第81話 暗躍する者達3
シュイン帝国の謁見の間、そこでは頭を悩ませる王と宰相。そして第三師団長であり、国の軍師であるイスプール・ヘイミングがいた。
悩みの種は第四師団から上がってきた報告だ。
1つは、第四師団がリントヘイムの街を奪還。その後、魔軍と接触し、停戦した。軍としての死傷者は軽微だが、師団長が怪我をしたため、報告も兼ねて一部の兵を残し一度帰還するというもの。
そしてもう1つの報告では、リントヘイムの街を奪還、しかしながら魔軍との戦いで師団長が大怪我、軍も半数が死亡。リントヘイムでなんとか防衛しているので援軍を送ってほしいというものだった。
まったく内容が違う報告に3人は頭を悩ませている。
そして彼らの前に跪くのはウサマイン・エンドック。
後者の報告を真とし、自軍を送り込む許可を得ようと意気揚々と謁見しているのだ。
「なぜ、これほどまでに内容に違いが?」
ヘイミング卿の疑問は正しい。
どちらかが嘘の報告ということになる。
「最初の方は、第四師団本部に届けられ、そこの士官から直接上がってきた報告書。そして後者はこの王城に乗り入れた早馬が持ってきた報告書ですな。」
宰相も今回ばかりは判断しかねているようだった。
報告が少し違ってくるのはわかる。本部には多少なりともいい報告をしたがるものだ。
しかしながら、今回の報告は前者が報告のために帰還するという内容、後者が援軍がほしいという内容で全く異なっている。どう判断していいか迷う内容だった。
「ひとまず、事実確認のために...。」
「それではせっかく取り戻したリントヘイムが落ちますぞ!」
宰相を叱りつけるように凄んだのはウサマイン・エンドックだ。
ここぞとばかりに出兵を主張する。
「どちらが事実であっても、第四師団長が怪我をしたのは明白!それに仮にリントヘイムに兵を派遣しても、前者が正しいなら無駄足ですが、後者が正しかった場合、大きな意味を持ちます。良いではありませんか、無駄足ならばそれで。軍費は私が持ちますぞ。」
「た、確かに...それならば。」
宰相はどうやら損はないと考えたようで、やはりウサマイン側のようだとヘイミング卿が苦い顔をする。
「第一、魔国と停戦などありえないでしょう!何を話したというのです?そもそも停戦など勝手に話していい内容ではないはずです。」
「ウサマイン卿、それは言い過ぎです。現場判断で何か理由があるならば、仮の停戦は間違った判断ではない。」
「では、ヘイミング卿はどのような理由があったと?」
「それは...それを報告に戻るといっているのでしょう?」
「1つ目の報告が正しいなら...ですな。」
「2つ目が正しいという保証もないでしょう。」
「第四師団本部を経由したものと、王城に直接届けられたもののどちらを信じるのですか?第一、王城に直接きた早馬よりも第四師団本部に届いた報告の方が早いということは、王城に届いた報告が最新の報告ということでは?」
基本的に、報告は後から来たものの方が新しい内容であるといえる。
「それは...あの部隊には獣人が数多くいます。獣人族ならば早馬よりも早く着くでしょう。」
「王城にも獣人が届けないのに理由がなにかあるのですか?もうすでに差別はなくなっておりますよ?」
「それは...。」
表面上はウサマインの言うとおりだ。しかしながら、まだ王城に務めるのは人族のみ。
獣人ならば門の前を素通りは許されないだろう。
伝令に獣人を使えば早い。それは間違っていないが、王城に入るまでの確認に時間を消費して結果的に人族が乗った早馬の方が早いのは明白だ。
実際に、ランドルフが気をきかせて、王城へは早馬で、第四師団本部には獣人を向かわせたのだが、それが仇となった。獣人が予想外に早すぎたのだ。
「このままでは堂々巡りです。」
堂々巡りにしている張本人が得意げに王に詰め寄る。
「国王。ご英断を。何も損はありません。もし停戦していたのであれば、そのまま街の復興作業に兵を当てればいいのです。リントヘイムの瓦礫掃除ぐらいなら兵士でもできますし、私も喜んで私財を投げ売りましょう。」
「......。」
この場において、ウサマイン・エンドックの言葉は正しい。
例え無駄でも害を受けるのは軍費などの意味でウサマイン本人のみ。
国に被害はなく、それ以上にリントヘイムの死守または復興の手助けと得るものは大きい。
イスプール・ヘイミングが奥歯を噛む。
わかっているのだ。この場では正しい判断が何なのか。
しかしながら、このウサマイン・エンドックをよく知る故に、素直に追従できないでいた。
「わかった。許可しよう。ウサマイン・エンドックよ。リントヘイムへの出兵を許可する。」
「必ずや、ご期待に添いましょうぞ。」
そういって恭しく頭を下げたウサマインの口角はつり上がっていた。
ウサマインが王からの許可を得た2日後、その兵達は雄々しく大通りを進んでいる。
先頭には純白の美しい鎧を来た女性、クレア・フィードベルト、その隣には元第四師団副長であったカム・テイルが馬を並べていた。
「やっと、お父様の意思を継ぐことができるのですね。」
「その通りです。見てください、この民の歓声を。皆、トルマ様を思い出しているのでしょう。やはり跡はクレア様に継いでもらわねば。」
「今回が初陣ですが、必ず戦果をあげましょう。」
「その粋です。私も微力ながらお手伝いさせていただきますぞ。なに、オークなど大したものではありません。勝ちは見えております。あとは最小限の被害で勝つだけです。」
