第70話 開戦と降伏
オーク達の大群が遠くに見え始める。
無秩序に広がっているが、報告通り数はかなり多い。
オーク側もこちらに気づいているはずだが、その歩みは止まらない。
現在、俺は軍の最前に立っている。
以前と違って特に鼓舞はしない。今日の役割は弓兵だからだ。
後ろには二番隊の槍を手に持った部隊が陣形を組んでいる。
ガレスは中腹にいるのか、姿は見えない。
一番隊は二番隊の後方に控えており、ランドルフが率いる警邏隊は二番隊よりオーク達に近い、しかしながら高い丘の上に陣を張っているのでオークからは見えないはずだ。
弓兵の仕事を終えたら、俺は近衛兵に囲まれながら警邏隊の方面に移動し、全体に補助魔法をかけることになっている。
人ではなく、オーク相手にこの戦術がどれほど効果があるのかわからないが、ランドルフがいうには、下等な知能しかもたない動物のような種族にはこれぐらいずさんな策でも十分に効果があるという。
・・・俺ならたぶん正面から突撃をかけているので、これでも十分な策だと思っているが、そうじゃなかったらしい。
ランドルフはずさんという言葉を三回も繰り返していた。
あと前方、ちょうど今回の主戦場になる辺りより少し先でランドルフが何かしていたが、あれはなんだったんだろう。
木の棒を使って何か罠のようなものを作っていた。
オークが思ったより早く来てしまったので、効果は聞けてないが、あれも何かの策だろうか。
罠のようなものを仕込んだ場所を通過しているが、オーク達におかしな点はない。
失敗か?
でも、ランドルフから特になんの通信もないので想定通りなんだろうか?
オークの軍団がだんだんハッキリと見えてくる。
バラバラに広がっていたものが、こちらを見つけて獲物と認識したのか、明らかにこちらを意識して固まりだしている。
陣形とは言い難いが、団結してこちらに来てくれるのはありがたい。
合図を待ちながら魔法を展開する。
使う魔法は普通のウインドアロー。本来は不可視の弓だがランドルフがいうには見えるほうが効果的らしいので、今回はわざと粉塵を起こし、相手にも何かが飛んでくるのがわかるように工夫する予定だ。
1回に30本、それを3連射。
さらに魔法陣を書くことで俺がいるところ以外2箇所からも打つ。
要するに90本が3回相手に降り注ぐことになる。
予定よりちょっと増量したが、ランドルフが言うには、これでも少ないぐらいらしい。
しかしながら、数は少なくても十分効果があるのでやってほしいとのこと。
だんだんとオークが近づいてくる。
まっすぐこちらに走り始めた。
ランドルフがいる方角から伝達用の矢が上に向かって打たれるのを見て、魔法を発動する。
ウインドアロー。
その魔法は粉塵もあり、オーク達にもよく見えただろう。
1射目、90本の土色の刃が降り注ぎ、刺さる。
1本で死には至らないが、刺さる場所が悪ければ数本で死亡。
武器を落とすもの、倒れるもの、何匹かはそのまま倒れて動かなくなった。
よく考えたら、オークには矢なんて通らないからこっちの方が効果的なんじゃないだろうか。
やっぱり弓兵なんていても意味なかったんじゃ・・・と思いつつもランドルフに言うつもりはない。
言い合いで勝てる気がしないからだ。
2射目、さらに降り注ぐ風の矢に、最前列を走っていたオーク達が勢いをなくした。
目に見えて失速し、身体を守る。
だが後ろから来るオークに激突され体制を崩したところに矢が降り注いだ。
3射目、完全に怪我をした前列は後ろに逃げ出そうとしていた。
だが、後ろから狭る同族と激突し、混乱が起こる。
前に出ようとするものと後ろに下がろうとするもの。
イヤリングから、「シンサ卿は後方へ。」とランドルフの声が聞こえた。
もう1射、おまけに打ちながら予定通り、後退する。
移動しながら風の加護を全体に放ったところで、二番隊が前進を開始する。
一番隊も回り込むように警邏隊がいる丘とは逆の方向に走り出した。
10人少しの近衛隊に囲まれながら、俺は戦況を見る。
