第76話 飛び回る使者
リントヘイムの門の前まで来て、一度上を見上げる。
そこには何人かの人影が見えた。
逆光でさすがに表情までは見えないが、矢や魔法が飛んでくることはないようだ。
安心は半分だけ。これからだという緊張感を持ちながら、門の方へ歩いていくと。
急に地面が弛緩したかのように足がのめり込み、体制を崩す。
すると、地面からいくつもの土の槍が飛び出してきた。
だが、尻尾を使い体制を立て直すと、後ろに飛び退いて全てを躱す。
結果として後ろに下がることになったが、怪我は負わなかった。
予想していなければどうなっていたかはわからない。
死にはしないだろうが、大怪我を負っていただろう。
だが、これで更にイカレた教国のスパイを捉えられたはずだ。
アウレリア様への報告中。
あの方は口で自分たちと話をしながら、中空に魔法を使って文字を書いていた。
そこに書かれていた文字は。
『誰か聞いている者がいる。できればこの機会に教国の者をあぶりだしたい。トッカス、使者の振りをして囮になりなさい。』
『使者としての仕事はあぶり出しまで。以降はあちらの反応次第で任せる。』
『行く前に教国の者達を煽りなさい。』
この3つ。
あの場に聞き耳をたてているものがいるかどうかまで、自分にはわからなかったが、姫がいうなら間違いないのだろう。
こちらの意図を読めず、きっと同じように得意の土魔法で攻撃を仕掛けてくるに違いない。
教国からすれば、我らと人族が潰し合う方が得なのだから。
後ろを振り返ると、軍旗が振られている。
成功の合図だ。
おそらく潜んでいた者を何人か捉えられたのだろう。
これで全てとは限らないが、少しでも排除できるならそれに越したことはない。
あいつらは、ここぞというタイミングで自爆攻撃をしかけるような狂った奴らだ。
さて、無事に門にたどり着いた俺は、そのまま開かれる門の中に入っていった。
ここからは予定通り、相手との対話になるが、果たしてどうなるか。
使者を連れてきたという兵士のあとから、トカゲ兵士が天幕に入ってきた。
近くで見るとやはり、トッカスとかいうやつだ。
彼はこちらを見て、膝をついた。
「ローレンス帝国、アウレリア・ラウ・ローレンス様が配下、トッカスと申します。先の戦では相まみえることとなりましたが、此度はアウレリア様の使者として参りました。」
「シュイン帝国、第四師団長、アレイフ・シンサです。この街に駐留する軍の最高責任者ということになります。さっそくですが、先ほどの魔法は・・・。」
「わかっております。あれはこちらの陣営から放たれたものです。お気になさらず。」
門の前で発動した魔法はこちらのものではないと弁明しようとすると、トッカスもわかっているとばかりに否定した。
俺はランドルフと顔を見合わせる。
「・・・なぜそちらの陣営から?」
「失礼ですが・・・あなたは?」
「私は作戦参謀をさせて頂いておりますランドルフと申します。シンサ卿が遮らぬ限り、私の発言にも決定権があると思ってもらってかまいません。」
ランドルフとトッカスがこちらを向くので頷く。
正直、交渉事は苦手なので、ランドルフと元から打ち合わせしていた。
「それでは先に説明させて頂きます。」
そこからトッカスが語ったのは、あの魔法は自分の属するローレンス帝国の敵国が送り込んだ間者が行ったものだという説明だ。
そして、開戦のきっかけになったのも同じく間者が行ったものらしい。
「もちろん、戦いを正当化しようと思っているわけではありません。間者とはいえこちらから手を出したのも事実、そしてそもそも入り込まれたのは私の責任です。」
「して、トッカス殿は使者として何を?」
「一度、会談をお願いできないでしょうか?もちろん平和的な話し合いです。こちらに非があるとはいえ、お互いこれ以上無益に争う必要もないように思います。我らはこの場所に興味はなく、そちらも我らの森には興味はないでしょう?」
