第74話 リントヘイム 終戦

 避けきれない。

 突き出される槍を見てそう思い、せめて死なないようにと祈ったところで、槍とに体当たりするように割り込んだ影があった。

 双剣を重ねて槍の軌道を変え、俺に体当たりするように身体を弾く。

 しかし、自身は槍を弾ききれず、左肩を貫かれた。


 自分の渾身の一撃を外されたことに動揺もせず、トッカスが次の突きを放とうとする。

 左肩を負傷し、双剣の片方を落としたミアが、もう片方を構えてトッカスを睨みつける。


「主を庇うか・・・見事なり。」


 トッカスが再び渾身の一撃を放とうとしたところで、風の刃と土の刃がトッカスを襲った。

 盾を構えながら後退するトッカス。


 ララが魔法を唱えたらしい。

 ライラさんがミアに走り寄る。


「ミア!怪我は?」


「ちょっと厳しいにゃ・・・左手に力が入らにゃい。」


「治癒を!」


 ライラさんが治癒魔法をかけ、ララがトッカスに更なる魔法を放つ。


「くっ!小癪な。」


「甘いのはそっちなの。」


 隆起する土の刃を避け、後退していくトッカスに頭上から風の刃が襲う。

 ある程度距離をとった相手を見て、ララもこちらに走ってきた。


「ミア!」


「ふふふ・・・これであちしが一番の近衛兵にゃ!」


 ミアが肩を治癒されながら大きな声で叫んだ。

 誰に当ててのものだろう・・・向こうでまだ苦戦気味に戦っているクインやユリウスが悔しそうな顔をしている。


「ミア、助かった・・・正直、せめて死なないようにって祈ったところだった。」


「背中を守るって約束にゃ!あちしに任せてれば大丈夫にゃ!」


 ミアが嬉しそうに声を張る。


「あまり先行しすぎないでください。ミアがいなければ本当に危なかったんですよ?」


 ライラがミアの治療をしながらもこちらを睨んでる。

 ・・・あとでお説教されそうな気がする。


「あいつ、まだ諦めてないの。」


 ララの声でトッカスの方を見ると、2人ばかりの部下とこちらに突撃をかけようとしていた。


「ちっ!」


「ミア!まだムリよ!」


 動き出そうとするミアをライラが押しとどめる。


「ミア、いいよ。十分助けてもらった。ララ、後ろ任せても?」


「もちろんなの。ミアだけにいい格好はさせないの。」


 魔力は・・・あまり十分とはいえない。

 1人なら念のために魔力回復薬を使うところだけど、副作用を考えるとギリギリまで使いたくない。

 それに今回は後ろにララがいる。

 ミアと同じく、彼女がいるなら十分だ。


 旋駆を唱え、自分の移動速度を底上げしてから駆け出す。


 突っ込んで来ると思わなかったのか、トッカスと2人とリザードマンが少したじろぐ。

 だが、やはり練度が高い。

 すぐに立て直して突撃してきた。

 2人のリザードマンが前衛、トッカスが後詰だろうか。


「ウインドレイ!」


 風の矢を放つ。

 前衛のリザードマンが盾を構えて防御姿勢をとった。

 最初に遭遇したリザードマンの隊とは装備からして違うようだ。

 風の矢がすべて弾かれた。


 盾を外してこちらを射程に入れようとする2人のリザードマンの前に大きな土壁ができる。

 ララの援護だが、これだとお互いに相手が見えない。


「風爪!」


 土の壁ごと一気に貫く。

 この連携は知性のある魔物によくやっていたものだ。

 急に視界を塞がれると下手に行動できなくなる。

 大抵その場で防御姿勢をとってしまうから、そこに問答無用で最大威力の風爪を叩き込めば、大抵それで勝負がつく。

 魔獣だと直感で避けたりするのであまり効果的ではなかったが、今回は効果てきめんだった。

 2人のリザードマンが鎧を粉々にしながら後ろに倒れていく。


 だが、トッカスは違ったようだ。

 戦略を看破していたかのように壊れた土の壁に紛れるように頭上を飛んでいた。


 ちょうどトッカスに背後を取られる形になる。