「途中、少々輜重部隊の調整で足止めがありますが、テレス砦を抜けてからは一気にリントヘイムです。魔国を退け、力を示す時ですぞ!」
「そうですね。...本当に第四師団の師団長にふさわしいのは誰なのかハッキリさせないといけませんね。」
2人が率いるその軍勢は昼前に国民に見せびらかすようにして出陣していた。
そして、その前日にはある噂が南区に広がっていた。
リントヘイムにて、第四師団長が負傷。苦戦を強いられているため、ウサマイン・エンドック卿が援軍にと前第四師団長、トルマ・フィードベルトが娘、クレア・フィードベルトに軍を預けて援軍として向かうと。
どこから流れた噂か、それは事情を知るものからすれば明らか。
そしてこの噂は、トルマ・フィードベルトの娘であるクレア・フィードベルトに、女性ながら軍を率いる才があるということと、その後見人ともいえる位置に、大貴族であるウサマイン・エンドックがいることを民に知らしめた。
クレア・フィードベルトとカム・テイルが出陣したちょうど3日後、第四師団の一番隊と、警邏隊の半数、そして近衛隊が帰還した。
すでに先触れは出していたものの、国民の目が少しおかしい。
「なんだ?なんか様子が変じゃねぇか?」
「確かに...そうですね。何か、困惑しているような...。」
さすがに凱旋というつもりはなかったが、こんなに困惑した表情で迎えられると思っていたなった為か、カシムもライラも眉をひそめていた。
「とりあえず、本部だな。ウキエに王城に行ってもらわないといけない。師団長殿があの調子だからな...。」
カシムはそう言いながら、後方の馬車を見た。
周りは近衛隊が警備しており、中にもミアとララがいる。
エストーの砦を過ぎたところで、アレイフが急に熱を出し、倒れた。
元から予告されていたものの、意識が戻らずそのまま昏睡してしまったのだ。
さすがに砦や道中では安静にさせるしかなく、行軍速度を落として王都に向かった。
第四師団本部に到着すると、ウキエがこちらに駆けて来るのがわかった。
「どういうことですか?あの報告は!」
「報告?」
部下に処理を任せてカシムがウキエの前に降り立つ。
「はい、異なる報告が2つ届けられたのです。1つは王城に、もう1つは私の元を経由して王城に届けました。」
「2つ?あぁ、ランドルフのやつが報告を上げてたな。まて、違うってどういうことだ?」
「私の元に来たのは、魔国と停戦して戻るという内容です。王城に直接届けられたのはリントヘイムで援軍を要請するものでした。」
「なんだと!?」
「状況を見るに、私の方に届けられたものが正しいと判断していますが、詳細を説明頂けますか?」
「おい、ライラ!」
「はい、ちょっとお待ちを。」
ライラがウキエの方に合流し、事情を説明する。
アレイフは珀(はく)に任せてきたらしい。
ライラの報告を聞くたびにウキエの表情が険しくなっていく。
「それでは貴方達は、クレア様達が率いる軍には遭遇していないと?」
「ああ、帰り道に寄り道はしてねぇし、1000を越す部隊なんかに遭遇してねぇぞ?エストーの砦のやつらも、テレス砦のやつらも何もいってなかった。」
「ここを出たのは3日前、行軍速度的に、テレス砦からエストーの砦辺りでかち合いそうなものですが...。」
「行き違いになるとすればテレス砦までの道のりですが...行軍速度が遅すぎますね。テレス砦からエストーの砦まで迂回ルートはないでしょう?」
「ねぇな。するってーと、奴らは俺達がテレス砦を抜けるまでどこかに潜んでたっていうのか?1日以上も?何のために?」
「...とにかく、王城に行き、報告します。ライラさん、一緒に来ていただけますか?もっと詳しい状況を教えてください。時間が惜しいので移動しながらでも大丈夫ですか?」
「了解です。」
「ところで、シンサ卿の様態は?」
「ええ、意識はありませんが、命に別状はありません。いろいろありまして。それも道すがら話します。」
「宜しくお願いします。」
王城に着いたウキエが行った報告は、国王と宰相、そしてイスプール・ヘイミングの頭を抱えさせた。
2つ目の報告、王城に早馬でもたらされた報告が、何者かによって誤報とされたのは明白だ。
そして、そんなことをして得をする人物など1人しかいない。
さらに、第四師団の帰還した部隊が、出陣したはずのクレアの部隊と遭遇していないことも意図されたものと思われた。
「ウサマイン・エンドック、何を考えておるのか。」
「しかしながら、国王。それならばリントヘイムの復興に兵を回すと...。」
「宰相、第四師団の帰還部隊と全く遭遇していないことから彼らを避けてリントヘイムに向かったのは明らかです。復興しか考えていない部隊がそのようなことをすると?」
ヘイミング卿の言葉で宰相が押し黙る。
わかっているのだ、ウサマイン・エンドックが何かを企み、自分もそれに乗せられたことを。
「とにかく、情報が必要だ。ウサマインをすぐに呼び出せ。続いて、王城に偽情報を持ってきたもの、それを伝達したものも厳しく取り調べよ。」
国王がそう指示をだした瞬間、謁見の間に、急ぎの伝令が入ってきた。
「クレア様率いる、第四師団救援部隊、敵魔国の軍と接触、交戦に入ると伝令が!」
謁見の間に衝撃が走った。
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