第54話 新体制

 ドタドタと廊下を走る音が聞こえてくる。

 昼過ぎには来る頃だと思っていたが、意外と早かった。まだ昼前だ。


 だんだん足音が近づいて来て、後ろに控えている近衛のリザが少し緊張する。

 リザに大丈夫と笑いかけ、珀(はく)にお茶の準備を頼んだ。


 扉が乱暴に開けられる。

 とりあえず、ノックの習慣をつけるように後で言おう。


「おい!これはどういうことだっ!」


 怒鳴り込むように入ってきたのはカシムさんだ。

 手に持った紙をこちらに見せてくる。

 後ろにライラさんとガレスさんが続いている。

 2人はカシムさんほど取り乱していない。

 人数も予想通りだった。


 カシムさんが持っているのは内示の紙だ。

 今日の朝発表となった内示には新しい全員の配属先が書いてある。


 あ、持ってきちゃったか。

 他の人も見たいだろうからどこのを剥がしたのか聞いて、貼り直さないと。


 とりあえず、座るように促して、珀(はく)の入れたお茶を待つ。

 結果として、1番隊を100人、2番隊を130人、残りを警邏隊とした。

 そして1番隊の隊長にカシムさんを、2番隊の隊長にはガレスさんを指名したのだ。


「とりあえず、3人とも要件が違いますよね。まずカシムさんからどうぞ。」


「いや、どうもこうもこの配属だっ!」


「何かおかしいですか?」


「いや、1番隊って騎馬だろ?俺、馬なんて乗れねぇぞ!?」


「練習すればいいじゃないですか。」


「おまっ!隊長が乗れねぇっておかしいだろ!?恥ずかしすぎるだろ!」


「大丈夫ですよ。1番隊はほとんど元銀鷹の人達なんで。恥ずかしくないでしょう?ちなみに半分ぐらいの人が馬に乗れないらしいですよ。」


「それかなり問題じゃねぇか!?それに他に乗れないやつがいても、隊長の俺が乗れねぇとか、俺の威厳とか立場がなくなるだろ!?」


「すでに手配しています。いち早く明日からブッチさんが手とり足とり教えてくれるらしいですよ。スパルタで。」


「よりによってあのドS野郎に頼んだのか!?」


「はい、頑張ってください。」


 カシムさんが、引きつった状態で「マジか…」と呟いている。

 解決したので、次にガレスさんに声を掛けた。


「ガレスさんは…配属じゃないですよね?」


「あぁ、ほとんど赤獅子の連中だからな。文句はねぇ。だが…この別で渡された訓練メニュー。なんだこれ?殺す気か!?」


 ガレスさんが取り出したのは、訓練メニューだ。

 最終的にこのメニューを3日に1度はこなせるように訓練してくれと伝えた。

 中身は…正直かなりハードなものになっている。

 見た感じ、肉体より精神が鍛えられそうなメニューだ。ちなみに俺はほぼ同じ内容の訓練を仮面時代にサイやマウと一緒に課せられていた。少し走る距離などが短いだけだ。…あれは地獄だった。


「それは第一師団の精鋭部隊が実際に行っている訓練メニューです。」


「これがか!?」


「はい、2番隊は歩兵隊といいましたが、まさか普通の歩兵と思ってませんよね?」


「違うのか?」


「ガレスさんが思う歩兵ってどんなものですか?」


「…酷く言えば捨て駒、良く言えば戦略の幅を広げる盾だ。」


「第四師団の歩兵は違いますよ?第四師団の歩兵部隊は精鋭部隊です。人数が少ないですからね。普通の歩兵のようにバタバタと死なれては困ります。毎回全員生還できるぐらいの精鋭部隊でないと。」


「…それでこのメニューか。」


「はい、2番隊は最強部隊になってもらいます。」


「最強か…悪い響きじゃねぇな。」


「いきなりは厳しいと思いますが、最終目標はそのメニューをこなせるぐらいになってほしいです。」


「…わかった。」


 なんとなく、丸め込む形になったが、ウソはいってない。

 実際に、歩兵だからといってそんな簡単に死なれては困るのだ。

 問題は何人がそのメニューをこなせるかだ。

 脱落者がでそうというのが、一番の懸念でもある。


 最後にライラさんに話を促す。


「私が近衛隊長というのはどういうことだ?ナットとワッカーが私の補佐になってるし。」


「そのままです。」


「いや…他にも適任者がいると思うぞ?」


「近衛は俺が信用できる人物を選ぶことになってます。今のところ信用できて他の隊長ではない人、更に亜人差別もなく、規律を守れる人物が他にいません。ついでにいうとそろそろ近衛隊をまとめる人がいないと本当にやばいんです。」


