第82話 戦いの火蓋
リントヘイムの元領主の屋敷。
以前、ローレンス帝国の王女と会談した場所につめているのはクレア・フィードベルトとカム・テイル、そしてランドルフとガレスだ。
「では、停戦したからここを警備しているだけで、魔軍が築いた目の前の砦に攻め込むつもりはないと?」
「はい、第四師団はあちらのローレンス帝国軍と停戦しました。この知らせは王都にも送っていたはずです。」
「ランドルフ、といいましたか。目の前の敵を排除しなくて何が国軍です?私達に助力するのに何の問題があるのですか?」
「ですから、何度も申し上げている通り、第四師団は師団長の決定で駐留しています。勝手に戦争を仕掛けることはできません。」
「その第四師団長殿は怪我をして王都に逃げ帰ったと聞いていますが?」
「では、あなたは正式に国王より第四師団の指揮権を渡されたということですか?であれば、委任状をお見せ頂きたい。」
「それは...。」
「第四師団は師団長の命令で動きます。」
「指揮できるものがいないから私が指揮をとるといっているのです。」
「第四師団長の命令はここでの待機。指揮権が移譲されていない以上、従うことはできません。」
「クレア様、いいではないですか。第四師団の残党など、こんな連中の力を借りずとも、我々だけでも十分打倒できるでしょう。」
「しかし、それでは...。」
「必ずしも共闘する必要もありますまい。そちらは二番隊、二番手とわずかな兵しか残っていないのです。数も200に届きません。必要ないでしょう。」
カム・テイルがガレスの方を見て馬鹿にしたような表情を作る。
「あぁ?うちが二番手だと?」
「ガレス隊長。」
「ちっ!」
つっかかろうとしたガレスをランドルフが静止した。
「では、我々だけでやりましょう。明日の朝、砦を落とします。相手の情報はこちらに渡してもらいますよ?」
「はい、大丈夫です。こちらが見た限りの情報はすべて渡しましょう。」
ランドルフが予め用意していた書類の束をクレアに渡す。
クレアがその書類に目を通し始めると、カム・テイルが前に出た。
「勝手に停戦したのをいいことに戦わないのだ、ここに居ても仕方があるまい。エスリーの...いやテレス砦まで下がってもらおうか。」
「先ほども言いました通り、我らの任務は...。」
「しかし、戦わぬのにいても仕方ないだろう?まさかこの場にいるだけで共闘したとでもいいたいのか?これは、これは...さすが二番手だ。」
「てめぇ...。」
「ガレス隊長!...わかりました。それでは正式に我らに後方へ下がる指示をした旨を書類に記載ください。我らも命令がありますので、何もなく引き下がれません。」
殴りかかろうとしたガレスをランドルフが止める。
カム・テイルの挑発が続き、そろそろガレスも限界と見て、ランドルフが妥協案を出した。
「いいだろう。クレア様?」
「...ええ、わかりました。私とカムの連名で書きましょう。」
「ではすぐに出立の準備をします。行きましょう。ガレス隊長。」
「...ちっ!」
カム・テイルはランドルフとガレスが出ていくのを見送り、資料を読みふけるクレアに目をやる。
「クレア様?」
「カム、ここに書いてある報告では相手はオークではなく、竜人族となっていますが...。」
「竜人族ですか?数は?」
「確認できたのは300程度と。推定でも500程度ではないかと書かれています。」
「それであれば問題ありません。オークも竜人族も所詮は魔国の者です。大した差はありません。」
「そうですか、では予定通り、明日の朝に開戦します。王都に伝令を送っておいてください。」
クレア達との会談を終えて、ランドルフとガレスが速足で第四師団が駐留している場所に移動している。
「おい!いいのかよ。ここを明け渡した上に、停戦中に攻め込むっていってやがるぞ!」
「仕方ありません。あちらは何としても手柄が欲しいのでしょう。」
「でもよ、停戦しておいてこれじゃあ、不意打ちじゃねーか。」
「我々の軍同士での停戦です。国や他の軍は関係ありません。」
「屁理屈に聞こえるが...。」
「問題ありません。それに筋は通しました。それよりも撤退準備を急ぎましょう。早朝にはテレス砦に向けて出立します。」
「そんな急ぐのか?」
「...敗走に追いつかれるとやっかいですからね。」
「敗走だと?どういう意味だ。」
ランドルフはがチラリとガレスの方を見る。
「あの方々とはお知合いですか?」
「あぁ...前の第四師団長とのつながりでな。嬢ちゃんもあの副官もよく覚えてるぜ。」
「能力は?前第四師団長に匹敵しますか?」
「俺が知る限りそれはねぇな。あのカム・テイルってやつは元副官だが、実際に指揮を執ってたのはせいぜい100人ぐらいのはずだ。自信家だが、能力が伴わないって周りからよく言われてたぜ。それに嬢ちゃんも実践経験なんてなかったはずだ。これが初陣じゃねぇか?」
「そうですか、ではやはり出発を早めましょう。太陽が出る前に出立します。」
ランドルフはそれ以上、ガレスを無視して兵士達に指示を出し始めた。
