第72話 リントヘイム 開戦
斥候が帰ってくるのを待ち、会議をはじめる。
「斥候の報告ですが、少し問題が発生しました。」
ランドルフがいつも通り、冷静な表情で報告する。
「なんだ?信じられない数のオークでもいたか?」
「いえ・・・一部の砦に放った斥候が帰ってきません。」
「それは・・・やられたということか?事故ではなく何者かに?」
「そう考えるのが妥当かと。斥候が帰ってこないので馬による偵察も試みましたが、いずれも帰ってきませんでした。この時点でオークの線はないかと。」
「こんなところで敵勢力?」
「そこで気になる報告なのですが、リントヘイム周辺にオークの影はなく、別の人型が目撃されました。残念ながら先ほどの報告通り、斥候が帰らないため、これ以上の報告はありませんが・・・。」
「リントヘイムなら威力偵察か・・・。」
「そうなりますね。オーク以外、何かしらの勢力である可能性があります。」
「ナットに話はきいたか?」
そこで、ナットさんの存在を思い出した。
彼女は魔国出身だ。
「はい、ライラ殿に指摘され、確認しましたが、そもそも何年も前の時点で、我々が魔国と認識している国はいくつもあり、オーク達とは別の国だった可能性もあると。」
「・・・ようするに何もわからないと?」
「はい、ただし、情報を総合しますと、別の国が出張ってきている可能性が高いですね。」
「どちらにしても、一度偵察が必要か・・・。」
「はい、私からはリントヘイムが見える場所で陣を組み、とりあえず一番隊の方々に威力偵察をお願いしたいと思います。宜しいでしょうか?」
「わかった。カシム?」
「了解だ。で、俺等は行けるところまで行ったほうがいいのか?」
「いえ、門には入らず、外壁から少し離れたところをかすめるようにして移動してくれるだけで結構です。攻撃等があった場合、そのまま離脱してください。」
「なんだ、そんなんでいいのか?」
「はい、まだ敵と決まったわけではないですしね。」
「じゃあ、それで行こう。」
会議が終わり、行軍が開始される。
だんだんとリントヘイムの城壁が見えてきた。
確か以前の人口は500人程度、ほとんどが駐留兵士だったらしい。
立派な城壁が見えるが、ところどころ崩れてしまっている。
3年の月日がというよりはオーク達に潰されたんだろう。
物見のようなものは見えず、ここから人影は確認できない。
予定通り、陣を組む。
二番隊が正面で、後ろに警邏隊、二番隊の横には一番隊が並んでいる。
そして警邏隊の後ろで、少し小高い場所を本陣とし、俺とランドルフ、近衛隊がそろっている。
ガレスさんやカシムさんは自分の隊を率いて待機中だ。
「静まりかえっていますね。」
「少なくともオークもいないらしい。」
「そうですね、オークならとっくに出てきているはずです。」
「でも確か想定ではもっといるはずだよな?」
「はい、少なくとも1000のオークはいるだろうと予測されていたはずです。リントヘイムの規模を考えると溢れかえっているはずなのですが・・・。」
「何もいないな・・・だが、先日撃破したオークでは少ないか・・・。」
「そうですね。少なく見積もって1000らしいですから。あ、ダメですよ?偵察は一番隊に任せて下さい。」
ライラさんが顎に手を当てる。
近衛隊の隊長ということもあり、一番話す機会が多いが、最近、近衛隊の隊長だからではなく、俺が勝手に動き回らないようにお目付け役として近くにいるんじゃないかと思えてきた。
「では、開始してもらいましょうか。」
ランドルフがイヤリングでカシムさんに声をかける。
この通信イヤリングは意外と好評で、今回も大活躍だ。
ムヒリアヌスに開発費をもっと出さないといけなくなりそうだ。
一番隊が前進し、速度を上げながらリントヘイムに近づく。
門を目指すように進み、ある程度で方向転換し、横に逸れることになっている。