 主に狼人族とミア&ララ派閥がやばい。

 ことあるごとにバチバチと激突しそうな雰囲気を出している。

 ライラさんなら上手く仲裁出来ると思うんだ。きっと。


「わかった…そういうことなら。期待に添えるかわからないがやってみよう。」


「お願いします。たぶんワッカーさんはウキエさんにつくことが多くなるでしょうから、実質補佐はナットさんだけと思ってくださいね。」


 このあと、再起動したカシムさんが、また文句を言ってきたが、ライラさんが簡単にいなしてくれた。

 …やはり頼りになる。

 午後から会議やその他説明があることを3人に告げ、解散してもらう。


 ちょうど入れ替わりでウキエさんが入ってきた。

 なぜか焦っているように見える。


「よかった。いた!」


「ん?珍しいですね。焦って…。」


「すいません。今すぐ師団長に来てもらいたいんですがっ!」


「…いいけど、急ですね。」


「はい!残っていた文官の件なんですけど、なんとかなりそうなんです。その中で、どうしてもすぐに師団長に合わせろって話になって…。」


「わかりました。案内して下さい。」


 ウキエさんに案内され、応接室に移動する。

 中に入ると、そこには気の強そうな鋭いメガネをかけた30代後半ぐらいの女性と、なぜか半裸に近い姿で、細マッチョな男性…?化粧してるように見えるけど、男性だよな?

 …高身長のよくわからない格好をした男性が立って出迎えてくれた。


「えと、こちらが第四師団長だ。」


 ウキエさんに促されて自己紹介する。


「第四師団長のアレイフ・シンサです。どうぞよろしく。」


 対して、値踏みするようにこちらを鋭く見た後、女性の方が握手のためか、手を出してきた。


「私はヒム・サワという、2年ほど前まで第四師団の兵站と経理を任されていた。」


「それはそれは…この度は…ん?サワ?」


 握手をしたまま首をかしげた俺を見て、ヒムさんがウキエさんの方を見た。


「まさか、話してないのか?」


「あ、あぁ…ちゃんと通ってから話そうと思っていたんだ。」


 ヒムさんがウキエさんに向かって舌打ちする。


「申し訳ない。夫がいつも世話になっている。私はウキエの妻で、ヒムという。育ちが悪いせいであまり丁寧な話し方はできないが、悪意はないんだ。どうか許容してもらいたい。」


「あ、はい。話し方は別に大丈夫ですが…え、ウキエさんの奥さん!?」


 向こうでウキエさんがコクコクと頷いている。


「ウキエから誘われて、元々の職場に復帰しようと思っているのでどうぞよろしく。」


「はい、よろしくお願いします。」


 手を離してもう一人の方を見る。

 …問題はこの人だ。


「あらぁん、可愛いじゃない?あたしはムヒリアヌス・シア。どうぞよろしくねん。」


 なぜか筋肉を強調しながらこちらにウインクしてくる。

 …寒気がする。


「ど、どうぞよろしくお願いします。」


 こちらの動揺を感じ取ったのか、ヒアさんが補足してくれた。


「これは私の愚弟だ。申し訳ないが少々頭が湧いている。ただ仕事はきっちりこなせるので大目に見て欲しい。今回私と、この変態…もとい、愚弟がセットでウキエから声がかかったんだ。」


「ひどいわっ!おねぇ様!弟じゃなくて。い・も・う・と。」


 抗議するときもなぜか筋肉を強調している…。

 しかも、ヒアさん…いま変態っていわなかったか?


「あ、あの。彼…彼女はこんな感じですが、本当に天才なんですよ?特に魔力付与や魔具の開発に至っては帝都で右に出るものはいません。性格は…まぁあれですが。」


「お義兄様までひどいわっ!」


 どこからともなくハンカチを取り出し、加えて引っ張るムヒリアヌスさん。


「とにかく、2人の勧誘に成功しました。これで文官も主軸となる人物は全員揃いましたよ。」


「ちょっと待ちなっ!まだこっちの条件を解決してもらってないよ。」


「そうよ?お義兄様のせっかちさん。」


 ウキエさんのセリフにヒアさんとムヒリアヌスさんが食ってかかる。

 条件?何を約束したんだ…と、疑うような眼差しを向けると、ウキエさんは変なことはしていないと主張するかのように首をブンブンと左右に振る。


「条件とは?」


 今日のウキエさんは萎縮しているように見える…。

 本人に聞くほうが確実かと思い、聞いてみた。


「聞いてないのかい?ったく、うちの旦那は…。うちに子供が2人いるんだけどね。私がここに勤めると、面倒見る人がいなくなるんだ。それに将来は王立学園に行かせたいからきちんと教育も受けさせたい。だからそこをきちんとしてくれるなら復帰してもいいと旦那に伝えたんだけど。」


