第88話 後継者との対面

「王都の外に出るのはいつぶりでしょうか。それも今回向かうのは今となっては未開の地ですよね?ワクワクします。」


 馬車から外を眺めて嬉しそうにしているトリッシュ王女、なぜそんなに外にでるのが嬉しいんだろう...王都に比べてどんどん不便な未開の地に近づいていくだけだというのに。


「殿下は楽しそうですね。私は少し緊張していますよ。魔国...いえ、ローレンス帝国でしたか、そちらの方々と話すのは未知ですからね。」


 同じ馬車に乗るヘイミング卿は王女の様子に苦笑いしている。


「らしくありませんわね。お父様。」


「そうかい?私は小心者だからね。」


「よく言います。あら、アレイフ様?私の顔に何かついていますか?」


 そういってこちらを覗き込むように見てきたのはイリア嬢だ...なぜか朝、馬車に乗り込んだら中にいた。


「いえ、そういうわけでは...なぜイリア様が?」


「私がいては何か不都合が?私はお父様の補佐兼護衛です。」


「いえ、不都合なんてありませんが、少し驚いただけです。」


 ああ、それでそんな戦闘服みたいな服装なのか。しかも弓矢もきっちりもっているし。

 馬車の護衛はうちの一番隊と近衛隊がしっかりと守っているので出番はないと思うけど。


「そういえば、イリアさんはもう学園を卒業なのですよね?やはり第三師団に?」


「まだ正直迷っています。私は特待生ですのである程度進路の自由はきくので...第三師団のつもりでしたが、弓兵の募集がないので、文官にしようか、迷っているんです。」


 トリッシュ王女の問いかけに、イリア嬢が答える。

 特待生は優遇されるらしい。

 だが、なぜこちらを横目で見るんだろう?


「そうなのですか?」


 王女がヘイミング卿の方を見る。


「はい、うちは直接戦場に出ることが少ないので、あまり決まった兵種で募集をかけることはしないのです。兵種としては歩兵で募集ということになります。」


「第二師団なども今年は騎兵と歩兵しか募集していません...そういえば第四師団はまだ募集を出していないのでは?」


 イリア嬢の矛先がこちらに向く。


「そうですね...ちょうど出陣と重なって遅くなりましたが、ウキエに言ってきたので、明日にも要望が出ると思います。」


「そうなんですね。ちなみに、募集兵種は?」


 なぜかイリア嬢の目が輝いた気がした...。なんとなく、嫌な予感がして誤魔化すことにする。


「第四師団はどの兵種も募集しますよ。圧倒的に足りませんから。」


「あれ?それでも兵種は何か選択するはずだよね?何を選択したんだい?」


 ニコっとしながらヘイミング卿が逃げ場を固めてきた。

 このタイミング、この会話の流れで...。

 まさか、すでに情報が漏れているのか?だとすると近衛かウキエを疑うことになるが...。


「...弓兵です。」


「あぁ、そうなのかい?そういえば第四師団には弓兵の部隊がないね。これから設立を?」


「ええ...まぁ、参謀の強い要請もあって来年度に設置予定です。」


「ということは、隊長なども決まっていないのですか?どうやって決めるおつもりで?」


 イリア嬢も興味津々で会話に入ってきた。


「一応、警邏隊の中にも過去に弓兵を希望した者がいるので、隊内でも弓兵の募集をした上で、実力と適正を判断して決めようかと...。」


「そうですか...まだ決まっていないのですね?」


 イリア嬢がニヤリと笑う...この笑い方は本当にヘイミング卿にそっくりだ。

 そう、悪巧みを成功させたときの笑み。


「なんというか、アレイフは交渉なんかが下手そうね。外堀から埋められるタイプだわ。」


 トリッシュ王女がそういって笑っている。

 いや、笑えないから...いくらヘイミング卿の娘さんでも隊長に抜擢する気はない。

 うちは実力主義なのだから。

 それに...別師団長の娘さんが他の師団に入るのはたぶんあまりよろしくない。

 周りから見れば、強固な関係を示唆するはずだ。


「うちは実力主義です。肩書きや過去の成績だけではなれませんよ?」


「実力があれば、成れるということだね。なるほど。」


 一応牽制したつもりが、ヘイミング卿が更に笑顔になった。

 何か失言しただろうか...?


