夜話Ⅰ

「王!先発部隊の撤退は完了しました!」


「あとは我々だけです。全力で駆ければなんとか追いつかれることもないかと思います!撤退を!」


 岩の上に座る鎧姿のまだ若い戦士の前に膝まずき、部下と思われる人物が進言している。

 王と呼ばれた人物は閉じていた目を開き、部下達に告げた。


「…皆、よくやってくれた。撤退せよ。私が殿しんがりを勤める。」


「何を言っておられるのです!?」


「王妃も王子も、王である貴方様が無事に戻るのを待っておられます!」


 王の決定に部下が反論する。


「ここを凌げれば、我が国は必ず勝利する。親馬鹿と言われるかもしれんが、我が息子は私より優秀だ。ここらで、戦いしか脳のない老兵は去るべきだと考えておる。」


「何をいっておられるのですか!?」


「我らにも、王子にも、民にも、まだ御身は必要です!」


「それにな…わかっておるだろう。おそらくもう一戦せねば逃げ切れぬ。住民も共に逃げている以上、おそらく予定通りに後退は進んでおらん。…ここさえ凌げればいいのだ。喜んで私は礎いしずえとなろう。」


「では、我ら全員で打って出ましょう。なに、全員は生き残れぬでしょうが、進軍を止めて御身を守るぐらいなら我らだけでも…。」


「…ここには、次代に必要な人材も多く残っておる。出立の準備をせよ。主らはゆけ。知っておろう?私は神子だ。一人でも足止めぐらいはできる。」


「しかし!」


「これは王の最後の命令だ。」


 そういうと、王は自らの装飾品を部下に渡した。

 これを息子にと告げて。


 兵達が泣きながら撤退準備に入る。

 斥候からは、敵軍が迫っていることが告げられていた。


 俺…いやボクは岩場に一人座る彼に声をかける。


「馬鹿だね、君は。別に君が犠牲にならなくてもいいじゃないか。全員で戦えば、もしかすれば生き残れるかもしれないだろう?」


 王は笑いながら答える。


「そうかもしれん。だが、確実ではない。私が残るのが最も可能性が高い。」


「でも、君は死ぬよ?確実に。」


「かまわん。それで息子が…いや、民や付き従ってくれた皆が生き延びられるのであれば。」


「どうして、君たち人はすぐにそうやって自己犠牲を考えるんだい?」


「…自分の命より大切なものがあるから…ではないかな。」


「ボクには分からないな。」


「フィア、今までありがとう。あと少し、共にいてくれるか?」


「ボクは君が死ぬまで傍にいる。大丈夫だよ。君は一人じゃない。」


 ぞろぞろと撤退準備を終えた部下達が集まってくる。


「王よ。お一人でこんなところに…撤退準備は完了しました。どうか最後に皆に顔を。」


 王は岩場から立ち上がり、兵たちの顔を見ながら声をかけていく。

 泣き崩れる者、悔やむ者、涙を流しながらも気丈に振る舞う者、ボクから見れば不思議な光景だ。

 彼とは34年を共に過ごした。

 だが今回の彼も天寿を全うできないらしい。

 ボクが見守る相手は誰一人として最後まで天寿を全うできない。

 でも、皆最後の時は満ち足りた顔をしてる。

 ボクにはそれが何故かわからない。なぜ死ぬ前にそんなに笑っていられるんだろう。怖くないんだろうか。


 部隊が撤退していき、彼は一人残された。

 圧政に苦しむ住民を率いて反乱。その後は国を豊かにし、繁栄した。

 そして幼馴染と結婚し、子をもうけた。

 だが、他国の侵略と、臣下の裏切りによる罠にはまり、窮地に追い込まれている。

 この場で全滅さえ防げれば持ち直せるだろう。

 そしてその犠牲に彼は進んでなろうとしている。

 あとのことを自分の息子に託して。


 遠くに砂埃が見えてきた。敵軍が迫っているのだろう。


「そろそろ行くか。」


 彼は魔力をみなぎらせる。


「最後に、君に一つ頼みがある。ボクと契約をしてもらえないだろうか?次代のために。古の契約を。」


「…何のことかわからんが、フィアが言うならかまわん。契約しよう。」


「ありがとう。君の崇高な意思は次代に必ず役に立つ。ボクは君を忘れないよ。」


「フィア、わが友にして母よ。せめて最後に言わせて欲しい。…ありがとう。」


 そして、王は自らの強大な魔力を操り、自らを強化していく。


「王よ。我らにも加護を頂けますかな?」


「!?」


「我らも少しは善戦したいのです、申し訳ありませんが我らにも魔力を割いてもらいたい。」


「なぜお前たちがここにいる!?」


 そこにいたのは数名の騎士。

 近衛兵や部隊長クラスの兵士達が6人集まっていた。


「我らもまた、戦いしか脳にない老兵ですからな。」


「我らは誓ったはずです。王より後に散ることはないと。」


「さぁ、次代のための礎になりにいきましょう。一人だけ歴史に名を残させませんよ。」


「それに我ら7人なら意外と勝ってしまうかもしれませんからな。」


「それはいい。次代に語り継がれますな。」


「さぁ…王よ。共に行きましょう。」


 そして彼らは駆けて行く。

 数千はいるであろう敵兵に向けて。

 たった7人で。



<Areif>


「…変な夢を見た…。」


 周りを見渡す…これは…執務室の隣の寝室か。

