第103話 ゴブリン狩り 中
「では、国軍が先行しますので、皆さんは少しあとから東部の森に入って下さい。怪我の治療などは森の外に控えている兵士に助けを求めてください。また、街道にも我々が布陣していますので、近い方に離脱をお願いします。魔石の引換えもこの本陣で行いますので、必ず本日中に持ち込んでください。明日以降になると国軍では買い取れませんので通常の魔石買い取り業者に言っていただくことになります。」
後ろの方から聞こえるウキエさんの演説を聞きながら、先行部隊となる俺たちは森に入った。
耳につけたイヤリングから、「俺達も行く。何かあれば連絡する。」とカシムさんの声が聞こえた。
うちの班は前衛に俺とクイン、中衛にトレア、後衛がアラゴンとイリアという、少し変わった陣形で森の中を進む。
まだ森の浅い部分だからか、魔物はおろか動物の1匹も見かけない。
昔、ミアやララと来ていた頃ならすでに魔物の1匹ぐらいとは遭遇していてもおかしくない気がするけど、大勢の人間の気配に逃げてしまったんだろうか?
念のため、周囲に探知魔法をかけたけれど、やっぱり魔物どころか生き物すらいない。
ゴブリンが大量に逃げ帰ったせいで、魔物はおろか、生き物も森の奥に引きこもってしまっているんだろうか?
「あの、団長?」
近くに魔物がいないことはわかっていつつも、警戒しながら歩いていると、後ろからイリアが声をかけてきた。
「どうした?」
「さすがに、団長が前衛というのは…まずくありませんか?」
「?」
振り向いて首をかしげる俺に、イリアが続ける。
「いえ、前衛というのは一番危険な位置かと。」
イリアと俺の間にいるトレアもコクコクとうなづいている。
「けど、クインだけだとバランスが悪いし、中衛は1人で十分だろう?」
「そうなんですが…なんというか、団長は普通後ろの方で指揮をとるものかと。」
またもやトレアがコクコクとうなづいている。
「まぁ細かいことは気にしなくていいさ。それにしても…妙だな。」
「はい、魔物どころか動物の気配もありません。」
俺の言葉にクインも言葉を重ねる。
「確かに、不気味なぐらいなにもありませんね。」
トレアも眉をひそめた。
「ゴブリン共が逃げる際に追い立てられたのではありませんかな?」
「アラゴン殿のいう可能性も十分ありますが、直後というわけではなく1日はたっています。なのにこれは…。もしまだ支配種がいるのであれば、罠という可能性も。」
クインがいつもにましてキョロキョロしている。
「確かに、クイン殿の意見も最もですな。まだ支配種が残っている可能性も捨てきれません。警戒を強めた方がいいかもしれませんな。」
アラゴンの言葉に俺達は警戒をさらに強める必要を感じる。
だが、まさにその瞬間だった。
俺の顔を矢がかすめたのは。
当たらなかったのはたぶん運がよかっただけ。
俺は矢が頬をかすめるまで全く動けてなかった。
「なっ!」
「主様!」
一番早く動いたのはクインだった。俺の方へ走り寄ろうとして、矢に邪魔される。
矢の飛んできた方向を見ると、他にもいくつか矢が飛んできていた。
…間に合うか?
「風毛!」
飛んできた矢の大半をはじきながら、気配すら感じなかった撃ち手を探す。
…いない?…いや、違う。地面!?
目を凝らすと20メートルほど先の地面から小さな弓とゴブリンの顔が見えた。
どうやら敵は感知を逃れるために地面に穴を掘り、そこで気配を消して待ち構えていたらしい。
ご丁寧にきちんと蓋までつくって。
支配種がいることはもう間違いない。
地面に意識が向いた瞬間、あることに気づく。
よく見るとこのあたりの地面も色の違う部分が多い。
まるで、最近掘り返したかのように…。
木々や草でわかりにくいが、これは…。
「地面だ!色の違う部分に気を付けろ!」
そう声を上げた瞬間、何か低い鳴き声のような声が聞こえ、地面から槍を持ったゴブリンランサーが飛び出してきた。
風毛を発動して槍をへし折り、そのまま風爪で切り殺す。
あっさり絶命するゴブリンランサーの陰からさらにゴブリンソルジャーが襲い掛かってきた。
「なっ!」
驚きながらも剣で受け止め、魔法で切り倒した。
「主様!」
クインの声に後ろを向くと今度はゴブリンアサシンが小さなナイフでこちらに特攻してきているところだった。
そしてその後ろからはゴブリンアサシンごと焼き払う勢いの火球が迫っている。
ギリギリでアサシンのナイフを受け止め、風毛を発動。
ゴブリンアサシンごと火球を薙ぎ払う。
攻撃が常に二段階。
まるで俺の風毛の弱点を知っているかのような攻撃だ。
風毛は瞬間的な完全防御魔法。
発動すれば、触れるものは刃物であろうと魔法であろうとすべて薙ぎ払う。
それでも無理に直進しようとすれば削り取られるほどの強力な流れる風の防壁。
けれど、発動してから数秒しか最大出力は保てず、そのあとは数秒のクールタイムが必要になる魔法だ。
つまり、間髪入れずに攻撃を受けたり、長時間の永続的な魔法攻撃の防御には向かない。
普通、物理攻撃でこのスキをつかれることはほとんどないと思っていたが、さっきのゴブリン共の連携はきれいに俺の魔法の継ぎ目を狙っているように見えた。
もしゴブリンアサシンの攻撃を風毛で受けていたら、そのあとの火球は直撃を受けていたかもしれない。
襲い掛かってきたのがボブゴブリンならその巨体で後ろにあった火球に気づかなかったかもしれない。
偶然…なんだろうけど、かなり嫌なタイミングだった。
周りを見渡すと、地面からどんどんゴブリン共が顔を出して襲い掛かってくる。
…数が多い…いや、待て…。
全員俺の方に向かってきていないか?