 こういう調子でテレス砦につくまで、終始翻弄されていた気がする。

 この三人と話していると、自分の交渉術がどれだけ未熟か思い知らされる...。





 テレス砦ではランドルフとガレスが迎えてくれた。


「お早いお帰りで。」


「おつかれさん。」


 一応、王女とかもいるからちゃんとしてほしかったが、まぁ本人も笑ってるからいいか。


「さっそくだけど、相手側に交渉の席を...ん?」


 馬車から降りて2人に声をかけたが、その後ろに見覚えのある人物がいた。


「何故ここに?」


「私?伝令役。」


 そこにいたのはローレンス帝国の...確かスウというアウレリア殿下の側近だ。

 なるほど、都度行き来きするのではなく、答えが出るまでこっちに常駐していたのか。

 ...そんな馬鹿な。


「どうしたの?そちらは?」


 降りてきた3人を代表して、トリッシュ王女が聞いてきた。

 さて、なんと言おうか。...いや、隠しても仕方がないか。


「こちらは...ローレンス帝国の...第六王女、アウレリア様の側近の方ですね。」


「スウという。話し方が拙い、無礼を許して欲しい。」


「い...いえ、こちらこそ...私はシュイン帝国、第二王女のトリッシュといいます。」


 さすがの王女も驚いているようだ。

 まさかこちらを攻めている真っ只中の相手国の側近がテレス砦にいるとは誰も思わない。

 ...俺も予想外だった。


「えっと...とりあえず、アウレリア殿下に着いたことを伝えてもらえますか?あと、こちらとしては国としてもお話がしたいので、少し紹介したい人もいると。」


「わかった。早速呼んでくる。」


 そういうとスウはすぐに退席してしまった。

 ...呼んでくるっていわなかったか?いや、まさか...さすがに敵陣に大将を呼んできたりはしないか。


「ランドルフ...。」


「いいたいことはわかりますが、この砦には我々の部隊しかいません。停戦中なので居座っても問題ないと言われれば、仕方ありませんでした。」


「そうか...。」


「大将、それよりもちょっといいかい?」


「ん?」


 ガレスが前に出る。

 こういう場で話しかけてくるのは珍しい。


「嬢ちゃんのことなんだが...どうなるんだ?」


「嬢ちゃん?」


「ああ、クレアの嬢ちゃんだ。」


「知り合いだったのか?」


「ああ...一応前の師団長の娘さんだからな。」


「状況は?」


「どうなんだろうな...自暴自棄というか、落ち込んでる。あと、逃亡でよっぽど怖い目にあったんだろう。誰かに背後を取られるのを酷く怯えちまってるよ。」


「では、私も彼女に伝えることがありますので、まずは全員でそちらに行きましょうか。」


 トリッシュ王女が前に出た。

 伝えることというが、ウサマイン・エンドックのことだろう。


 俺が頷くと、ランドルフとガレスさんが前を歩き、先導してくれる。

 道すがらランドルフが教えてくれたが、逃げ帰った兵は20名足らずで、クレアも森を抜けたところでガレスさんに保護されたらしい。

 命に別状はないものの、少し心を病んでいるのではないかということだった。


 ノックをし、部屋に入ると、そこにはベットに座ったままぼーっとこちらを見る女性がいた。

 俺は初対面のはずだが、俺の顔を見た瞬間に睨みつけてきたのであちらは知っているのだろう。


「第四師団長が...わざわざ私を笑いに来たのですか?」


「...。」


 いきなり敵意を向けられたが、俺が何かしただろうか?

 事前にヘイミング卿から聞いていたが、本当に俺が第四師団を継いだことが気に食わないのかもしれない。

 完全な逆恨みな気がするが...まぁ仕方がない。


「クレア・フィードベルトさんで間違いないですか?」


 微妙な空気を察してくれたのか、トリッシュ王女が前に出てくれた。


「ト...トリッシュ殿下!いったいなぜ!」


 驚いてベットから飛び降りようとする彼女をトリッシュ王女が止める。


「そのまま聞いてください。現在の状況をお話します。」


 王女が話したのは、簡単に言うとウサマイン・エンドックの失脚。

 今回の件に関して、ウサマイン・エンドックがすべての罪を背負った形になる。彼自身は家督を息子に譲り、隠居することになったらしい。

 戦う必要のない相手に戦争を仕掛け、大敗。挙句に敗走に伴って相手に攻め上られるという最悪の結果に終わったことに関して、クレア本人には懲罰こそないが、しばらく軍部とは距離を置くようにとの指示があった。これで彼女が軍部でのし上がる道はほぼ途絶えたと言ってもいい。


「私は...ただ...父上のように。なぜ、そいつなのだ!?カシムもガレスもなぜそいつに付き従う!?父の意思を継いでいるのは私だ!私が継ぐのだ!」


 こちらに向かって激昂するクレア。

 かける言葉は見つからない...。俺が何をいっても無駄な気がする。


「本当に意志を継ぐ気があるなら、肩書きなどに何の意味があるのですか?エンドック卿にのせられたこともあるでしょうが、必要な戦いだったかどうかはあなたが判断すべきでした。仮にも大将だったのですから。少なくとも、トルマ氏ならリントヘイムで正確な状況を知れば、停戦中の相手を攻めるのではなく、リントヘイムの復興に尽力したことでしょう。それこそ、武功よりも民のことを考えたはずです。あなたがしたことは、トルマ氏の意思を継いだ行動と言えるのですか?」


「...それは...。」


 ヘイミング卿の言葉に、下を向き、呆然とするクレア。

 俺は最後まで何も声をかけることができなかった...。

 クレアを含め、撤退した兵は会談の後に王都へと送り返されることになる。

 それから彼女がどうするのか、怒鳴られただけなのであまりいい印象はもっていないが、いつか和解できればと思う。

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