そろそろ矢の射程に入るがリントヘイムに変化はない。
ちょうど一番隊が方向転換するタイミングで、城壁の上から火の玉がいくつか放たれた。
イヤリングからは「あっぶねぇ!」というカシムさんの叫びが聴こえてくる。
運良く、方向転換のおかげで、火の玉による被害はなかった。
というか火の玉自体、威嚇であったのか、地面に着弾するとすぐに消えてしまった。
一番隊はそのままそれて大きく周り、こちらに戻ってくる。
「被害は?」
「問題ねぇ!危なかったがな。」
「何か見えましたか?」
「ああ、人影が見えた。城壁に数人いるな。あと、火を放ったのはやけにでかい・・・魔獣か何かだとおもうぞ。」
「そうですか、一度元の場所まで戻って待機頂けますか?」
「了解したっ!」
ランドルフとカシムさんの会話を聞く限り、リントヘイムにどこかの軍が入っていることは間違いない。
魔法が1射で追撃がなかったことから、威力偵察の意図に気づいた警告だろうと、ランドルフは分析していた。
「ようするに、軍として統率されて動いていると。」
「そうなります。オーク達と違って厄介ですね。」
「この後どうする?」
「我々の目的は変わりませんが・・・対話できるならするべきかと。」
「できるかな・・・。」
「わかりません。使者を出します。」
「わかった。任せる。」
ランドルフが指示をだし、部隊から白旗を掲げた騎馬がリントヘイムに駆けていく。
白旗の単騎は使者というのは常識だが、果たして魔国でもそうなのかというと、ナットさんはわからないと言っていた。元々軍人ではないので、そこまでは知らないらしい。
だが、威力偵察のことや威嚇をしてきたことから相手も対話の意思はあるものとランドルフは考えたようだ。
使者が先ほど火の魔法を受けたあたりから減速し、ゆっくりと扉の方へ歩をすすめる。
先ほどのように魔法が放たれることはない。
交渉の余地があると、胸をなでおろした時だった。
急に使者を土の刃が貫いた。
馬ごと貫かれ、倒れ落ちる使者。
「・・・交渉の余地はないようですな。」
ランドルフが静かに言い放つ。
「少し気になることもありますが・・・。」
「それは?」
「なぜ火ではなく土の魔法だったのでしょう?殺すつもりならわざわざ手の内を教える必要はないはずです。」
「なるほど・・・だが、それは後から聞こうか。」
「そうですな。まずはリントヘイムを落としてからとしましょう。」
「城攻めの常識は3倍だったと思うが・・・。」
「相手の兵力が未知数というのが痛いですが、リントヘイム内にいるという時点で、最大でも同数でしょう。」
「問題点は?このまま進軍か?」
「いえ、あの火をどうにかする必要はありますが、基本はこのまま進軍ですね。門も閉じられていませんし。」
そう、リントヘイムの門は開けっぱなしになっている。
たぶん、壊れてしまらないんだろう。
「とりあえず、あの火と土の魔法は俺が潰す。だから前線に行かせてくれ。」
「シンサ卿!」
強い口調で否定しようとしたライラを睨む。
「あの兵士は警邏隊の者だろう?犠牲を出した本人が悠々と後ろで構えているつもりはない。」
「・・・あの火と土を無効化できるのですか?」
「あぁ、ここからだと射程で無理だが、近づけばな。」
「分かりました。ただし、近衛隊と一緒に動いてください。部隊の指揮権は頂けますか?」
「あぁ、かまわない、ランドルフに渡そう。カシム、ガレス、指揮権を戦闘終了後までランドルフに渡す。」
「おぅよ。」
「了解っと。」
イヤリングから聞こえてくる了承の声に満足しながら、ライラさんに顔を向ける。
「では、行こうか。」
複雑そうな顔をしているライラさんは一度溜息をつくと、周りの近衛隊に声をかけた。
「ひとつだけ。」
イヤリングからランドルフの声が聞こえる。
「ん?」