 まだ夜中だろうか。

 身体が痛い。

 だが、いつもみたいに悪夢を見たわけじゃないから目覚めはいい。

 …いや、寝直すべきなんだろうけど。


「また悪夢を見たのかい?」


「いや…今回のは悪夢じゃないかな。いい夢でもないけど。」


「悪夢じゃないならいいや。身体は?」


 そういうとフィーはすっと俺の顔の前に飛んでくる。

 心配そうな表情をしている。


「頭痛は…ないかな。」


 儀式が終わってから、毎日こんな感じだ。

 毎晩悪夢を見る。

 悪夢の内容はいつも違う。

 だけどだいたいは戦争を客観的に見ているようなものだ。

 殺し合い、一方的な虐殺に陵辱、それを見ていつも気分が悪くなって目が覚める。


 その度にフィーが心配そうに声をかけてくれる。


「あの儀式からだったよね?悪夢を見るようになったのは。」


「これも儀式の影響かな?」


「失敗だったからね。」


 そう、神格者の儀式は失敗した。

 サイ達のように化物になることはなかったけど、俺も失敗だったのは間違いない。


 まず、身体が痛みに鈍くなった。

 感覚が鈍くなったわけじゃない。ただ、痛みを感じづらくなっただけだ。

 考えようによっては悪いことばかりじゃないが、決して利点ではない。

 例えば、ユリウスに左腕を折られて、体中裂傷だらけで血を流しながらでも普通に行動できてしまう。

 本来なら、気を失う怪我だったらしい。

 たぶん、取り返しのつかないギリギリの怪我でも動けてしまうだろう。

 命の危険があるため、普通の人が止まれるところで、俺は止まれなくなってしまっている。


 そして次に、この悪夢と頭痛だ。

 毎晩のように見る悪夢は、精神的にかなりくる。

 今日のように悪夢でない夢を見ることもたまにあるが、ほとんど悪夢だ。

 おかげでほとんど熟睡できない。

 疲れがたまる一方だ。

 頭痛も週に1度ぐらい酷い日があり、半日ちかく身体もだるい。

 特に魔力を多く消費した日や、疲れがたまると出やすいみたいだ。

 夜は眠れず、疲れがたまると頭痛…悪循環としか言えない。


「まぁ、魔力はかなり多くなってるし、風属性の適正も更に上がってるから、完全な失敗とはいいきれないけど。」


 いつもフィーが元気づけてくれる。

 すぐに眠れなさそうなので、話題を変えることにした。


「そういえば、あの言霊で現れた幻影あるだろ?」


「何の話だい?」


「ほら、なんか精霊の誓いだっけ?」


「…あぁ!あれか…あれがどうしたんだい?」


「あれで出てきたのってフィーだよね?喋ってたのも。」


「もちろん、ボクだよ。」


「あの姿は何?本来の姿があれなの?」


「何って…ボクら精霊に決まった姿なんてないよ?あの姿は精霊の誓いって魔法を作った人が考えたボクの姿だね。」


「セリフも?」


「そうだよ。ちなみにもう一回、あれでボクを呼び出しても同じセリフしかいわないよ?そういう契約だからね。」


「…それだと精霊にああいう風に話してもらうだけの魔法ってことにならない?」


「そうだよ。」


「…なんのための魔法なんだか。」


「ちゃんと意味はあるんだよ?」


「どんな意味?」


「あの呪文、『古の契約に基づき』から始まるよね?他にもなかった?そういう魔法。」


「…風牙とか、風爪?」


「そうそう。『古の契約に基づき』から始まる魔法って特殊でね。精霊との親密度が高くないと使えないんだよ。簡単にいうと、親密度を順位付けしたとして、1位から20位ぐらいじゃないと使えないね。」


「そういえば…他の魔法、『風よ、』から始まるやつはララも使えたっけ。でも『古の契約に基づき』の方は使えなかった。」


「ボクが君に教えた魔法は、『古の契約に基づき』から始まる特別なものと、『風よ、』から始まる古代の魔法。あとはエルフとかが使う便利そうなのだけだからね。ここで話を戻すけど、精霊との親密度が高い人しか、あの精霊の誓いって魔法は使えないってこと。要するに親密度が高い人を見分けるための魔法なんだよ。だからほとんど魔力を消費しないだろ?」


「確かに…魔力はほとんど消費しないね。」


「ちなみに、呪文の最後の方を変えると、ボク達、風の精霊だけを顕現することもできるよ?あの光の玉みたいなやつ。」


「…使い道ないんじゃない?」


「綺麗だよ?女の子を口説くのに使った子が昔いたなぁ…。」


「…なんて無駄な…やっぱり使えない。」


「興味ないの?女の子に。近くにいっぱいいるじゃん。」


「…そういうのは、よくわからないや。」


「あからさまに好意を向けてる子もいると思うけど…まぁとりあえず、教えといてあげるよ。そういう魔法も。どこで必要になるかわからないしね。」


「わかった。一応覚えとくよ。」


「んー眠れる魔法とかあったらいいんだけど、そろそろもう一眠りしたほうがいいよ。朝までまだまだあるから。」


「そっか…じゃあ、おやすみ、フィー。」


「うん、おやすみ。」


 そして俺は目を閉じる。

 次は悪夢を見ないことを願いながら。

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