第87話 黒幕の失脚
王城の会議室に当たる部屋にはそうそうたるメンバーが顔を揃えていた。
国王をはじめとして、外務大臣、財務大臣、宰相、そして第一から第三の師団長、そしてウサマイン・エンドック。
重苦しい雰囲気の中で、最後のメンバーであるウキエ・サワと第四師団長、アレイフ・シンサが到着したことが知らされた。
ウキエ・サワとアレイフ・シンサが部屋に入ると、何人かがその姿を見て眉をひそめた。
「ずいぶんと派手にやられたらしいな。」
そう声をかけたのは第一師団長、ネロ・クライムだ。
それもそのはず、アレイフの姿は右腕を骨折しており、身体にもいくつも包帯が見え、いつもの青いローブではなく、簡易な貴族服だった。
顔色もあまりよくないので、体調が悪いのは一目でわかる。
「ええ、見事にやられました。」
そういって笑ったアレイフを見て、ネロはかすかに笑った。
何か思うところがあったのだろうか?
「すまないな。その状態でも来てもらわなければならなかった。状況はすでに伝わっているな?」
「はい。」
宰相の言葉にアレイフとウキエが残った席に着く。
「では、まずは現状の確認ですが、現在、魔国...いえ、ローレンス帝国は...。」
「すいません。追加の情報がテレス砦より届いておりますので、説明させて頂いても?」
ウキエが手を挙げて宰相の言葉を遮った。
宰相は特に嫌な顔をせず、無言でウキエに譲る。
「先ほど謁見の間で話した内容は全員把握しておりますか?」
「先ほど説明した。」
ウキエの前置きに、宰相が答えた。
「では、続いてテレス砦にいる第四師団から伝令があがってきています。それによると、現在、既にエスリーの砦も落ち、クレア様の軍はほぼ壊滅、なんとかクレア様と数十名の兵士がテレス砦の第四師団にて保護されました。ローレンス帝国軍はテレス砦前方に陣を構え、停戦での約定通り、師団長との交渉を望んでいます。内容は...クレア様方の引き渡し、または第四師団の後退です。」
「すでにテレス砦まで...それに1000名以上いた兵士がたったの数十名しか生き残らなかったというのか...。」
宰相が頭を抱えた。
「交渉の望んでいるのか?」
続いてイスプール・ヘイミングが声を出す。
「はい。停戦の条約の中に、『揉め事が発生した場合はお互いの代表が話し合いで解決する。』という条文があり、それに該当すると...。」
「今回のこれがもめ事扱いなのか?」
声を出したのは第二師団長、のキリアナ・ワイトカルネだ。
「話によると、停戦して戦う必要のなかった相手をつっついた上に、無様に敗退し、攻め上られたと聞いたが?」
「ど、どちらにせよ戦う必要はあったはずだ!」
キリアナ・ワイトカルネに答えたのはウサマイン・エンドック、しかしその声は小さい。
「そうだとしても、今ではなかった。少なくとも第四師団の準備が万全に整った上で共闘すべきではなかったのか?報告では第四師団をテレス砦まで下げた上で戦闘を開始したということだが?」
「......。」
ネロ・クライムが言い放つと、ウサマイン・エンドックも下を向いて黙り込んでしまった。
「相手としてはあくまで第四師団との停戦は続いている認識の様です。ただ、現在第四師団がテレス砦に居るため、攻められず、交渉するか大将、クレア様を差し出せと言ってきている模様です。」
静かになったので、最初の質問に答えるため、ウキエが続けた。
「敵の大将を倒すまで進行はやめんということか、返答の猶予期間は?」
ここで初めて国王が発言した。
「5日間。すでに1日は伝令で使っているのであと4日です。」
「短いな...。今、集まってもらったのは、この問題をどうするかだ。現在我が軍は侵略を受けた状態となっている。理由はどうあれだ。これに徹底抗戦の構えで挑むか、交渉の道を歩むか、意見を聞きたい。」
王の言葉に外務大臣が反応した。
「今まで魔国...いえ、ローレンス帝国でしたな。そちらとの交渉は例がありません。しかしながら、話を聞く限り交渉の余地はあるのではないかと考えます。少なくともあちらは話すつもりがあるようですし。もし、これをきっかけに関係を持てるのであれば、他国に大きな差をつけられるかもしれません。」
「話せる相手か?」
国王の言葉はアレイフ・シンサに向いている。
この中で、直接話した経験があるのはアレイフ・シンサだけだ。
「はい。普通に話せる相手です。」
「相手の国力や規模はわかりませんか?」
外務大臣は交渉という方向で進めたいらしい。
