第71話 暗躍する者達2
第四師団がオークの軍勢を破った後、ちょうどその知らせが王城の門を抜けた頃。
謁見の間では、国王の前に、一人の貴族が膝まづいていた。
「どうか、ご許可を頂きたい。これもすべて我が国の安寧を思うが故。」
歳は50代後半、初老の貴族は王の前に膝まづきながらも、目をランランと輝かせていた。
名前はウサマイン・エンドック。
かつて第四師団長の座をトルマ・フィードベルトと争った、フィードベルト家と縁戚の貴族だ。
彼は左右に男女の共を連れていた。
そして、国王の隣には宰相と、参謀としてヘイミング卿が控えている。
「しかし、そのようなこと許可できるわけが。」
国王とヘイミング卿は苦い顔をしている。
しかし、宰相が味方したことで、話は平行線となっているのだ。
「国王、悪い話ではありますまい。」
「宰相、しかしだな。」
「確かに、第四師団出陣の結果がわからないまま動くのは懸念もありますが、準備しておいても問題ないでしょう。」
「待ってください。宰相、それでは彼の不評を買います。まるで捨て駒ではないですか!」
「ヘイミング卿、貴殿は少々彼に肩入りしすぎではありませんか?国を思うなら第二、第三の手を考えておいても問題ないでしょう。それにシンサ卿も馬鹿ではない、理解頂けるでしょう。」
「しかし!第四師団に認められた南部地域の平定権利を代行させろなど!」
「あくまで、第四師団が今回の遠征で大きな打撃を受けたときの話でしょう。」
「それはそうですが、そもそも軍事行動の権利は我ら帝国師団にのみ許された権利です。辺境伯や国境の特例を除いて、軍事目的の徴兵、動員は許可されていません。」
「2人とも落ち着け。」
宰相とヘイミング卿がはじめる口論を国王が諌めた。
「ウサマインよ。なぜ今になってそのようなことを?」
国王の問いかけには、なぜ今更、第四師団のことを言い出したのかという意味も含まれていた。
「失礼ながら、王はこの度、第四師団長を独断でお決めになられました。これに反発するものも多いのはご存知でしょう。」
「エスリーの砦を奪還した功績でも十分ではないか?」
「それだけで南部貴族はまとまりますまい。今だにフィードベルト家と、シンサ卿の取り巻きに溝があるのはご存知でしょう?」
王とヘイミング卿が苦い顔をする。
確かに指摘通りだ。もともとフィードベルト家当主、もしくはその縁戚から選出されていた第四師団長。それが急に元平民に与えられた。
この衝撃は大きい。
もともとフィードベルト家を中心にまとまっていた貴族家は大きく揺れた。
そして、未だにフィードベルト家に従う者と、シンサ卿に従う者に別れている。
間を取り持とうとしていた王とヘイミング卿がその辺りの事情は一番わかっている。
そして、目の前の男がフィードベルト家の後ろにいることも。
「それで、その溝をどう埋めたいのだ?」
「はい、恐れながらシンサ卿の軍勢は数が揃っておりません。前第四師団にも及ばぬ数です。なので、もし敗走、もしくは後退した場合に、こちらにおります。クレア・フィードベルト率いる部隊と共闘し、敵を打ち破るのがよろしいかと。」
「トルマの娘か・・・。」
「はい、お久しぶりにございます。」
「それで、共闘して・・・現第四師団を助けてどうするのですか?自分たちが成り代わると?」
「ヘイミング卿は何をおっしゃっているのですか?私はただ、今のシンサ卿の軍勢と、フィードベルト家の軍が共闘し、確かな絆を民や貴族たちに示せば、自然とまとまると考えているのです。国土は安定し、貴族はまとまり、民は安心する。悪いことなどないでしょう?」
共闘といえば聞こえはいいが、これは新たな第四師団を取り込もうという策略だ。
華々しい戦績のシンサ卿が後退したタイミングで、前師団長の娘であるクレアがそれを助け、敵を撃破する。
これで第四師団は大きな借りを作り、貴族や民の間でクレアの名声はとどろく。
フィードベルト家と第四師団の関係を逆転してしまえば、その後はいくらでも手がある。
