夜話Ⅱ
「本当にこれしか道はないのですか?」
「あぁ…竜族に進路を変えさせるにはこれしかない。」
「…そうですか。」
「すまんな…あとは任せた。」
「…あなた。」
抱き合う2人。
1人は鎧を着込んだ大柄な騎士。そしてもう1人は小柄な女性。
「領主様、遠眼鏡にて影を取られました。空を覆い尽くすほどの大群です。」
「…そうか。」
大柄な騎士は女性を離し、大きな槍をもつ。
背に泣き崩れる女性を置き、馬に乗って城門に向かう。
「領主様!ご武運を!」
「領主様!どうかご無事で!」
「領主様!」
城門への道すがら、領民達から歓声が上がる。
「たくさん残ったね。」
ボクは領民達に手を振りながら、戦場に向かう騎士に声をかけた。
「避難するように指示はしたのだがな…仕方がない。なに…ワシがくい止めれば問題ないさ。」
「いっそみんなで逃げちゃえばいいじゃないか。」
「この領地が助かってもそのあとの街やこの軌道なら王国の真上も通る。そうすれば多くの民が死ぬ事になるだろう。」
「なんで竜族はあんなに頭が固いんだろうね。」
「それも仕方がないことだ。私達より長く生きているんだ。それに彼らから見れば、目的地まで向かうためのいい補給地点だろう。黙って上を通るだけなら問題ないんだがな。」
「そうだね。移動中、お腹が減れば地上に降りて餌を食べる。人間の街は彼らから見ればいい餌場にみえるだろうね。」
「だが、ここでくい止めれば奴らは大きく軌道を変えるだろう?」
「…止められたらね。」
城門にたどり着き、兵が敬礼している。
「領主様、せめて我らだけでも…お一人で行かれるなどやはり納得いきません!」
「いらぬ。お主らは落ちた竜共が街に被害を与えぬように守っておればいい。」
「しかし!」
「幸い、わしにも跡取りはおる。だがまだまだ若い。わしに何かあれば、力になってやってほしい。」
「領主様…。」
兵達が頭を下げ、跪く。
大柄の騎士は馬から降り、城門を出る。
「にしても、1人で行く必要はあるのかい?攻城兵器だっけ?あれなら撃ち落とせそうだけど。」
「あってもなくても同じだろう。止まっている的ではないのだから。それにあれは城門にかなり近づけねば使えん。」
「…ないよりましって言葉もあるよ?」
「必要ない。いらぬ犠牲は出さなくてもよい。」
「君、1人で死ぬ気かい?」
「1人ではないさ。お前は最後までいてくれるのだろう?」
「ボクは最後まで傍にいるよ。…けれど、1つ聞いてもいいかい?」
「なんだ?」
「なぜ、君は死ぬ事に納得しているんだい?」
「…納得はしておらん。もうすぐ孫も生まれるのだ。この手に抱けないことを理不尽だと思っておるよ。」
「じゃあなぜ?」
「…ここで違う選択をして、身内が傷つけば…いや、誰かが傷つけば、きっとワシは後悔する。」
「それって死ぬよりも怖いこと?」
「…どうだろうな。後悔せぬように生きてきたからわからん。そして最後まで分かる必要のないことだ。」
「わかったよ。最後に、君に一つ頼みがある。ボクと契約をしてもらえないだろうか?次代のために。古の契約を。」
「次代のために…か。我が魂はかの騎士王のように次代に引継がれるのか?」
「うん、君の崇高な意思は必ず次代を助けることになるよ。」
「わかった。契約しよう。…そろそろか。」
遠くに見えていた黒い影が徐々に大きくなり、その姿は大きな龍の群れであることが確認できるまでになった。
「さぁ…はじめようか。」
彼との付き合いは40年以上になる。
若い頃はいくつもの修羅場、戦場を駆け巡り、死と隣り合わせの駆け引きをいくつも超えてきた。
やっと落ち着いたと思ったらこの有様だ。
できればベッドの上で、家族に見送られながら最後を迎えて欲しかった。
ボクの思いとは裏腹に、大柄な騎士は自身の魔力を解き放ち、大声で遥か上空を飛ぶ龍に向かって咆吼した。
目を開けると見慣れた天井が見える。
執務室の隣の寝室だ。
起きようとして頬に涙の跡があることに気づく。
夢を見て泣いていた?
自分が全く知らない場所、知らない人の最後を見て?
起き上がると、フィーが心配そうに飛んできた。
「また夢を見たのかい?」
「うん…けど、今日のは悪夢じゃなかった。」
「泣いた跡があるね。悲しい夢かい?」
「どうなんだろう?よくわからないや。」
「わからないって…おかしなこというね。…どんな夢を見たのか覚えてる?」
「うん…。」
そして俺は、フィーに夢の内容を話した。
驚く程鮮明に覚えていたからだ。
夢なんて起きたらほとんど覚えていないものなのに、不思議と記憶にはっきり残っている。
起きたばかりだからだろうか。
話を聞き終えると、フィーは悲しい顔をした。
「フィー?」
「ごめんよ…少し昔を思い出していたんだ。」
「…ねぇ、この夢ってもしかして。」
「…うん、昔実際にあったことだよ。」
「じゃあ、あの騎士は。」
「ずっと昔の、神格者さ。」
「これも儀式の影響かな?」
「そうかもしれないね。ボクとの親和性はかなり良くなってるから。ボクの記憶を見たのかもしれない。」
なら、普段見ている悪夢というのも、フィーが見てきた世界なのだろうか。
…さすがにそれは聞けなかった。
「次代のためにって?」
「それは…そうだね。いい機会だから教えておこうか。長くなるけどいいかい?」
「かまわないよ。もう目は覚めたから。」
「じゃあ、久しぶりに新しい魔法を教えてあげる。神風なんて目じゃないとっておきの魔法を…。」
そして久しぶりのフィーの授業とともに、夜は更けいった。
そして明け方、そろそろ執務室へ行こうと服を着替えている最中に、フィーが話しかけてきた。
「ねぇ、君はどこに向かっているんだい?」
「どこにって?」
「最初は孤児院のために、そして今はこの国の貴族になってるんだよ?」
「別に偉くなったって実感はないんだけどね…。」
「じゃあ、何を目標にしているんだい?」
「…トーマというやつと、その関係者の首。」
「…復讐かい?悲しい目標だね。せっかく貴族になったのに。」
「必要だからね。権力がないと情報は手に入らないし、1人でできることには限りがあるから…。」
「そのあとはどうするの?」
「あと?」
「復讐を成し遂げたあとだよ。」
「…考えてないな。」
「少しは自分のことも考えなよ。復讐を目標にしてもいいけど、それで終わりじゃないんだから。君にとってはいいことかもしれないけど、下手すると1年以内に目標を達成しちゃうよ?」
「自分のこと…ねぇ。」
「こんな言い方したくないけど、君の親友達はたぶん、両立しろっていうと思うよ。敵討ちだけじゃなく、自分の幸せも…いや、むしろ敵討ちより優先しろって言ってきそうだね。いい子達だったから…。」
「…そうかもしれないね。」
「ボクとしても、君には結婚して、子供を作って、孫を抱いて、家族に看取られながらベッドの上で安らかに終えて欲しいと思ってるんだよ?」
「さすがにそれは、16歳にいうセリフじゃないと思うよ?」
「…そうかもしれないけど、覚えといてね。」
フィーは最後に悲しげな声をあげて、僕の肩に一度座り、しばらくすると頭の上に移動した。
今日もまた1日が始まる。
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