 本来なら焦るところだけど、ララがいるから気にしない。

 むしろ、彼の着地地点を狙うために、魔力を集中する。


「獲った!」


 頭上から声が聞こえてくるが、ほぼ同時にララも囁く。


「甘いの。」


 風がトッカスを吹き飛ばす。空中ということもあり、体制を崩してそのまま着地するはめになったようだ。

 着地地点は、俺の目の前。

 トッカスが着地しながらも盾をこちらに向けるのと、俺が魔法を唱えたのはほぼ同時だった。


「風牙!」


 風の牙が盾を突き破り、トッカスの左肩を貫いた。


「うぐっ!」


 盾を落としながらも、槍はもったまま、大きく後ろに跳躍するトッカス。

 見えた肩の傷は浅くない。

 ミアの怪我より酷いのを見て、ちょっと満足した。


「なんという威力・・・アダマンタイトの盾を貫くとは・・・。」


 彼はまだ槍を構えている。

 戦意は喪失していないようだ。


「投降する気は?」


「姫の命を果たせず、生き恥を晒すつもりはない。」


「姫・・・ね。なら無理やり取り押さえさせてもらおう。」


 彼も誰かの命令で動いている将なのだろう。ということは近くに司令官がいる本隊がどこかにある可能性が高い。捕まえて吐かせる必要があるかと、魔法で取り押さえようとしたタイミングで、乱入者が現れた。


「ピンチか?トッカス、死ぬのか?」


 声のする方を見ると、いつの間にかトッカスと俺のちょうど間ぐらいに若い女性が立っていた。

 鎧はつけていない。カクテルドレスのような戦場に不釣り合いの、露出の高い格好で、短めの槍のような武器を持っている。

 見た目はどう見ても人族。けれど格好は少なくともシュイン帝国の者には見えない。


「スウか・・・姫への伝令はどうした。」


「もう終わった。姫、森まで来てる。これはどういうことか?」


 少し話し方がおかしい気がする。イントネーションもかなり訛ってる。

 スウと呼ばれた少女とトッカスは知り合い・・・仲間らしい。

 共通の主に使える武将といったところだろうか。


「こいつ倒すか?」


 スウがこちらに槍を向ける。


「・・・姫はなんと?」


「ここは放棄してオークを追えと言ってた。」


「・・・ここを守る意味がないなら撤退したいな。」


「倒さずに逃げられるか?」


 スウがトッカスからこちらを向いた。


「倒した方が逃げやすいと思うぞ?」


 一応答えてやると、「そうか。」といいながら、いきなりこちらに突っ込んでくる。


「アレイフ!」


 焦ったようにララが土の魔法でスウの足元を崩す。

 しかし、彼女は特に気にせず、飛び越え、空中で回転しながらこちらに襲いかかってきた。


「風毛!」


 風の気流が槍を大きく弾く。

 槍の一撃がはじかれても気にせず、蹴りを放ってくるが、そのまま身体ごと弾かれていった。


「風牙!」


 足を狙ったが、躱された。

 動きが速い。


「炎撃図!」


「うわっ!」


 槍が炎を纏った。

 咄嗟に、腰につけていた剣を抜いて応戦する。

 風毛は弾くのに特化した魔法で、実は火に弱い。あまり強力な炎は弾けず、表面に広がって大やけどを負う可能性があるとフィーに言われていた。


 何度か打ち合うが、かなり正確にこちらの急所を狙ってくる。


「ウインドアロー!」


 ララからの援護射撃が来ると、スウは少し距離をとる。


「土撃図!」


 そういって、足で地面を叩くと、土の壁が現れ、ララのウインドアローをすべて受け止めてしまった。


「炎撃図!」


 再び炎を纏った槍でこちらを追撃してくる。

 受けるのがやっとという斬撃。

 合間に、魔法を放つが、すべて受けられてしまう。


「風牙!」


「水撃図」


 スウが槍を地面に突き刺し、そう唱えると、彼女の周りが霞むように見え、風牙の軌道が大きく外側にズレる。


 魔法を弾く?いや、軌道を変えている!?

 初めて見る魔法だ。防ぐのではなく弾く風毛に近い?