シンサ卿を養子としてフィードベルト家に取り込むもよし、クレアの相手としてしまうもよし、暗殺し、その犯人をクレアが討伐するという手段さえ悪手とはならないだろう。
労せずして第四師団を取り込むことができる。
「かまわないのではないですかな?そもそも第四師団が負けなければ、ただの備えなのですから。」
宰相はすでにあちらに取り込まれているとイスプール・ヘイミングは判断した。
どう跳ね除けるべきか、考えているときに、その知らせが謁見の間に届く。
『第四師団。リントヘイム前にて、オーク約1000匹を撃破。損害は軽微。予定通り、リントヘイムに進軍予定。』
この知らせは国王の懸念を破ってしまった。
そもそも宰相のいうように、負けなければただの予防策。
むしろ協力を約束させるのだから、分の悪い賭けではないと。
「1000匹!3倍の敵を破るか・・・凄まじいな。それでウサマインよ。主の進言だが、もし今回の遠征が後退なくうまくいった場合、主らはどうするのだ?」
「もちろん、集めた兵はすべて第四師団に組み込んで頂いて結構です。指揮官も必要とあればですが、好きにして頂ければよいでしょう。」
ウサマインはニッコリと微笑んだ。
失敗すれば交代するが、うまくいけば従うということだ。
ならば問題なしと、国王の顔が晴れる。
「わかった。了承しよう。準備いたせ。」
平伏するウサマイン。この謁見の間で苦い顔をしているのはイスプール・ヘイミングただ1人だけだった。
王との謁見が終わり、帰りの馬車でウサマインとカムが同じ馬車で笑いあっていた。
クレアは別の馬車で、喜んでフィードベルト家へ報告に向かっていった。
「うまくいきましたな。」
「うむ、しかし大げさに報告するよう細工しておったが、まさか1000の部隊を破り、損害軽微など・・・あまりの誇張に笑ってしまいそうになったわ。」
「私はバレるのではないかとヒヤヒヤしました。・・・それで、実際はどれぐらいだったのですか?」
「さぁな?わしは知らんが、かなり誇張するように言っておいたのでな、おそらく半分もないだろう、そして損害も甚大ではないか?」
「そうですな。400の同数を相手にしたと考えても、かなり厳しい戦いだったでしょう。」
「お主なら勝てるか?」
「オークなど問題ありません。我らの部隊は皆、火の付与武装ですよ?」
「そうだったな。」
「ここまではうまくいった。あとは負けてもらうだけだな。」
「オークの習性からもリントヘイムにオークが集まっているはずです。計算上その数は1500をくだらない可能性があります。」
「勝てんな。」
「無理でしょう。」
「ここから我らの戦いが始まるのだ。第四師団を取り戻すぞ?」
「御意。」
仕事をしていると、急にある知らせが来た。
レイ様の屋敷が完成したらしい。
もともとウキエ様の屋敷の横に同じ規模の屋敷を2つ立てる予定だったが、今後のこともということで、了承をとらずに、大きめの屋敷が1つ建った。
本人はいらないといっていたが、いつまでもこのホームの執務室を寝床にされていては対面が悪いとウキエ様が強行で押し通したのだ。
ウキエ様の屋敷もかなり大きいが、完成した屋敷の広さは3倍以上。
部屋も多く、トイレやお風呂は複数ある豪華さだ。
貴族家にしては狭い方らしいが、ご家族のいないレイ様にはちょうどいいのかもしれない。
そして私はメイド長として、ある決断を迫られていた。
ここホームのメイドから何人かをレイ様の屋敷の常駐にする必要があるのだ。
正直、仕事はさして変わらない。
場所もホームの真横の建物なので距離も。
問題はただ1つ。
希望者が殺到したのだ。
元々は私が行けばいいかと、軽く考えていたところに、どこから聞きつけたのか、メイド達が自分が行くと言い出した。
その数18名。
屋敷の規模からすると5,6人ぐらいいれば十分。
倍率3倍だ。
しかも、若い子ばかり。
別にあちらでも仕事は変わらないし、給金も変わらない。
ではなぜ?
