第75話 繰り返される悲劇
リントヘイムでの戦いを終え、各部隊の被害状況をまとめると、一番隊や二番隊はそうでもないが、警邏隊にはそれなりの被害がでていた。
近衛隊も、重傷者は少ないものの、軽傷者は多い。
「防衛に壁はつかえるのか?」
「使えますね。攻めて来るとすれば南からですから。門だけ修繕すれば十分使えますが・・・。」
ランドルフの歯切れが悪い。
「問題が?」
「火竜でしたか?ああいう類のモノがいる場合、どこまで意味があるのやら・・・。」
「・・・南部へ散った斥候は?」
「逃げた2名の追跡には失敗しましたが・・・。森の前に砦を見つけました。」
「砦?」
「はい、我々人族が作ったものではなく、森を守るように砦が建てられていますね。」
「敵の防衛戦ということか?」
「その通りです。」
「ちなみに、今回の目的はすでに達成していると思うんだが、どう思う?」
「私も同感です。これ以上無駄に攻めるメリットはありません。森の砦を奪っても、強襲を受けるだけでしょうし、なによりそんなところに人を配置するならこのリントヘイムを復興させた方が上策でしょう。」
「ここまでにするか・・・防備を固めて、輜重部隊を入れよう。ここに駐屯する部隊も必要になるが。」
「しばらくは本隊も離れられませんね。」
「あれが逆に攻めてくる可能性は?」
「大いにあります。しかしながら情報が足りなさすぎますね。そもそもどれぐらいの規模なのか、国なのか族なのかすらわかりません。」
「・・・あれが1000単位でまとまった軍だと最悪だな。」
「ええ、念のため、いつでも撤退できる準備はしておきましょう。恐らく同数でもかなり厳しいですからね。」
「ああ、今なら少し休んでいいか?魔力を回復しておきたいんだけど。」
「構いません。あとは私がやっておきます。」
「じゃあ任せる。」
ランドルフにあとの作業を丸投げし、リントヘイム内にある天幕へ向かう。
途中、ライラさんを発見した。
「ライラ、ミアの様子は?」
「はい、手当は完了しています。」
「もうすぐ輜重部隊が来る、怪我人は一緒に帰らせるが、近衛隊で該当のものは?」
「・・・ミアぐらいですね。あとは軽傷です。」
「じゃあミアだけ送り返すように。」
「・・・。」
ライラさんが苦い表情を作る。
「怪我人は連れていけませんよ、ライラさん。お願いします。」
周りに他の人がいなくなったので、昔の話し方に戻す。
こっちの方がやっぱりらくだ。
「そうは言っても、あの子絶対に帰らないと思うよ。今もアレイフの天幕に陣取ってるからね。」
「・・・寝たいのに。」
「寝る邪魔にはならないと思うけど、傍からは離れないと思う。たぶんあの子は怪我をしたとき、私やララ、アレイフの近くを離れないよ。それは本能みたいなものかな。」
「信頼する者の近くが安全ってやつです?」
「そうだね。それに今は・・・その、アレイフを守ったことで鼻高々だからね・・・尚更離れないよ。」
「それは・・・またクインやユリウスとの亀裂が深まりますね。」
「あの子も悪気はないんだけどね。なかなか難しい。」
「苦労をかけます。」
「本当にね。せめて戦いでは安全なところに陣取ってらくさせてほしいよ。」
そういってライラさんは俺の頭をポンポンと叩いて離れていった。
たぶん、クイン達のところに行ったんだろう。
天幕は外からもワイワイと声が聞こえるぐらい賑やかだ。
・・・寝たいのに。
天幕に入ると、全員の目がこちらに集まった。
ミアとララは予想通り、予想外にユリウスとリザがいる。
「おぉ!やっときたにゃ!魔力回復しないといけないんだから早く寝るといいにゃ!」
肩を包帯でグルグル巻にされているミアが逆の手で俺をつかんで布団に押し倒す。
「ミア、乱暴はいけないの。アレイフ、怪我はないの?」
「怪我はないけど・・・ララ、この状況は?」
ララは無言でユリウスを見た。
「いえ、兄上から主様が眠ると思うので、護衛をと。」
「いらんにゃ。」
「なぜお前が答える!」
「あちしもララもいるからいらんにゃ。」
「多くても問題ないだろう!?」
「うるさいとアレイフが眠れないの。やるなら外でやるの。」
「うにゅ。」
「うぅ・・・。」
にらみ合いながらも黙る2人。
「で、リザは?」
「ん。」
リザは無言で茶碗にはいった液体を差し出してきた。
「リザは薬湯をもってきてくれたの。これを飲むとちょっと寝ただけで魔力がすごく回復するの。」
なるほどと、リザのもってきた茶碗を見る。
・・・なんだこの緑色の液体は。
そしてこの液体に浮かんでいるどうみてもゴミにしか見えない黒い物体。
リザの方を見返すと、「ん。」とだけ言われて差し出された。
飲めということらしい。
念のため、ララの方を見る。
「・・・だ、大丈夫なの。作ってるところを見てないなら普通のにがそうな薬なの。」
それはどういうことだ。
作ってるところを見たら駄目だと?