答えがないとあきらめたガレスも自分の部隊に指示をだす。
食後のお茶を楽しみながら、本を読んでいたアウレリアの許に、トッカスが走り込んでくる。
「何を慌てているのですか?」
「いつも慌ただしい。だから走りトカゲ、いわれる。」
少し目をひそめるアウレリアに対して、後ろに待機していたスウはトッカスを睨んでいた。
「姫様、急ぎの用が!...スウ、貴様今何といった?」
「何も?」
「悪口は片言を言い訳にできんぞ?」
急ぎで来たといいながら、アウレリアをそっちのけでスウに食って掛かるトッカス。
いつものことながら、頭に血が上りやすいリザードマンの性質だ。
アウレリアがため息をつきながら仲裁する。
「トッカス、急ぎの用ではなかったのですか?」
「そうでした...スウ後で覚えていろよ。停戦した第四師団から使者がきました。それでこのような内容の伝言を。」
トッカスが差し出した紙を手に取り、アウレリアが目を通す。
『明朝、第四師団は全軍でテレス砦まで後退する。我らは停戦を破らない。
司令官代理 ランドルフ・スレイスレ』
紙をテーブルに置き、目を閉じるように何かを考えるアウレリア。
「スウ、テレス砦とはどこでしたか?」
「ええと...。」
アウレリアの問いかけに、スウが手元から地図を出して確認した。
停戦の会談時にした情報交換で得た地図だ。
「2つ後ろ。森の先にある砦です。」
「そう。...トッカス、戦争の準備をなさい。明日の朝には攻めてきますよ。」
アウレリアの言葉にトッカスとスウが驚きの表情を浮かべた。
「姫!いくら人族とはいえ、さすがに停戦を結んだ直後ですよ!」
「その手紙、破らないって書いてる。」
2人の疑問をそのままに、立ち上がったアウレリアが、伸びをする。
「分からないのですか?あちらは停戦を破る気はありません。むしろ筋を通してくれています。」
「では誰が攻めてくると!?」
「何もないなら、停戦を破らないなんてわざわざ使者を立ててまで相手に伝えることではありません。もちろん、停戦を破るつもりなら何も言わずに攻めればいいのです。ではこのような一見よくわからない伝言を伝えた意味はなんなのか...わかりますか?」
「「......。」」
スウとトッカスが首をひねる。
「...しばらく、私がここを離れるわけにはいかないようですね。あちらは筋を通してくれているのに、こちらが気づかずに誤解を生む可能性がありそうです。」
「面目次第も...。」
「精進する。」
トッカスとスウが頭を下げる。
アウレリアは2人の様子をみて微笑を浮かべた。
「彼らはこういっているのです。明日の朝、うちの軍がそちらに攻め込む。我々は停戦の約束通り参加しない。テレス砦まで下がるので、そこまでは攻め上ってくれても大丈夫だ。と。」
「なんと!?」
トッカスが驚きの表情を浮かべた。
「なぜそんなことが分かるです?この手紙、書いてない。」
スウが不思議そうに手紙を見た。
「簡単なことです。このような手紙をよこすこと自体、こちらが誤解するようなことが起こるということ。誤解とは停戦の破棄、ようするにシュイン帝国がこの砦を攻めるということです。その証拠に彼らは全軍でテレスまで後退するとあります。リントヘイムを空にするわけにはいかないはずなので、すでにリントヘイムには別の部隊がいるということでしょう。」
「な...なるほど。しかし、本格戦闘となれば今の兵力では...援軍の要請をいたしますか?」
「必要ないでしょう。わざわざテレス砦までと書かれているのはそこまで我々が攻め上ってくると思っているからです。彼らは我々の方が優位だと考えているのでしょう。」
「なるほど、しかしながらこれ自体が罠という可能性は?」
「それを言うときりがありませんが、それはないでしょう。手紙で混乱させることを狙うより何もせず奇襲をかける方が効果的です。」
「たしかに...。では攻め上るので?」
「彼らは筋を通してこちらに情報を提供してくれた。何か思惑があるのかもしれませんが、ここは乗っかりましょう。どちらにしても一度、シュイン帝国と力関係をハッキリさせておいても損はないはずです。これから付き合うにせよ。敵対するにせよ。」
「了解しました。では防衛線の準備にかかります。」
「防衛後、すぐに野戦に移れるように軍隊を分けましょうか。」
「軍を2つに?」
「私が攻撃側の指揮をとりましょう。二人ともまだ怪我がなおっていないでしょう?追撃もするから後ろからゆっくりついてらっしゃい。」
「御意。」
普通に考えて大将が前衛というのは危険極まりないが、自分とスウのけがを考えれば仕方がない。そう考えたトッカスが去っていくのを見て、アウレリアは顔に笑みを浮かべる。
「姫様、笑ってる。」
「ええ、ちょっと面白いことを思いついたのよ。」
「面白い?」
「ええ、すぐにわかるわ。」
楽しそうに笑うアウレリアの笑顔はゾッとするほど冷たいものだった。
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