「いや、だから預けるとか、家庭教師とかいくらでも…。」


「全然解決してないじゃないかっ!あんたはホントに…。」


 ウキエさんはどうやら尻に敷かれているらしい。


「あの1つ確認を、いまのお住まいはどこですか?持ち家ですか?」


「いや、ここからけっこう離れてるんだけどね、月契約で家を借りてるよ。」


「こちらに引っ越す気はありませんか?」


 こちらの提案に、ヒアさんの目が細まる。


「この屋敷の部屋を貸してくれると?」


「いえ…それでもいいですが、家族で住むなら不便でしょう?今ちょうど建設予定の区画があります。兵舎と屋敷を建設予定なんですが、その屋敷に引っ越すのはいかがですか?まだ建ってませんのですぐにとは行きませんが、引っ越してから落ち着いたら復帰という形で構いませんし。仕事中はこちらの屋敷で家庭教師や、メイドに面倒をみさせるという形でどうでしょう?なるべくお子さんと一緒にいられますし、安全ですよ。」


「え?それは師団長の屋敷になる予定の場所では?それに広すぎますよ。」


 ウキエさんが驚いて声を上げる。

 確かに俺の屋敷をという話になっていた。ウキエさんが勝手に進めていた話だが…。


「前にもいいましたが、そんな屋敷はいりません。使う予定もないし。まだ建ててないから内装の設計もし放題な上に、建設は師団持ちです。広いなら建築計画を見直して、似たような屋敷をいくつか作ればいいのでは?いつか使うかもしれないし。その1つに家族で越して来るというのはどうですか?」


「え…いや、しかし国軍のお金でそれは…。」


「国軍幹部の家族が住むんです。何の問題が?それに2人共第四師団にいる間は家賃もかからない上、治安は間違いないです。なんといっても真横がうちの兵舎ですから。」


 ウキエさんはまだ国軍のお金を使って自分の住む家を作るという計画に抵抗があるみたいだ。確かに黙ってやったら横領とか言われそうだけど、師団長が許可しているんだから問題ないと思う。


 俺とウキエさんのやり取りを聞いていたヒアさんがそこで大笑いした。


「なんだ、話のわかる相手じゃないか。それで全部解決だな。それに私達にとって最高の結果だ。師団長殿のお言葉に甘えようじゃないか。」


「だが…師団の…。」


「そんなに気になるなら家賃ってことでいくらか収めたらいいだろ?兵舎だっていくらかは給与から差し引かれているんだし。」


 ウキエさんが言いくるめられていく。こっちの問題は解決したようだ。

 そして…問題は…。


「次はあたしの番ねぃ★」


「えっと、条件はどんなものでしょう?住む場所ですか?」


「それもなんだけ・ど・も。師団長さん、とっても風の魔法がお得意だとか?」


「…ええ、まぁ。」


「実はね。あたし、付与魔法の魔具を研究してるのっ!それに協力してくれるなら喜んでお手伝いするわよ?もちろん出来た魔具の所有権はそちらでもってくれてもかまわないわん。」


 予想外にいい話だった。

 確か、マルディ・イッヒ男爵が言ってた付与の話だ。

 しかも上手く言えば、師団の兵士の死亡率をグンとさげられるかもしれない。


「それは…例えば魔力を通すだけで風の付与が発動する鎧を開発するというような話でしょうか?」


「そうよん。あらぁ?もしかして師団長様、あたしの同志だったりするぅ?」


 …人としては激しく拒否したいが、目的はおそらく同じだ。


「可能ですか?」


「理論上はねぃ。でもぉ今のところいい魔法がないのよぅ。魔法陣化できて強力な加護を与えるようなものが…文献はたくさんあるから、師団長様が協力してくれたら、か・な・う・か~も★」


 心当たりはある。

 というかフィーが手伝ってくれれば不可能はないはずだ…。


「是非宜しくお願いします。」


「契約成立ねぃ!できれば研究室を用意してほしいわん。あと引越し手伝って。」


「分かりました。ウキエさんに手配してもらってください。部屋は…希望をおっしゃってください。なんならサワ一家の隣に大きいのを建てますか?」


「いいえ、あたしはこの近くに家があるから研究施設と軽く眠れる場所があればいいわん。この建物で部屋でもかしてちょうだい★」


「わかりました。部屋は余っているので、なるべく広いところを手配しますね。」


 がっしりと握手を交わす。

 …見た目に問題がかなりあるが、ウキエさんの身内ならたぶん大丈夫な人なんだろう。


 これで文官、武官共に最低限の人員は揃った。

 きちんと機能するまで数ヶ月はかかるだろうが、早急に第三師団長のヘイミング卿と相談しながら、徐々に引き継ぎの準備をお願いする必要がありそうだ。

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