トッカスのいうことはもっともだ。
ようはこのあたりで和解できないかということらしい。
ランドルフと目があった。構わないか?という確認だろう。
頷く。
「会談の詳細は?」
「まずは我らがアウレリア陛下からの親書をどうぞ。」
トッカスが手紙を差し出す。
それをランドルフが受け取りこちらに渡してきた。
中身を読・・・めない。
「ナット、これを。」
近衛隊として傍にいたナットに渡す。
「えーっと、なになに・・・。」
その様子をトッカスが興味深げに見ていた。
ナットだけでなく、近衛を観察するように見ている。
亜人が珍しいとは思えないけど・・・。
「挨拶のところは省くね。えっと・・・此度の件、こちらに責があったとはいえ、不幸な行き違い。お互いにこれ以上長引いてもなんの易もない。よって、お互いの兵を消耗するのではなく、お互い大将同士による一騎打ちにて勝敗を決め、その後は遺恨なく、平等に停戦を結ぶというのは如何だろうか?」
「なんだと!?」
驚きの声をあげたのは、親書を持ってきたトッカスだった。
慌てた様子でナットのもつ親書を奪い去り、読み直す。
目の動きから何度も、何度も読み直しているのが伺える。
あ、ついに斜めから見だした。
そんなことしても書いてあることは変わらないと思うが・・・。
「こ・・・これは何かの手違いです!」
トッカスはそう結論づけたらしい。
「偽造できるものなのか?」
「・・・直前に直接渡されたので・・・。しかし、一騎打ちなど正気とは!」
一応聞いたが、偽造ではないらしい。
「一応、一騎打ちの上に、平等に停戦とあるが・・・どちらが勝っても平等にということか?」
「勝ち負けをハッキリ決めてから停戦するのが我らの習わしですが・・・そちらは違うので?」
「・・・違うな。停戦で勝ち負けは決めない。停戦協定の時点で優勢な方が有利な条件で停戦を結ぶのが常識かな。」
「そこは文化の違いのようです。こちらでは代表者の一騎打ちでまず勝敗を決めるのが普通ですから。先に停戦を結ぶことすらあります。」
トッカスの言い分にランドルフの方を見る。
「停戦に異論はありません。・・・が、一騎打ちする意味があるのですか?」
「申し訳ない。その件に関しては確認させて頂けないでしょうか。こちらとしても一騎打ちなどしなくていいならしたくはない。このまま停戦でいい。」
「なら一度確認頂けますか?」
「了解した。次も私が来る。」
そういうとトッカスはそそくさと帰っていく。
にしても一騎打ちか。
一騎打ちの後に遺恨なく停戦なんて、変わった文化だ。
「ダメですよ?」
そう考えていると、なぜかライラに睨まれた。
いや、一騎打ちしようと考えてたわけじゃないんだけど・・・。
アウレリアが優雅にお茶を飲んでいると荒い息をつきながらトッカスが現れる。
「あら、お帰りなさい。どうでした交渉は。」
「どうもこうもありません!あの親書の内容は本気ですか!?一騎打ちなど!」
「あら、普通でなくて?」
「とぼけないでください!大将同士とありました!普通は代表者です!」
「・・・鋭いわね。だって、貴方達、戦える身体じゃないでしょう?それに私がでるなら相手も大将じゃないと不足だわ。」
「・・・残念ですが、一騎打ち後の停戦というのは文化の違いがあるらしく、あちらとしては一騎打ちなしの停戦でかまわないと言っています。」
「あら、そうなのですか?」
これには少し驚いた顔をするアウレリア。
しかし、すぐに表情を笑顔に戻す。
「でも、相手はそうでもうちは違うでしょう?こちらから手を出したとはいえ、やはり勝敗は決めないと。」
「こちらの非だったのです、それぐらいは譲歩すべきかと。」
「・・・負けたことにしろと?」
「一騎打ちよりはマシです。」