答えは簡単だった。
そして、そのために簡単に決められなくなったのだ。
私が答えにたどり着いたのは、ハイキ男爵家に使えるイムというメイドがきっかけだった。
彼女はあるパーティの控え室で仲良くなった私の友人だ。
今でもよくお茶をしに出かける。
そして雑談の中で、彼女は最近流行っているという小説を貸してくれた。
あまり本を読まない私だったが、読んでみると話の展開などワクワクさせられ、確かに面白いと思った。
けれど内容はなかなか苛烈だった。
簡単にいえば官能小説。
それも貴族の嫡男が妻を娶る前の予行練習として次々と女性を囲い込むというお話だった。
その囲われた中にメイドもいる。
特に序盤のメインヒロインの1人として、貴族の嫡男と仲良く結ばれるシーンも沢山ある。
最初に懐妊し、名実ともに囲われる第一号だ。
特に若い女性に大人気の小説らしい。
なんとなく、うちのメイド達も読んだことがあるのかと聞いてみると、ほぼ全員が知っていた。
そして、希望を出した子達は、何度も読み直す、特にハマっている子達だったのだ。
さすがにメイド長として、そんな危ない子達をレイ様の屋敷に詰めさせるわけにはいかない。
レイ様が襲うことはないとは思うが、万が一逆に襲われでもしたら大変だ。
どうしたものかと悩みながら歩いていると、入口付近で、なぜか冗談のように大きな風呂敷を抱えた我が妹に出くわした。
両手にもカバンを持っている。
・・・え、家出?
「す・・・翠(すい)ちゃん、どうしたの?その荷物。どこかに行くの?」
「はい、今までお世話になりました。」
「え、何いってるの?まさか・・・今回の出陣に連れてってもらえなかったからって、家出なんてダメよ!?」
「・・・姉さんは何をいっているのですか?」
「・・・違うの?」
「家出なんてしません。引越しです。」
我が妹はキリっとした顔で言い放った。
・・・あぁ・・・なるほど。それだけでわかってしまう。
でもきっと、姉妹だからわかったわけじゃない。
妹の部屋を見れば誰だってわかるだろう。
「念のために聞くけど、どこに引っ越すの?」
「レイ様のお屋敷ですが?」
「いや・・・どうして?」
「私はレイ様付きのメイドですので当然かと。」
・・・もはや何も言うまい。ある程度そうなることは予想していた。
けど、私にはもう一つ言わなければいけないことがある。
「それで、後ろの・・・レアは何?」
そう、翠(すい)ちゃんの後ろには、これまた大きな荷物をもってフラフラしているレアがいた。
「ミアさんと、ララさんの・・・荷物です。」
「おそらく、お二人も移動することになるとおもいますので、ついでに持って行ってしまおうかと。」
・・・確かにその通りだ。
きっとあの二人ならレイ様についていくだろう。
だけどそうなると、本当に小説の中に登場する女性を囲う別館のように・・・。
そこまで考えて頭をブンブンと振った。
私まで小説に影響されてどうする!
「翠(すい)ちゃん、まだあちらに派遣するメイドも決めてないから、何も準備できてないのよ?」
「姉さん、わかっています。レイ様が早く帰る可能性もあるので、少しでも準備が早く終わるように自分の私物だけでも移動させておきたいのです。」
「・・・わかったわ。じゃあ部屋割りもまだだから任せていい?5,6人使用人をそっちに送るし、増える可能性もあるから。」
「分かりました。部屋を視察して考えておきます。」
仕事の面では信頼できる妹に、ある程度の仕事をまかせることにした。
そして、彼女が居ればおかしなことにはならないだろう。それならむしろ能力面だけを考慮して希望しているメイド達から人選しよう。
そうおもった矢先、「あっ」という声とともに、翠(すい)ちゃんが1冊の本を落とした。
その本を大事そうに抱えてもつ翠(すい)ちゃん。
私は見てしまった。
その本は間違いなく、例の小説だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます