。

 すでに門の内部は勝利が確定している。

 警邏隊も到着したようで、見る見る魔物の数も減っていくし、混乱しているのか向かってくる魔物も少ない。

 これならララのサポートはいらないかもしれない。

 注意深く周りを見渡しながら、息を整える。

 すると、レイの詠唱が聞こえてきた。

 私でもわかるぐらい、大きな魔力が背中の方でうごめいている。

 どんな魔法を使おうとしているのか興味はあるけど振り向いたらダメ。

 私の役目は敵を通さないこと。

 まだ終わっていない。最強の矛と言われるように、まずは確実に命令をこなす必要がある。





 俺は身体に魔力が満ちてくるのを感じていくつもの魔法陣を展開する。

 かつては万全の状態でも呼び出せるかどうかわからない程度の魔力しかなかったけど、アウラに反転した術式を解除してもらってからは魔力がどんどん伸びている。

 聞いた話だと、20歳までが一番魔力の伸びのいい時期らしい。

 それを聞いてから魔力を伸ばすための瞑想や精神統一の時間を睡眠時間を削っても作るようにしている。

 …まぁ、この前みたいに徹夜作業でそれどころじゃないこともあるけど…。


 これならいける。

 俺は初めて使う風属性の至高ともいえる術式に少し興奮していた。

 前はアウラの前で苦しまぎれに使おうとして無理やり止められたっけ。それも口を無理矢理塞がれて。


 …だめだ、雑念が。


 俺はもう一度頭の中で魔法陣を組みなおし、術式を完成させていく。

 あとは言霊を唱えて魔法を発動させるだけ。

 この先に進むと周りに気を配れなくなる。


 普通は安全なところで唱える呪文なんだろうけど、今は大丈夫、ミアとララ、リザがいる。

 俺は安心して言霊を声に出して唱える。


「我、古の契約に基づき、古き風の使徒を呼び起こさん。来たれ英霊!我が名の元に。」


 目の前の魔法陣が輝きを増す。


「民のために奮い立ち、最後の時まで剣を振いし勇敢なる英霊よ!我が声を聞き、再びその姿を顕現せん!我は呼ぶ。汝が名を」


 頭に浮かぶは馬にまたがり、大きな剣をもった英霊。


「勝利を約束されし者、不敗の騎士王、アルトリウス!」


 言霊の完成と共に、膨大な魔力が身体から抜けていくのを感じた。

 そして目の前の魔法陣が焼失し、あとには大きな黒い馬に乗った偉丈夫の姿がある。

 全身を装飾一つない無骨な鋼色の甲冑で包み、大きな剣を手に持っている。

 赤いマントをはためかせる姿は歴戦の騎士そのものだった。


「うにゃ!?」


「誰!?」


「!?」


 突然現れた騎士にミアやララ、リザが驚きの声を上げる。

 俺が魔法を唱えていたのはわかっていたが、まさか人が現れるとはおもっていなかったんだろう。

 …正直言うと俺も驚いている。

 こんなにはっきりと実態があるなんて。


「敵は?」


 騎士が低いハスキーな声を上げる。

 …ていうかしゃべった!?


 驚いてフィーの方を見ると、その表情はとても嬉しげだった。

 心なしか目が潤んでいるような気がする。


「あの魔物が敵か?」


 俺が黙っていたからか、騎士が再び問いかけてきた。

 真っ黒な馬も鼻息荒く、後ろ脚でせわしなく土をかいていた。


「え、ええ、あれが敵です。お願いできますか?」


「うむ…かしこまる必要はなし、ただ蹴散らせと命じればよい。我は精霊の記憶の中にある残滓にすぎん。」


 騎士が馬上からこちらに顔を向けた。

 その目は雄々しく、俺を威圧するのに十分だった。


「…若いな。だが呼び出したのであれば、役目を果たせっ!」


 騎士に言われて俺は命令を下す。


「あ、アルトリウス!魔物を蹴散らせっ!」


「御意。……それでよいのだ。」


 その言葉を残して、アルトリウスが馬を前に進める。

 魔物を切り倒しながら敵陣に切り込んでいく。


 だけどあのままじゃ多勢に無勢だ…。魔物達の攻撃が集中していく。

 ゴブリンマージがいるんだろう。火の魔法がいくつもアルトリウスに向かって飛んでいく。

 だが、その魔法は彼には当たらなかった。

 大きな水の魔法障壁が彼を守った。

 …と同時に俺の魔力がさらにごっそり減るのを感じた。

 見ると、アルトリウスの後ろには付き従うように走る6人の騎士が現れていた。

 鎧はバラバラ、しかし一糸乱れぬ動きでアルトリウスを中心に陣形を組んだ。

 左右に1人ずつ、後ろの4人が並んでかけていく。


 今度は水の魔法が飛んでくる。

 すると後方を走る4人の1人が何かを詠唱し、大きな火の盾が現れる。

 盾はアルトリウスを含む7人を守護し、再び彼らは前進する。

 風の刃も土の槍も同じように弾かれた。


 そしてゴブリンランサーだろう。槍の攻撃に対して左右2人の騎士が前に出た。

 一人が大きな楯で槍をはじき、もう一人が双剣でとどめを刺していく。

 アルトリウス達7人は速度を一切落とさず前進する。

 魔法防御に特化した4人と盾と剣に特化した2人。

 アルトリウスを守る6人の騎士。


 騎士王アルトリウス


 その名は誰もが知る英雄譚の主人公だ。

 もちろん俺も知っている。

 だから半信半疑だった。風の魔法で彼と同じ名前の偉人を呼び出せると知った時、同じ名前の別人かともおもったけど、フィーに話を聞く限り本人に間違いなさそうだった。

 それでも英雄譚なんて美化されているもの、だからどんな人物が出てきてもがっかりしてしまいそうな予感がしていた。

 だが、違う。


 英雄譚は美化されてなんていない。少なくとも戦いにおいては唯々、事実のみが書かれていたようだ。


 アルトリウスは敵陣深く切り込みながら、剣を大きく上に掲げた。


「我に栄光を!」


 その言葉から彼の魔力が手に、いや剣に集中していくのがわかる。


「約束されし、勝利の剣!」


 彼はただ、光輝く剣を横なぎに振るった。

 たったそれだけの動作で、彼の前方にいた魔物達は上下真っ二つになり、動きを止める。


 たった一撃。


 たったそれだけで見える範囲にいた100体以上の魔物が絶命した。


 あそこは敵の中核。

 魔物の大将がいるとしたらあのあたりだろうと思っていたところも例外なく真っ二つの死骸だけになっている。

 残った魔物達は皆一度動きを止めたかと思うと、一目散に逃げはじめた。

 聞いたことがある。支配種の魔物が死んだ場合の動きだ。

 たった一撃で、いるはずの魔物の大将もろとも葬り去ったということだろう。


 アルトリウスは馬を止め、こちらを振り向き剣を掲げた。

 勝利を示すかのような動作に城壁の上から見ていたのだろうか、兵士たちの勝鬨が聞こえる。


 彼に付き従う6人も大きくそれぞれの得物を掲げ、勝鬨をあげた。


「え、終わり!?」


「倒したにゃ?」


「逃げてくの。」


 さすがに驚いた。ある程度敵を食い止めるか、斥候を潰すぐらいの働きしか期待していなかったのに、まさか敵将を数分で打ち取ってしまうなんて。

 そして彼らの姿は徐々に溶けるように薄くなっていく。

 俺から受け取った魔力がなくなったんだろう。

 顕現してから時間にしてたった数十分。

 そんな短い時間で最大の戦果をあげた騎士王は満足そうに消えていった。


 後には多くの魔物の死骸だけが残った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る