第77話 龍を従えし者 上
リントヘイムの城壁からよく見える場所。
ちょうど、魔国ことローレンス帝国が陣を構える場所との中間点だ。
朝、様子を見ていると、ローレンス帝国軍から大きな声が上がったかと思うと、一人だけが進み出てきた。
そしてちょうど、ローレンス帝国とリントヘイムの中間点ぐらいで静止する。
その姿はここからでもよく見える。
長い黒髪にドレスのような服装。とてもこれから一騎打ちをする大将には見えない。
なにより異質なのは、彼女が乗っているものだ。
たしか龍と呼ばれるもにに似ている。竜とは異なり、蛇を大きくしたような外見だ。
だが、文献で見たものよりは小柄な気がする。
ちょうど彼女の背丈の倍ぐらいの長さだろうか?尻尾の方に彼女を腰掛けさせ、左の後ろをぐるっと回り込んで、彼女の右手のあたりに頭がある。
その身体は地表より少しだけ浮いている。
たしか、空想上の生き物だと聞いたことがあるけど、実在していたらしい。
「浮いてるにゃ。」
「浮いてるの。」
傍にいるミアとララの反応もわかるけど、驚くのはそこだろうか。
普通は龍に乗ってることを驚くんじゃないかと思う。
「浮いてるね・・・。風の魔法使い?」
ライラさんまで龍には触れない。
浮いていることより龍に驚いている俺はおかしいんだろうか。
「あのさ・・・龍に・・・。」
「シンサ卿、あまり待たすのも申し訳ないかと。」
聞こうとおもったところでランドルフが割り込んできた。
だが、言うとおりだ。相手側の偉いひとなら待たすのはよくない。
正直、まともに戦争すればこっちは撤退するしかないのに、停戦にしてくれるというんだから機嫌を悪くされても困る。
いちいちぐるっと回るのは面倒なので、城壁から飛び降りた。
もちろん、風の魔法があるから問題ない。
着地すると、リントヘイムから歓声が上がる。
ほとんどが城壁の上にいるみたいだ。
例外は門をあけてその周辺にいる一番隊。
なにかあった場合の配備らしい。
騎馬ならいっきに駆けつけられるということだった。
カシムさんが大きく手を振っている。
軽く手を振り返して、そのまま相手の方に歩いていく。
相手の顔がよく見えるぐらいの距離で立ち止まり、挨拶する。
「シュイン帝国、第四師団長、アレイフ・シンサです。お待たせして申し訳ありません。」
「・・・・・・。」
だがなぜか相手から返答がない。
なにかおかしなことを言っただろうか?
「あの?」
「あ・・・ええと。申し訳ありません。ローレンス帝国第6皇女、アウレリア・ラウ・ローレンスです。以後よしなに。」
そういうとアウレリアと名乗った女性は龍から降りた。
龍は彼女が無事に降りたのを確認すると、天高く登って行き、こちらの様子を見ている。
どうやら一騎打ちに龍は含まれないらしい。
少しほっとした。
そちらをじっと見ていることに気づいたのか、彼女はクスっと笑った。
「何か珍しいものでも?」
「ええ、龍なんて実在したんですね。初めて見ました。」
「龍?・・・あぁ。そうですわね。私専用ですから珍しいのも当然ですね。」
「アウレリア殿下、本気で一騎打ちを?」
「もちろん、ここまで来て引けませんでしょう?あと私のことはアウラとお呼び下さい。」
「それでは始めましょうか。アレイフ。」
そういうと、アウレリア殿下は腰から扇のようなものを取り出し、顔を隠した。
・・・魔具?にしても呼び捨てか・・・顔に張り付いた笑みも一騎打ちの相手としてはやりにくい。
あまり怪我をさせてもと思い、後ろに飛びながら、少し加減をしたウインドアローを放った。
相手からは後ろに飛んだだけに見えたはずだ。
無詠唱で放った透明の矢が飛んでいく。
あっさり終わると思ったら、風の刃は相手の目前で掻き消えた。
「ん?」
「なにかしまして?」
口元を隠して楽しそうに笑っている。
今度は隠さず、本気でウインドアローを放つ。
だが同じように、相手の目の前で消失する。
なんだこれ?
「ウインドレイ!」
手加減なしで放った一撃はやはり、目前で消失した。
だが、一瞬なにか膜のようなものが見えた。
「・・・防壁?」
「あら?気づきましたか?そんな魔法では撃つだけ無駄ですよ?」
「・・・・・・。」
「お優しいのは美徳ですが、手加減して負けては・・・いえ、私の実力がわからないからですかね。ならば・・・きちんと守ってくださいよ?」
そういうと彼女は扇を持っていない方の手をこちらに向けた。
「水蓮華(すいれんげ)」
身体の周りに急に水の玉がいくつも現れた。
囲まれた状態だ。水の玉がだんだんとこちらに近づいてくる。
嫌な予感しかしない。
「風毛!」
防御を固めたのは正解だった。
水の玉は身体に触れた瞬間。一瞬で氷突き、爆発した。
尖った氷の礫をまき散らしながらだ。それが他の水の玉に当たり同じ現象が起こる。
誘爆し、ほぼ全方向から氷の鋭い礫が飛んでくる。
全て防ぎきって身体を見ると、風毛はかき消されていた。
そこへさっきまで笑っていたアウレリア殿下が目の前に迫る。
手に持っていた扇で襲いかかってきたので、剣で受け止めた。
ギィィンと思いのほか鈍い音がする。
・・・これ、鉄?近くで見るとタダの扇じゃない。表面にいくつもの小さなトゲがついている上に、端は刃物のように見える。かなり凶悪な作りだ。
「なっ。」
お互い片手同士にも関わらず、押し負けようとしている事実に驚く。
扇を払って後ろに移動し、距離をとる。
「華津波(はなつなみ)。」
声が聞こえたと同時に目の前に水の壁が現れた。
防壁を張る時間が間に合うか微妙だ。
こちらに押し寄せてきた水の壁は、こちらを押し倒すように襲いかかってくる。
水で押し流して体制を崩そうとしている?