一番早くつっこんできたゴブリンソルジャーの剣を剣で受け、もろとも突いてくるゴブリンランサーを逆にゴブリンソルジャーともども風爪で真っ二つにした。
そして少しクイン達から距離をとる。
「主様!?」
「団長!?」
俺の行動にクインやイリアの驚いた声が聞こえたが、予想通りだった。
ゴブリン達はクイン達に背を向けて俺の方に突っ込んでくる。
明らかに俺一人を狙っている。
「援護を!」
俺の方へ走り出し、後ろをがら空きにしているゴブリン達にアラゴンが矢を放った。
刺さったゴブリンは悲鳴を上げて倒れたが、他のゴブリンは振り向きもせずに俺に迫ってくる。
完全に狙いは俺らしい。
少し危険だが、こちらの被害を最小限に抑えるにはちょうどいい。
俺は左肩と右足に刺さった矢を確認し、引き抜いた。
ギリギリ魔法の発動前に刺さったもので、本来なら矢羽にあたる部分、矢の後ろの部分は俺の魔法で削りとられている。
そのおかげで矢じりがそれほど深くは刺さらなかった。
「イリア!クイン!支配種を探して撃て!俺は適当に逃げ回る!他の部隊にも伝えるから連携しろっ!」
「なっ!主様!」
「団長自ら囮になるつもりですかっ!?いけません!」
クインとイリアの予想通りの反応を聞きながらも、ゴブリン達の相手に集中する。
連携がうまく、気を抜くと傷を増やされそうだ。
俺はさらにクインやイリア達と距離を取るべく、森の奥…ではなく、いざとなったら挟撃できるよう、1番隊がいる方向、街道の方へ移動を始めた。
「ライラ、どうしたにゃ?」
「さっきから何を見てるの?」
前衛のミアと後衛のララがじっと一点を見つめるライラに声をかけた。
ミアと同じ前衛のリザもライラの方を見ている。
「…おかしいとは思わない?」
「にゃにが?」
「確かに、魔物どころか、動物もいないの。」
「…静かすぎる?」
「ええ、いくらゴブリン共が通った後とはいえ、こんなに奥まできてまったく生き物に遭遇しないのはおかしい。」
「それはまぁ、そうだにゃ。けど、いにゃいもんはしかたにゃいにゃ。」
「そういうことをいってるんじゃないの。ミアは楽観的過ぎるの。」
「ライラとララはちょっと難しく考えすぎにゃ。いいじゃにゃいか。安全第一にゃ。」
お気楽なミアにララがつっかかる。
リザはそんな2人の様子を見ているだけで、特に口出しはせず黙っていた。
「そういうことじゃなくて、これはやはり支配種がいる可能性が高いなと。下手をするとキングがいるかもしれない。」
「それはいいにゃ!あちしがバシっと倒して一番手柄にゃ!」
「ゴブリンキングを甘く見すぎなの。連携して責めないとまずいの。」
ララのいうとおり、ゴブリンキングの存在を確認した場合、速やかに団長に報告することになっていた。
「それで、何を見ていたの?」
リザの言葉にライラがすっと指をさした。
「さっきからあの丘…というか山の中腹かな、あのあたりでキラキラと何かが…。」
ライラの差す方を3人が見るとちょうど、キラっと何かが光った。
「ほら、またっ!」
「にゃんだ?」
「確かに光ったの。」
「…見えなかった。」
ミアとララは見えたようだが、リザは見逃したらしく少しシュンとしている。
「さっきからってずっとなの?」
「にゃにかあるのかにゃ?」
「正直わからないけど、何か気になる。それに…あの地形なら、この森を見渡せるな…と。」
「…支配種があそこに?」
リザの目が細まる。
「そうとは言い切れないが、可能性がないこともない。たぶん、あの場所なら私達が一番近い…。」
「行ってみるにゃ?」
「けっこう距離があるの。」
「一度連絡しておく。ちょっとまってて。」
ライラが耳にしたイヤリングのボタンを押して何か話し出した。
「…はい、では向かいます。…ええ、では。」
ライラが通信を終えると、3人は黙ってライラの方を見ていた。
「確認してきてほしいそうよ。距離があるから、しばらく通信できなくなるから急いで確認にいって戻ってきましょう。交戦はなるべく避けるようにって。なので我々はこれからあの山を目指します。」
「おうにゃ!」
「わかったの。」
「…了解。」
3人が返事をするのを確認してからライラは進路を大きく変更する。
「アレイフの方はどうにゃ?」
「あちらも魔物どころか動物すら何もでてこないらしい。ちなみにカシム隊長の方も、ユリウスの方もね。」
「ゴブリンども、ビビッて森を突っ切って逃げたんじゃにゃいか?」
「魔物はともかく動物までいないのはおかしいの。」
「さすがに暇だにゃ~。」
「…油断。」
「ミアの悪いくせなの。気を抜いたらだめなの。」
ミアが頭に手を組んで気を緩めるとリザとララが注意する。
ライラが苦笑しながら指揮をとり進んでいく。
こうして、近衛隊最強のチームは魔具で通信できる範囲から離脱していった。
その数分後、アレイフから全体にゴブリン達が組織立って行動していること、確実に支配種がまだいることが連絡されたが、ライラ達にその通信が届くことはなかった。
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