ようするにやばい材料だということか?
「ララ、飲んだことは?」
「あるの。」
「今日は飲んだ?」
「飲んでないの。」
「飲む?」
試しにララのほうに茶碗を差し出してみると、ララの反応は異常だった。
「そ、それを飲むぐらいなら、魔力枯渇して逃げ恥をさらす方がましなの!」
・・・何が入っているんだ!?
「ん。」
ララとのやり取りを気にせず、リザが俺がもっている茶碗を口元にもっていこうとする。
・・・目が合うが、見逃してくれそうにない。
意を決して口をつける。
臭いはない。・・・いや無臭って逆におかしくないか?
そう思いながら液体を口に含む。
恐ろしい粘度と、舌触り、明らかになにか固形のものが混じっているが、怖くて確認できない。
だが、不思議と味がしない?
いっきに飲み干すと、リザが満足そうに茶碗を受け取ってくれた。
あんな色なのに味がないなん・・・て・・・。
そう思った瞬間。
口の中から湧き上がる不快感。
胃の中で何かが暴れる感覚。
そして・・・一気に押し寄せてくる苦味、辛味、渋味からくる強烈な刺激。
あまりの衝撃に、俺の意識はそこで途絶えた。
アウレリアの前に膝まづくのは、トッカスとスウ。怪我の治療を終えたばかりで、その姿は2人とも痛々しい。
優雅に椅子に座るアウレリアは2人の報告を聞いていた。
「報告は以上?」
「「はい。」」
「とりあえず、元々の予定だったオーク討伐は終わりということね?問題は・・・今の状況をどうするか・・・。」
2人は膝まづきながら、アウレリアの言葉を待つ。
「トッカス、同じ兵力で攻め勝てる?」
「・・・正直、厳しいかと。」
「倍ならば?」
「それならば可能ですが、こちらも被害が多く出ます。」
「そう・・・弱気ね。ならば休戦しようかしら。」
「聞く耳持つとは思えませんが・・・。」
「それならそれでいいじゃない。攻め込む大義名分になるわ。」
そういいながら、アウレリアは空中に指を走らせる。
「ならば、今回の責がある私が使者となりましょう。」
「死ぬかもしれないのよ?」
アウレリアが空中で描く文字を見て、トッカスが頷く。
「戦いとなればどの道この怪我では戦えません。それならば、せめて味方の指揮をあげましょう。」
「わかったわ。でも争わずにすむならそれが一番。なので休戦協定と譲歩する意思があることを伝えて会談の場を設けてもらいましょう。親書を書くわ。それに、うまくすれば教国を打ち砕く味方になるかもしれないし。」
「はっ!」
アウレリアが描く文字を読み、トッカスがニヤリと笑った。
「教国のやつらなど、影でコソコソするだけの無能共ですが、味方が増え、被害が減るならこちらとしても万々歳ですからな。」
「ええ、その通りよ。では行きなさい。準備ができたら伝えるように。私も前線まで出ます。」
トッカスはもう一度、頭を下げると天幕から出て行った。
場にはアウレリアとスウだけが残る。
「スウ、あなたの猛攻を防ぎ切った相手のことをもう少し詳しく教えて。トッカスを倒したのも同じ相手よね?」
「はい、そう。・・・です。」
「人間よね?」
「はい・・・魔剣士のようだっ・・・ようでした。恐ろしく強力な風の魔法を使います。」
「あなたよりも?」
「・・・はい。私の魔法、かき消されました。」
「魔法で?」
「いえ、勝手に消えました。」