「風毛!」
だが、とっさに選択した魔法は、俺の命を救った。
こちらを囲むように押し寄せてきた水が一瞬で凍りついた。
もし、まともに受けていたら今頃水に飲み込まれた後、氷漬けだ。
周りの氷を砕いて脱出すると、また目の前に敵がいた。
容赦なく鉄の扇を振りかぶっている。
剣で受けるが、体制が悪い。
弾き飛ばされて転げるように距離をとった。
「これで少しは本気になりましたか?」
相手は扇を広げて楽しそうに口元を隠して笑っている。
こちらは声を出す余裕すらないというのに、余裕に見える。
本気を出さないと殺される。
けれど、このあたりで参ったといってしまうのはどうだろうか?
「ダメですよ?きちんと全力を出し切らずに負けなんて認めません。」
口に出していないのに、なぜわかる・・・。
「旋駆!」
唱えると同時に走り出す。
「おや、やはり近接戦闘を選ぶのですね。」
「風牙!」
「華鏡(はなかがみ)」
走りながら風牙を放つが、どれもなぜか当たらずにそれた。
肩と足を狙ったが、両方とも避けられたわけじゃない。
防御魔法だろうか?
「天駆!」
中空に足場を作って空を駆ける。
「あら、そんな魔法まで?」
「風牙!」
驚いた顔が見える・・・まだ余裕のようだ。
頭上から更に風の牙を放つが、全てそれた。
風毛と似たような魔法だろうか。
「風龍!」
中空から竜巻を発生させる。
「あら、そんなところから?」
もちろん地上まで風の渦が伸びるので相手を巻き込むことに成功した。
この風ではさすがに視界もなく、自由に動けもしないはずだ。
竜巻の中をまっすぐ地上に移動し、上から相手に襲いかかった。
「風爪!」
「華美月(はなみづき)。」
相手の頭上から放った風の爪は、相手の放った魔法にかき消された。
それどころか、俺の右腕からは血が噴き出し、竜巻も消えた。
吹き飛ばされるように叩きつけられ、地面を転がった。
「狙いは中々でしたよ?空から竜巻の中を襲いかかるなんて、よく考えつきましたね。」
彼女はまだ余裕を見せている。
こちらは右手の手首から肩あたりまですっぱりと裂けていた。
血が滴り落ちる。
「しかしながら、こんなものですか?次は少し強くいきますよ?・・・華舞踊(はなぶよう)。」
唱える同時に、滑るような速度で移動してくる。
旋駆のような魔法だろうか?しかし足がほぼ動いていない。
いっきに距離を詰められ、再び重い扇を剣で受ける。
怪我をした片手ではとても防ぎきれず、両手で受け止めると、相手は口角をニヤリとあげた。
「水蓮華(すいれんげ)」
先ほどよりも多くの水の玉が一瞬で周りを囲む。
「風毛!」
唱えたのと、氷の礫が襲いかかってきたのはほぼ同時だった。
いくつかの礫を防げず、身体に鋭い痛みが走る。
「水蓮華(すいれんげ)」
「風毛!」
相手の扇も受けたまま返せず、そのままの姿勢で相手からの一方的な攻撃を防御魔法で防ぐだけ。
「水蓮華(すいれんげ)」
「風毛!」
しかし、確実に、身体に走る痛みが多くなっている。
一方的な攻めは緩まない。
もう、魔法が間に合っていないのか、魔法で防ぎきれていないのかわからない。
だんだんと、剣が押されて扇が顔に迫ってくる。
このままでは魔力切れも近い。
右腕から滴り落ちる血も量が増えてきている。
・・・血?
卑怯な手段を思いつき、背に腹は変えられないと魔法を防いだ後に、最後の力を振り絞って扇を押し返した。
「おや、まだこんな力・・・え?」
相手の言葉はそこで止まった。
俺は右手に滴る血を手のひらにため、相手の顔に向かって投げつける。
目潰しが目的だったが、それはうまくいったようだ。
相手は顔を抑えて大きく後ろにさがった。
本来ならここで攻めるべきなんだけど、卑怯がどうとか言う以前に、身体に余裕がない。
見下ろすと、身体中血まみれだった。
こんなに怪我をしたのは久々かもしれない。
追撃にはウインドレイがせいぜい・・・今なら当たるかもしれないと、追撃の呪文を唱えようとした瞬間だった。
目の前に真っ赤な目をした彼女の顔があり、その口が大きく笑っているのが見えた。
今までの余裕の笑みとは違う。
獣が獲物を前に舌なめずりするような、喜びの笑顔だ。
一瞬で、殺されるという感覚が身体を支配する。
鳥肌が立ち、冷や汗が吹き出す。
相手は既に扇を持っておらず、丸腰。
にも関わらず、勝てる気はしなかった。
いつ目の前に現れたのか認識できず、背を向けて逃げ出したくても身体が動かない。
「ひっ!」
声が出ず、彼女が伸ばしてきた手を剣で払いのけようとして、右腕が掴まれる。
それと同時に、ボキりと鈍い音が鳴り、痛みより音で折れたことを理解する。
取り落とした剣がゆっくりと落ちていく様が見えた。
次に左肩を掴まれた。
ミシミシと肩の骨が鳴り、相手の指が肩にめり込む感覚がわかる。
そして彼女の顔が、俺に近づき、その口が、歯が、俺の首を食い破るように吸い付いた。
もはや声を上げることもできなかった。
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