「シンサ卿、あとはここで待機ですからね?ダメですからね!」
ライラさんに念を押されて、わかったといいながらも目は戦場に向いていた。
混乱しながらも、何匹か突進してきたオークと二番隊が激突した。
普通ならここで二番隊の前列が崩壊するのだろうが、予想外に串刺しになったのはオークの方。
二番隊はオークを串刺しにしながら前進する。
「すごい威力ですね。さっきかけた加護は攻撃補助ですか?」
「いや。」
俺は尋ねるクインに首を振った。
さっき俺がつけた加護は防御のみ。
ということはあれは武器に付与されている効果ということになる。
「ムヒリアヌスがいい仕事をしたってことだな。」
「我らの武器もあれほどの威力があると?」
「形状は違うけど同じように付与がついてるから、そのはずだけど。」
「・・・試したいですね。」
「・・・今回は機会がなさそうだな。」
そういうと、クインは少し悲しそうに頭の耳を伏せた。
最近気づいたけど、クインやユリウスも耳や尻尾の動きで感情がわかりやすい。
オークの固い皮膚をあっさり貫く効果に、意気揚々と突撃を開始する二番隊。
イヤリングからはランドルフの指揮が聴こえてくる。
次は一番隊がちょうど混乱の激しい部分に突撃をかけた。
彼らのもつ槍も形状は違うものの、二番隊と同じもの。
切り裂きながらオーク達の軍団を分断していく。
「おぉ!カシムすごいにゃ!オークをバッサバッサと切り裂いてるにゃ!」
「あんな生き生きとしてる団長・・・いや、カシムは久しぶりにみたの。」
ミアとララはどうやらカシムと呼び捨てにすることに決めたらしい。
せめて「さん」とかつければいいのに。
戦場はミアとララがいうように、先頭を走るカシムさんが特にすごい。
特別大きな馬に乗り、巨大な剣を振っている。
ていうか、なんだあの剣・・・長すぎないか!?
さすがに槍よりは短いが、僅差な気がする。
長剣にしてもでかい。両手剣は間違いないだろう。
「あーもう抜けますね。騎兵の突撃はすごい迫力です。オークの軍団を分断しましたよ。」
ライラさんも心なしか嬉しそうだ。
ここから見た感じでは、落馬した人もいないように見える。
ちょうどオークの軍団を貫いて、あれだけ軽微な被害なら十分だろう。
このあたりで本来は反転だが、一番隊はそのまま走り抜ける。
「おぉ、ランドルフ殿が言ったとおり、魔法が飛んできましたね。みんな一番隊を狙ってますが・・・。」
「当たらない。遅い。」
ユリウスとリザも戦場に見とれている。
この場所は完全に戦場の後方。少し小高いところにあるので、戦況がよく見える。
数は少ないが魔法を使うオークもいる。
いくつか魔法が飛んできたが、すべて空振りだったようだ。
そして、彼らの魔法は次弾までかなり時間のかかることがわかっている。
なので、しばらく魔法の危険が去ったということになる。
「あ、一番隊が反転したぞ?」
「後ろを叩くのか?」
「でも後ろは無傷じゃね?危ねーんじゃ。」
イチ、リン、グリの三兄弟も戦場に夢中だ。
尻尾が左右に振れているので楽しんでいるんだろう。
にしても、尻尾が揺れるタイミングまで揃っている。
気の合う兄弟だ。
一番隊がオーク達の後方を叩くため、大きく周る。
ちょうどそのタイミングで警邏隊が丘の上から駆け下り、突撃をかけた。
すでに前線で二番隊に押し負け、敗走に入りかけていたオーク達、しかも一番隊に開けられた穴に向かって警邏隊が突撃をかけたことで、オークの混乱は後方にまで広がっていった。
逃げようとする前衛、混乱する中衛、何が起こったのかわからない後衛という形だ。
前衛と中衛が二番隊と警邏隊に押し込まれる。
そして、後衛に一番隊が再び突撃をかけたところで、勝負は決した。
「終わったか・・・。」
イヤリングから聞こえる指揮では敗走が始まったオーク達に効率よく追い打ちがかけられている。
「あれは・・・オーク達が転んでますね。」
「確かに・・・なんだろうな。やけに転ぶオークが多い。」
「もしかして、あれがランドルフ殿の?」
「そうかもしれない・・・逃がさないための罠だったんだな。」