「・・・それは、私の魔法をあなたが防げないのと同じ理由だと思う?」
「・・・おそらくは。」
「分かりました。ご苦労様。まずは傷を治しなさい。」
スウを退席させると、アウレリアは立ち上がり、ウンっと伸びをした。
そして、虚空のなにかを撫でるような仕草をとり、空中に腰掛けた。
「アレイフ!アレイフ!起きるの!」
身体を激しく揺すられ目が覚める。
・・・あれ?いつのまに寝たんだっけ。たしか、ミアとユリウスが喧嘩して・・・それで・・・。
記憶が混乱してる。寝起きだからだろうか。
俺を起こしたのはララだ。
「どうした?」
「伝令の人が来て、敵が現れたって、ランドルフが呼んでるらしいの。」
「わかった。」
起き上がると、軽く頭痛がする。
だが、すぐに頭がすっきりし、そんなに長く寝たわけでもないのに魔力は回復していた。
・・・不思議だ。
天幕には、ミアとララ、ユリウス、リザがいた。
全員付いてくるつもりらしい。
にしても、女性率が高いな。うちの近衛隊・・・それになぜだろう。リザの顔を見たとき、なにか舌に痺れるものを感じた気がする。
ランドルフのところに向かうまでにも感じたが、兵が慌ただしい。
なにかあったようだ。
城壁の上にいるらしいのでそちらに向かうと、理由がすぐにわかった。
少し離れた場所に陣を張っている一団が見えるのだ。
数は・・・600~700というぐらいだろうか。
ただ、遠目に見てもその姿は人族でないのがわかる。
その上、後方にはあきらなに竜に見えるものが並んでいる。
「撤退準備をしていてよかったです。」
ランドルフは俺の顔を見るなりそう言った。
相変わらず、無表情に淡々としている。焦りも全くない。
「すごい数・・・なんだろうか?未知数だな。オークより強そうだけど。」
「そうですね。倍近い兵力で、練度が未知の敵、さらに見たこともない兵器も多くもっていそうです。」
「戦う気にはならないが・・・目的はこの街かな?」
「どうでしょう?人族ならそうでしょうが、相手が人ではないのでわかりかねますな。」
「被害を最小限に抑えられるか?」
「殿(しんがり)次第ですね。すでに撤退の準備はしています。彼らが現れてからすぐに撤退準備にはいったのでもうすぐ完了かと。あちらはまだ攻めてくるには時間が・・・ん?」
ランドルフが眉をひそめたので、目線の先を見る。
するとそこには白い旗を持ち、単騎で歩いてくる兵がいた。
「使者・・・でしょうか?」
「使者だろうな。・・・あれは・・・トカゲ兵士か?」
「竜神族でしょうね。・・・おい、絶対に手を出すな!門をあけて招き入れろ。」
ランドルフが部下に命令を下す。
「宣戦布告とか?」
「今更でしょう。休戦や停戦ではないですか?」
「まともにやっても勝てると思うが・・・。」
「・・・相手がこちらの兵力を把握していないか、なにか事情があるのでは?」
話しているうちに、トカゲ兵士が門の近くまできた。
1度こちらを見上げる。
・・・あの包帯。あのとき戦った隊長みたいなやつじゃないのか?
たしか・・・トッカス?
彼が門の前を通過しようとしたとき、いつかどこかで見た光景が繰り返された。
地面が隆起し、トッカスに襲いかかったのだ。
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