「私が負けるとでも?」
「相手は・・・得体がしれません。人族でしたが、若すぎます。あの年齢で司令官など、危険極まりない!」
「予想はついてるのよね。そうなの・・・若いの。見た目は可愛い?」
「・・・姫、今は冗談をいっているわけでは。」
「あら、私も冗談はいってませんよ?」
しばらく睨みあうトッカスとアウレリア。
沈黙を破ったのはトッカスのため息だった。
「相手が受けるかはわかりません。やらない方が友好的に情報交換もできそうでしたよ。」
「へぇ・・・意外。正直、あなたが使者だと友好的には接してもらえないと思っていたのですが・・・相手はなかなか理解があるのね。」
「・・・私も驚きましたが、しかし、相手の大将の周りには獣人や魔族が沢山いましたので、差別意識はないのではないでしょうか。」
「ますます興味がでました。はやり一騎打ちの条件には乗ってもらいましょう。そうですね。勝敗をお互いの命ではなく降伏としましょうか。お遊びみたいですが、それでも兵士から見ればちゃんとした戦いに見えるでしょう。」
「そこまでする必要はあるのですか?」
「・・・ありますよ。だから今は言えないけど、必要なことなの。だから使者としての役目を果たしなさい。」
「御意。」
トッカスが礼をして、立ち去ろうとしたが、足を止めて振り返る。
「姫好みだと思います。」
それだけ言うと、トッカスは退出していった。
アウレリアはトッカスの真面目ぶりに笑いながら後ろ姿を見送った。
再びきたトッカスはかなり暗い表情をしているのだろう。
いや、爬虫類の表情はわからないけど、身にまとう空気が重い。
「なんといえば良いかわかりませんが、親書の内容通りでした。我が主は大将同士の一騎打ちを希望です。勝敗を生死ではなく降伏とする条件で受けて頂けないでしょうか?」
「それなしに停戦はできないと?」
「・・・できれば受けて頂きたい。」
ランドルフの質問に、トッカスは頭を更に下げることで答える。
停戦はしたい。けれど一騎打ちはして欲しい・・・おかしなことだ。
ランドルフも困ったのかこちらを見る。
「なぜ一騎打ちがしたいんだ?そんなに戦闘狂なのか?」
「いえ、そのようなことはないのですが・・・。私にもそこまでの理由は・・・陛下のお心は私には測りしれません。しかしながら必要なことだおっしゃいまして。」
そこでランドルフが割って入った。
「先に要点の確認を。」
「どうぞ。」
「基本的には平等な条件で停戦を行う。期間や範囲は後の会談で。この都市はこちらのものとし、我々は森及び周辺の砦に手を出さない。でよろしいですか?」
「相違ありません。そちらの親書を証拠としてください。陛下の印も入っております。できれば情報交換などもできればと考えております。お互いに。」
「そうですね・・・。私は異論ありません。あとはシンサ卿がお決め下さい。」
ランドルフは最低限のことだけ確保し、あとを俺に丸投げするらしい。
・・・勝敗が降伏なので死ぬこともないだろうと、興味がないのかもしれない。
周りを見渡すと、ライラさんをはじめ、近衛隊は難しい顔をしている。
カシムさんとガレスさんはむしろやっちまえ!って顔だ。
「分かりました。受けましょう。場所はお互いの軍の中間点でよろしいですか?」
目に見えてトッカスが喜ぶ。
「おぉ!助かります。場所はそれで構いません。時間もいつがよろしいですか?」
「こちらはいつでも。準備に時間は?」
「では明日の朝としましょう。こちらから先に出ますので、確認してから来ていただければ。」
「わかりました。」
そういうと、俺はトッカスの前に進み出て、握手を求めた。
なぜかトッカスが驚いていたが、握手には応じてくれる。
武人、そうわかる手だった。
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