「残念ながらそこまでは...しかしながら、いくつかある国の中でもローレンス帝国は上位に入るといっていました。本当かどうかまではわかりませんが、小さな規模ではないと思います。」
「私からもよろしいですかな?」
財務大臣が手を上げる。
彼は宰相がうなづくのを見てから発言した。
「現在、戦争を行うにも税収前です。ここで大きな戦争をしかければ財政状況がかなり悪化します。それに相手の規模が分からない以上、例えリントヘイムまで攻め勝ったとしてもそこから長い戦争となる可能性の方が大きいのではないでしょうか?」
「それはありますな。まずどこに国があるのかすらわからなければ交渉すらできません。戦争するならどちらかが滅びるまでとなるでしょう。」
財務大臣に外務大臣も追従した。
「森での戦闘ではこちらの利は全くない。」
「そもそも、北部と西部はまだ紛争が続いている。他に手を出している暇はないでしょう。」
ネロ・クライムとキリアナ・ワイトカルネも同意した。
多数決でいうとほぼ意見が決まった状態で、焦ったように手を挙げたのはウサマイン・エンドックだ。
「お待ちください!私に兵をお貸しください。今度こそ敵を打ち破りましょうぞ!」
「...話を聞いていなかったのか?」
宰相が冷たく言い放つ。
「しかしながら、敵軍には魔国の王女がいるのでしょう!?それを捕えれば、いくらでも有利な交渉が!」
「危険な賭けですね。」
イスプール・ヘイミングも冷たく言い放つ。
「そもそも、どれだけの兵力で挑むつもりですか?」
「ま、まだ私兵が300はおります。そこに第四師団の兵力をすべてお貸頂ければっ!」
「話になりません。なぜ第四師団長がいるのに、あなたに指揮をとらせる必要があるのですか?」
イスプール・ヘイミングのいうことは最もだった。
ウサマイン・エンドックは単に今回の責任を払拭するほどの手柄が欲しいだけ。自分の地位を守りたいだけなのは誰が見ても明白だった。
わざとらしい溜息をつき、イスプール・ヘイミングが言葉をつづける。
「愚策です。まず、1000の部隊が全滅したにも関わらず、それを下回る軍で勝算があるとは思えません。さらに、その捕らえるという王女はシンサ卿に単独で打ち勝つ人物。並の兵では束になっても捕まえることなどできないでしょう。殺すよりも捕まえることの方が難しいことぐらいはお解りですよね?」
「それは...ならば他の師団からも兵を...。」
「聞くに堪えん。」
「愚かな。」
他の師団長からも冷たい言葉が飛び交う。
それを聞いて、下を向き、言葉をなくしてしまうウサマイン・エンドック。
彼が黙ったのを見て、国王が結論を出した。
「シンサ卿、その怪我をした状態ですまんが交渉に行ってもらえるか。」
「それは後退か引き渡し以外の条件を何か引き出せということですか?」
「そうなるな。できれば我が国としても友好な関係を築けたらと思っておる。相手が何を欲しがっているかわからんが、軍とではなく、国としても交渉できるように足がかりをつくっておきたい。」
「わかりました...なら、ある程度権限をもった方に同行してもらえませんか?」
「それもそうか...外務大臣はどうか?」
「私はかまいませんが、相手の情報が何もない状態で私ではあまり意味がないかと、相手も王女ですしこちらも権限をもった王女様を派遣されてはいかがでしょうか?」
「それもそうか、ではトリッシュに権限を与えていかせよう。ヘイミング卿、お主も同行してもらえんか?」
「承りました。」
「では、明日の朝に使節団として出そう。間に合うか?」
国王がウキエの方を見る。
「なんとか間に合うかと。一応先駆けとして相手側にも知らせておきましょう。それならば、万が一何かあって遅れても少しぐらいは待ってくれるでしょう。」
「分かった。では頼む。他に何かあるものは?」
場が静まり帰った。
「ではこれにて会議を終わる。皆、持ち場に戻ってくれ。...エンドック卿。そちには話がある。宰相と共に残れ。」
「はっ...。」
国王と宰相、そしてウサマイン・エンドック以外が退出していく。
おそらくこの後、話されるのは責任の取り方だろう。
多くの兵を失い、他国との戦争の引き金になった責は大きい。
野心はあったものの、古くからのシュイン帝国に仕えていた重鎮と呼ばれていた男は、今は只、小さく項垂れるだけだった。
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