 俺とララの攻撃を全て躱しながらも、こちらに攻撃を加えてくる。

 見かけによらず、かなり強い。


「風撃図!」


 彼女の周りにいくつもの風の刃が滞留したのが見えた。

 それがいっきにこちらに迫ってくる。


 ウインドレイのようなものだろうか。ただ、集まっている魔力はかなり高密度だ。

 たぶん、必殺の一撃なんだろう。

 けれど、これはチャンスなので、一気に彼女との距離を詰めた。


 無表情だったスウが初めて驚いた顔をしたが、それも一瞬で、風の刃が迫る。

 特に避けるでもなく、そのまま直進。

 彼女の顔にこんどこそ驚愕が浮かんだ。


 そりゃそうだ。

 彼女が放った必殺とも思える一撃が、全て俺の身体に当たる直前に霧散していく。


 各属性の精霊が決める順位の上位者に対して、その属性の魔法は意味を成さない。

 これはあまり人族では知られていない常識だ。

 だが、魔族の彼女達ならどうだろう?

 知っていても、知らなくても驚愕には変わりないはず。

 各属性で冷遇されているはずの人族が、自分より上位に位置しているとは思わないはずだ。


「風爪!」


 スウに向けて、風の刃を放つ。

 彼女は咄嗟に後ろによけたが、片足を大きく負傷した。

 もう、逃げられることはないだろう。


「くっ・・・。」


 スウが下がった先にはトッカスがいた。

 彼もまた、軽く手当を終えたミアに追い詰められている最中だったようで、血を流しながら満身創痍だ。


 さらに追い打ちと言わんばかりに、彼女達を囲むようにクインやユリウス、リザ、そしてイチ達3兄弟も合流してきた。

 すでにリザードマン達は掃討されたらしい。

 彼らも傷は追っているものの、重いものではなさそうだ。


「これまでか・・・。」


「逃げる。」


「しかしこれでは・・・。」


「姫の命。金撃図!」


 そういうとスウの身体に筋肉が盛り上がった。

 血を流し続けていた足からも血が止まる。


 スウが懐から何かを取り出し、下にそれをぶつける。

 その瞬間、大きな音とともに、煙が立ち上った。


「煙幕!?」


 ライラさんの声が聞こえると共に、あたり一面は煙に包まれた。





 小さなスウに抱えられるようにリザードマンの男、トッカスが運ばれている。

 その姿は異様ではあるが、かなりの移動速度で、森の中を走っていた。


 しばらく進むと、少し開けた場所にでる。


「スウ様!?トッカス様!?」


「すぐに姫に。」


「そ、それより医療班を!」


「姫の方が先!急ぐ!」


 リザードマンの兵士と言い合いをするスウと無言で抱えられるトッカス。

 それを仲裁するように、一人の女性が現れた。


「これは・・・何事?」


「ひ、姫!」


 リザードマンの兵士が平伏する。


「姫、ご報告。」


「・・・姫・・・此度の失敗の報告を・・・。」


 スウと、息も絶え絶えになったトッカスもまた平服しようとした。


「先に手当をなさい。・・・いえ、急いでいるなら私も一緒に行きましょう。医療班のもとへ二人を運んで。」


 肩に軽いあて布をしただけで、血を流し続けるトッカス。その身体には他にも無数の切り傷があった。

 スウも軽い怪我ではない。足に大きな傷を作り、今でもその傷からは血が流れている。


「報告は治療が済んでからでいいから、これだけ先に教えて。他の兵達は?追撃はある?」


「他の兵達は・・・皆討たれました・・・。よくて何人かが捕虜になっているかと。」


「火竜は?相手の手中に?」


「いえ、打たれるところ見ましたので。」


「そう・・・。」


 トッカスの報告に、軽く目を閉じるアウレリア。

 しかし、それも数秒のことで、続いてスウを見る。

 スウにはそれで伝わったようだ。


「追撃なし。敵陣内で交戦後、敗走した。」


「間違いない?」


「はい。相手はどこに逃げたかもわからない。」


「わかったわ。ご苦労さま。まずは治療を優先して。」


 それだけ言うと、アウレリアは2人を残して天幕を出る。

 詳細の報告が気になったが、無理をさせるわけにはいかないのだと自分に言い聞かせ、奥歯を噛み締めた。

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