「あなたが怪我をしたり、死ねば、軍は撤退することになります。相手はここぞとばかりに追撃してくるでしょう。あまり前に出ないでください。」
「わかったよ。」
こちらを気遣うというより、諌めるようなセリフに苦笑しながら答える。
魔力は十分。
さて、被害を最小限にするために、戦場にでよう。
「あれは・・・威力偵察だな。」
「おそらくは。」
「威嚇射撃を行え、火弾の威力は押さえとけよ。おそらくもうすぐ逸れるはずだ。」
「はっ!」
城壁の上で迫り来る騎兵を見ながら溜息をつく。
その姿は人ではない。
人族より一回り大きい体躯に緑色のウロコに覆われた肌。
リザードマン。
それが彼の種族名。
人族から見れば、巨大なトカゲが鎧を来て、剣と盾を構えているように見えるだろう。
ちなみに、人族からは竜神族とも呼ばれている種族だ。
竜と神のハーフなどと言われているが、実際にはどうかわからない。
彼はため息をつきながら城壁の下を見る。
火の玉は命中することなく、騎馬の前に落ちた。
被害はないだろう。
これでこちらの意図も伝わったと信じたい。
オークの軍勢を潰しに来たものの、意外とこの元人間の町にいたオークは少なかった。
というか、どこかに逃げた可能性の方が高い。
浄化という名の殲滅を言い渡されている以上、探して、追い詰め、討たねばならないのだが。
まさかあっさりオークが逃げ出すとは思わなかった。
追いかけると、このままでは北上することになるが、オークを追いかけて北上したあげくに人族とかち合うのは避けたい。
なので一度お伺いを立てるために陛下の側近たるスウに伝言を頼んだのだが・・・。
完全に裏目に出た。
まさかスウが行って1日もしないうちに人族の軍勢がくるとは・・・。
彼女が健脚といってもまだ帰ってくるまでに1日以上かかるだろう。
できれば一度話し合いがしたいと思っていた矢先の威力偵察。
好奇とばかりにこちらも威嚇を行った。
案の上、白い旗を掲げた騎兵がこちらにやってくる。
白い旗の意図はわからないが、単騎である以上、使者なのだろう。
自分の意図通りに進んだことに笑みがこぼれてしまう。
近くにいた副官もほっと胸をなで下ろしていた。
対話ですむならそれに越したことはない。
無駄に敵対する必要もないのだ。
人族の使者を丁重に出迎えるよう、部下に命令を与える。
間違っても攻撃しないようにと言い含めることも忘れない。
さて・・・とりあえず、お互いの目的確認からか・・・。
そう思った矢先。
白い旗を持った使者が土の魔法に貫かれた。
「なんだと!?」
こちらは魔法など放っていない。そもそも土の魔法が使えるものなんてここには・・・。
「どういうことだ!なぜ土属性の魔法が使者を攻撃する!?」
「すぐに調べさせます。」
副官が外に出る前に、兵士が駆け込んできた。
「使者に魔法を放った者が、「邪教徒に不平等な死を!」と言葉を残し・・・自害致しました。」
その報告を聞いて、奥歯を噛み締める。
「イカれた教国の差し金か・・・。毎度のことながら最悪のタイミングだ。」
「弁明は・・・できませんか。」
「無理だろうな。もう陣形を組み直しはじめている。それに、しょせん人族は我らの言い分など聞いてはくれんさ。」
「そうですね。残念ですが。」
「しかたがない・・・。防衛戦にうつる。対火弾部隊準備、門は壊れているからな。中での乱戦になるだろう。準備せよ。」
「はっ!」
命令を伝えに行く副官を見送りながら、奥歯を噛み締める。
いらぬ戦闘を始めることになってしまった。
それも相手からみれば武人として卑怯な使者殺しだ。
だが、命令を完遂するために、ここで引くわけにもいかない。
元凶ともいえる敵国の方をひと睨みすると、苛立った心を落ち着けるために目をつむった。
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