ライラがいう通り、あれがランドルフの罠なんだろう。
なぜか転んでいくオーク達に、二番隊と警邏隊がとどめを刺していく。
転ばず逃げたオーク達には大きく迂回した一番隊が追い打ちを掛ける。
殲滅するつもりで追い打ちをかけていることが見ていてもわかる。
「では、報告いたします。」
砦の天幕にて、戦果の報告を聞く。
面子は変わらず、話を進めるランドルフ、静かに聞くカシムさんとガレスさん、ライラさんだ。
だが今回は、ライラさんの副官であるワッカーさんも同席していた。
「死者8名、負傷者32名、うち重傷者6名です。死者はいずれも警邏隊。予想より負傷者が多いですが、行軍に影響はありません。怪我人はナット殿が中心に手当をしています。死者と重傷者に関しては、ちょうど輜重部隊が物資をもってきたので、エスリーの砦まで輸送してもらうことにしました。」
「そうか・・・。」
「おい、予想より多いって、オーク相手にか?」
「そうだぞ?普通この戦果だけでも凄まじいぞ?なんといっても倍の、それもオークに勝ったんだからな。」
ガレスさんとカシムさんが驚きの声を上げるが、ランドルフは溜息をつく。
「警邏隊の練度から、被害の出にくいタイミングで突撃しましたが、それでもあればベストではなかったようです。もう少しこらえていれば被害は更に少なく、より効果的だったでしょう。オーク達が予想より持ちこたえた・・・というよりは現状把握できず、敗走しなかったことが原因ですが。」
わかりにくいが、彼なりに反省しているようだ。
けれど、カシムさんやガレスさんが言うように、この戦果は凄まじいものだ。
現に連絡役の国軍兵士達はひどく興奮しながら国に戻っていった。
少しでも早く、国王に伝えたい!と鼻息荒く。
「いや、よくやってくれたよ。俺だともっと被害を出していたかもしれない。」
「弓兵がいれば、もっとうまくいったんですが。」
「・・・まだ言うか。」
ランドルフをフォローしたつもりが、なぜか嫌味を言われてしまった。
「とりあえず、明日はリントヘイム攻略ですか?」
苦笑しながらライラさんが場をつなげてくれる。
「そうですね。もう日が暮れているので明日、斥候を放ってからになりますが、その前に少し気になることが・・・ワッカー殿?」
ワッカーが名前を呼ばれて前に出た。
「部隊の中にオークに詳しいものがいた。その者の証言ではオーク達は何かに怯えていたらしい。」
「それは俺達とかち合う前か?」
「ああ、どうやらオーク達はこちらに攻め込んで来たのではなく、リントヘイムから逃げて来た。という表現が正しいようだ。」
「リントヘイムに何かあったと?」
「明日の斥候はリントヘイムだけではなく、周辺の砦にも送ろうと思います。念には念をいれましょう。」
「わかった。そうしてくれ。」
気になる報告はあったものの、快勝であったため、部隊の指揮は高い。
うまくいけば数日のうちに今回の目的も完遂できそうだ。
「そういえば、あの罠ってどういったものだったんだ?」
ふと思い出したので、ランドルフに聞いてみた。
「あれはただ尖った木を一定の方向に向けて突き刺しただけですよ。」
「敗走の邪魔をしていたように見えたけど。」
「相手の進行方向と逆向きに尖った方を向けて少しだけ角度をつけて突き刺します。すると行軍中は踏みつけても怪我をしませんし、少し足場が悪いぐらいですが、逃げ出す時には足に突き刺さります。」
「それでオークが転んだのか・・・。」
「本来ならあそこに矢の雨を降らせればもっと安全に多くのオーク共を狩れたのですが・・・。」
「・・・わかったって。次の徴兵前に国に出す希望をお前と相談して決める。軍の再編も勝手に決めたりしない。これでいいか?」
「ありがたき幸せです。」
こちらの全面降伏に、ランドルフが恭しく頭を下げた。
だが、頭を下げる前、ニヤリと笑った口元を俺は見逃していない。
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